37.依頼

前提として、都市とダンジョンは鏡写した。

都市での影響がダンジョンにも及ぶ。


強烈な想念が、怪物として生じる。

曖昧なものであっても指向性を与えれば強烈な力となる。


ちょうど死神相手にぼくが一撃を食らわしたのがいい例だ。

あの死神に恨みを持つ「空気」が、ぼくの一撃を経路として殺到した。


満ちている魔力は、そうした形を取ることがある。

それは、連続殺人鬼が怪物と化すことはもちろん――


「被害者から、話を聞きたいのだ」


殺された側ですらも、そうなる可能性があった。

被害者の苦しみと恨みが、ダンジョンにまで伝わる。


「怪物化した人ですよね、本人じゃないはずです、その怪物に話を聞く意味ってありますか?」

「そちらにも心当たりがあるはずだ。怪物とは、元となった人の想いを核として成す。そこには記憶すらも含まれるのだ」


学校で、堕ちた魔術師の残滓を吸い込んだときのことを思い出す。

たしかにそこで、いくつかの記憶の断片らしきものを見た。


「そもそも、話ってできますかね?」

「期待はできぬ、可能性でしかない、しかし、小生はやらずにはいられない」

「あー、そもそも、オレらに頼むのって、どうしてだ? 足手まといじゃねえの?」


エマの問いかけはもっともだった。

ぼくらはまだ初心者枠だ。

ライラも控えめに頷いていた。


「まず、実力として問題がない。そうしたことは、いくらか見聞きした」


割と最近は暴れていたからそれが伝わったのかもしれない。


「また、その、小生の問題も、ある」


珍しく言いにくそうだった。

相変わらずの無表情ながら、わずかに唇を噛み締めてた。


「それは、なんです?」

「小生がこの件に関わるのは、知り合いが被害にあったためだ」

「え?」


話が急展開していた。


「小生との実力は伯仲した相手であった、機会は少なかったが心躍る戦いであった」

「それが一体――」

「なるほどな」


疑問を提示する前に、エマが頷いた。


「ダンジョンで、その知り合いの怪物化したやつと出会ったら、戦っちまうのか」

「その通り」

「なんで!?」

「そりゃそうなるだろ」

「うむ」


戦士二人が通じ合ってた、ぼくとライラは首を振って「それって常識じゃない」と伝えた。


「もはやかの者と戦う機会は失われた。この先、二度と戦えぬのだ。だが、その機会が、あるかもしれぬ。それも遠慮など無い、禁忌すべてが取り払われた、互いに殺し合うことのできる戦いが、行える。これを、この戦いを、他のものに渡してなるものか、あの剣は、あの技は、譲らぬ。小生だけのものだ――」


殺意、とも違う、独占欲とも少し異なる。

それは、捻くれまくってズレた愛情らしきものだった。


「うん、わかる」

「わからないでよ」

「だが、だが、しかしながら」

「仇だよな?」

「ああ、取らねばならぬ。知らなければならぬ。戦ってはならぬのだ――!」

「難しいよなあ」


戦士二人で通じ合わないで欲しい。

どうして友達と殺し合いをするのが当然みたいなっているのか。


「誰が下手人であるか、調べるべきだ……」

「ええと、つまり?」

「かの怪物と小生が戦い出すのを止めて欲しい。そうして、叶うのならば、犯人の情報を聞き出して欲しい。お願いだ」


難易度が、普通の怪物退治以上だった。

ほとんど不可能に近いと思える。


「ハナミガワさん、これ、絶対ほかの人達に断られまくりましたよね?」

「言えぬ」

「うん?」

「小生、嘘はつけぬ」

「それはもう認めてるようなものでは」


必死ではあるんだろうとは思う。

それこそ、ぼくらの住居にわざわざ足を運ぶくらいには。


「んー……」


けど、ぼくらは、もう少しで自由になれる。

その道筋がもう立っている。


立ちふさがる困難はもう潰した。

あとは真面目にコツコツやるだけでいい。


たしかにハナミガワには世話になったけど、それは取引で得たものだった。

対等で、イーブンの関係だ。

ここで命を賭けなきゃいけないほどの恩じゃない。


断るべきだと考えてたけど――


「受けようぜ、リーダー」

「エマ?」

「これ、そこまで難易度が高いもんじゃない。やって損はねえはずだ」

「本当に?」

「要するに、あの幽霊魔術師みたいなやつに聞き込みしながら、ハナミガワを止めるだけだろ?」

「後半が難易度マックスじゃないかなあ」

「戦って止めるわけじゃねえんだ。ちょっと我に返らせるだけでいい」

「うむ、小生は戦闘狂ではない」


ダウト、と言いたかった。

今この場でそう思っていたとしても、実際に本人を目の前にしたら止まらないし、静止も振り切ってしまう。

そうなることは目に見えていた。


だってきっと、ぼくにとっての霊水、エマにとっての限定品、ライラにとっての火炎に相当するものだ。

現実に眼の前にすれば、理屈も理性も吹き飛ばす。


「ねえ、ライラは、どう思う?」


ハナミガワとはいえ他人がいると落ち着かないのか、とてもおとなしかった。

私的洞窟内で、借りてきた猫のように壁際で三角座りしている。


「……ハナミガワさん、嘘は、言ってない……」

「そうなの?」

「ただ……ハナミガワさんが、一番斬りたいのは、犯人……」

「そうだ」

「だから……「怪物化した犯人」が現れることを警戒したほうが、いい……」

「あー……」


言われてみればたしかにそうだった。

一番の危険はそれだ。

今の第二階層は、ぼくらでは決して敵わない相手が出るかもしれない地点だ。


ライバル関係の人と出会ったとしても、もしかしたら言葉ひとつで止まるかもしれない。

けど、怪物化した犯人と出会ったら、無理だ、止まらない、戦わずにはいられない。


ぼくの場合で言えば、エマやライラを殺した犯人の、怪物化したやつが目の前に出たようなものだった。

絶対に、何があろうとぶっ殺す。


怪物で、犯人そのものじゃないとか関係ない。

残滓であろうが、許せない。

この世に残していいものじゃない。


人さらいを相手にしたとき以上の殺意で叩き潰す。


「そうなった場合、暴走しても仕方ないか」

「そっちは理解できるのな」

「そりゃね」

「リーダー、燃えやすい……?」

「時と場合によるよ、うん、大切な人を奪ったやつをぶっ殺したくなる気持ちは、正直わかる」


けど、それでハナミガワが負ければ、ぼくらが巻き添えを食らう。

それが問題だ。


そうなる可能性は、決して低くない。

他の人達が断ったのも、これが原因なのかも。


「そうなった際、たしかに小生は止まらぬ。それは確かだ。しかし、それでもそなたらが逃げるだけの時間稼ぎを行う、それは我が剣にかけて約束しよう」


嘘ではない。

努力はするはず。

その程度には信頼できた。


でも犯人は、ハナミガワと互角の人を殺した。

怪物化したその犯人とハナミガワが戦えば負ける。

ぼくらが逃げれるかどうかは怪しい。


「また、小生には奥の手もある」

「それは、どんなものですか?」

「うむ、言えぬ」


断るべきだ。

言えないなら無いも同然。


少なくとも、仲間の命を託すことはできない。

メリットがなさすぎだった。


けど、ライラは体育座りのまま、エマをじっと見てた。


「ねえ……?」

「なんだ」

「エマ、ちゃんと言って……」

「え、なんの話?」

「……喋らねえと駄目か?」

「ん……っ」


なにか二人の間で通じ合っていた。

ちょっとした仲間外れ気分だった


エマはひどく言いづらそうに。頭をかいて、石を蹴る真似をした。

やがて、バツが悪そうに。


「オレは、この都市出身だ」

「ああ、うん」

「没落して金はねえが、上に家族がいる」


たしかにそういう話は聞いた。


「そして、この殺人鬼は無差別だ。もしかしたら、今回の事件が続けば家族まで被害に遭うかもしれねえ。オレは、家族とそこまで仲は良くねえが、それでも死んで欲しいほどじゃねえ。だから、犯人を捕まえる手助けできるなら、できれば助けたい、って思っちまった」

「あー」


言いづらかったのは、ぼくもライラもすでに家族を失っているからかもしれない。

ぼくは村ごと滅ぼされたし、ライラもたぶんそう。


そんな中で「家族を助けたい」とは言い難かった。


「そういうことなら、わかった。行こう」

「おい」

「エマのためだけじゃないよ」


本当はそうだけど、別の理屈を提示する。


「ぼくら三人が自由になった後、都市で暮らすなら後ろ盾になる人が必要だ。エマの家族はそうなってくれるかもしれない。ここで失うわけにはいかないよ」

「それは――いや、いいのかよ?」

「うん、ライラもいい?」

「んっ……家族、たいせつ……!」


あんまり共通項のないぼくらの、共通した価値観だった。

家族を守る、失わせない、そればっかりは揺るがせない。


それはもう、メリットとかの話じゃなかった。


「感謝する」


そう伝えるとハナミガワは両肩の力を抜き、ホッとした。

それはどこか、「怪物化した友人」を斬らずに済んだことを安堵しているようにも見えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る