36.日向ぼっこの時間は終わる

元からそうではあったけど、今までにもましてぼくらは遠ざけられるというか忌避されるようになった。

単純に「上手いことやって金儲けをしたラッキーなやつら」から「下手にちょっかいをかけたら骨ごと燃やして来るヤバいやつら」になった。

冤罪です。


たしかに第一階層の一部がクレーター状に溶解して酷いことになったけど、あれはたまたまの偶然であり不幸な事故だ。

あの場が冷えて固まれば、きっといい感じの広間になるし休憩所としても使える。


そう考えたら、むしろぼくらは良いことしかしていないと言っても過言じゃない。


「いや、過言だろ」

「エマ、ぼくは今、自分を騙そうとしてるだけだから」

「それって現実逃避って言わね?」


ちなみにこうした情報は、第一階層が閉鎖されていくらか調査を行われた後にわかったことだった。

ライラが放ったあの一撃は、それこそ都市部にまで余波が届くほどの威力だった。


原因を調査するために専用のチームまで組まれた。

その結果がたった一人の火炎魔術で、しかも全力じゃなかった。ライラはまだ余力を残していた。


ここまで来ると笑い話だ。


「はあ…すっきり……」

「おい、リーダー、笑えよ。あんだけの破壊やった後ですげえさっぱりした顔で微笑んでるライラがいるぜ、笑ってみせろよ」

「エマ、人にはできることとできないことがあるんだよ?」


その上で、ぼくらには一週間のダンジョン進入禁止処分が下った。

無意味にダンジョンを破壊する行為は、あまり喜ばしいことじゃないらしい。


この程度の軽い処分で済んだのは、被害者がいなかったことと、ダンジョンそのものが時間をかけて再生するからだった。

さすがに被害範囲が広すぎだけど、それでも一年くらい後には戻るだろうとのこと。


「生態系というか、ミミズ触手の湧く場所、多少は変わってそうだなあ」

「そこまでのもんか?」

「どの程度まで変わるかまではわからないけどね、あのミミズ触手には多少とはいえ知恵がある。巨大な破壊が叩きつけられた地点は、しばらくの間は避けるんじゃないかな」


そういうわけでしばらくは暇だった。

ノルマ達成用に支払いをするだけの、ジリジリと目減りする日々だった。


さすがに時間がもったいなさ過ぎるので、いろいろと調べることにした。

考えてみれば、この場所や、ぼくらがいるところについて禄に調べていなかった。


自室になっている洞窟と、ダンジョンとしての洞窟との往復だ。

なので、日光を浴びるための広間のようなものがあることすらも、ぼくらは知らなかった。


洞窟であることには変わりないんだけど、天井がぽっかり空いてて日光が降り注ぐ。

高さは相当、横の岩肌はつるつる、ここを登って逃げ出すのは難しいというより不可能だ。


ただ、上からさんさんとお日様が降り注ぐ、気持ちがいい場所だった。

ぼくらが来た途端、なんか空気が凍ったけど。


「おい、あれ……」

「やべえ、クソ、なんでこんな時にッ」

「え、なに」

「ミミズを暴走させて、ダンジョンを燃やし壊して、監督官をボコボコにしたヤベえ奴らだよ、近づくな、関わるな!」

「本当に!? なんであいつら捕まってないんだよ!?」

「捕まえようとしたやつを全員返り討ちにしてるんだよ……! 上級生すら被害にあってる! 目え合わせるな! 逃げるぞ!」


冤罪じゃないけど、誤解が含まれているよ?

そうした言い訳をできるだけの間はなかった。


ざあ、と人がいなくなった。

まるで誰彼構わず殺して回る殺人鬼集団の到着みたいだった。


というか、忌避されてるのって、ライラの火力だけだと思ってたんだけど――


「案外、リーダーの行動もやべえ認定されてんだな?」

「言わないで、というか、あれだけの破壊力出せるエマがどうして噂になってないんだろう、これはとても不公平じゃないかな、もっとエマだって評判にならないと」

「それって悪評だよな」

「有名税」

「本音は?」

「ぼくとライラだけ恐れ慄かれるのはなんか嫌だ」

「まあ、平和に交渉したかったらオレが行けばいいってことだろ? 役割分担だ」

「それ、ぼくの役割がとっても酷いことになってない?」


相手を叩き潰したかったり、罠にはめたければぼくが交渉に行く、ってことでもあった。

平和を希求する村の出身だったのに、なんか闘争の火付け役になってた。


「どうして、こんなことに――」

「んふふ……おひさま、いい……」


悩むぼくと違って、ライラは人気のいなくなった広場の中心でゴロゴロと転がってた。

割と人見知りする方だから、他に人の居ない状況がとても気楽そうだ。


「オレも寝るかなあ」

「悩んでも仕方ないか。たぶん、ぼくらが占拠してたら他の人が来れないから、時間はそこまで取らないよ」

「へいよー、リーダーって評判をけっこう気にするよな。もう割と無駄じゃね?」

「人って助け合って生きていくものだよ」

「割と叩き潰すことしかやってねえなあ」


そんなことはないと言おうとして、心当たりがとても低いことに気がついた。

ここに来てから、そういう関わり合いがあった人は――


「は、ハナミガワさんとは、ちゃんとした取引したし」

「あの人、いい人だったよな、今にして思えば微妙に勘違いしてね、ってところもあったけど」

「あと、ギルドの人とも取引してる!」

「リーダー、友達つくるの、下手……?」

「うぐっ!?」


閉鎖的な村だったし。

全員が生まれたときからの知り合いだったし。

ちょっと、たしかに? どうやって友達って作るんだろうってわからない部分はあるけど。


「ぼ、ぼくらは友達でしょ! ほら、だから!」

「落ち着けって」

「だって、ぼくの村は滅ぼされたし、油断したらそうなるってわかってるし、先手をとって情報とらなきゃだし、ここで信用できるの君等くらいだし……」

「んふふ、いっしょ……っ」


ライラ、ぼく、エマの順に横になっていた。

川の字ではないはず、そこまでぼくの背は低くない。


横のライラからは含み笑いと共に撫でられ、エマからは肩をぽんぽんと叩かれた。


上からは太陽光が降り注いでいる。

肌がその日光を吸い込んでいるのがわかる。


だから、目の端に涙が浮かんだのは、単純に太陽が眩しかったからだ、きっと。



 + + +



「運がよかったな」

「なにがですか?」


ダンジョンにあるギルド取引所には、いくらかの本も並んでいた。

図書館というほどじゃないけど、必要となる情報がまとめられている。


いくらかの舌と引き換えに、それを読むことができた。

ここでのルール関連のことについて、もうちょっとくらい詳しくなきゃいけない。


「上じゃ今、混乱中だ」

「なにか事件が?」


何度も読んで頭に叩き込む最中、そんな世間話を振られた。


「わかんね」

「ちょっと?」

「いや、本当にわからないんだよ。ただ、殺人事件が起きている」

「へえ、大変ですね」

「他人事だな」

「ダンジョンだと日常茶飯事のことが、都市だと大事件になるんだな、と思っただけです」

「はは、まあ、そうかもな。ただお前らにも影響はあるぞ」

「え」


聞き捨てならない言葉だった。

ぼくはダンジョン年表から顔を上げてギルド職員を見た。


そこにはからかいや嘘の色はなかった。


「お前なら、もうわかってんだろ。第二階層は都市の鏡写しだ。だったら、都市で事件が起きればダンジョンにも影響が出んだよ。お前らの謹慎期間は、その混乱を運良く避けれた」

「そうですか……」


これからは第一階層を周回する予定だ。

だけれど、影響が無いとも限らない。


第一階層と第二階層を分けているのは魔力濃度だ。

一応は扉はあるけど、それで行き来できないわけでもない。


たとえば、その殺人事件の影響で発生した怪物が、第一階層に来ることも、無いとは言えない。


「詳しく聞くことはできますか?」

「そうだな、4個でどうだ」

「金取るんですか」

「情報こそがこの世で一番価値のあるものだ」


たしかに、このダンジョンではそうだった。


渋い顔をしながら支払って得たその「価値ある情報」は、実のところそこまで大したものじゃなかった。

都市にて市民を対象にした連続殺人事件が発生している。


被害者は主に女子供だが、衛兵もその被害にあっていることから高い戦闘力を持つ人間である可能性が高い。


だいたいの死体はバラバラにされている。

そうじゃない人もいるけど、頭部を破壊されるなどの被害を受けている。


「んー……」


ぼくらは今、このダンジョンに潜っている。

あのミミズどもを狩るのが主な業務だ。


そうして時間をかけて貯めれば、あるいは初心者を脱すれば、自由になれる。

けど、そうやってこのダンジョンから自由になった後で何をするかと言えば、大抵の場合は荒事を仕事にしていた。


それこそ衛兵なんかも進路先のひとつになる。

監督官をボコボコにしたぼくらは推薦されないだろうから、もはやない進路だけど、どちらにせよ「先輩」かもしれない人ですら被害に遭っていた。


どういう犯人?

それこそあの死神みたいなのが都市へと這い出た?


いや、さすがにあんな目立つのがいれば目撃される。

そんな証言がまったく無いってことは、隠形も上手い犯人だ。

人知れずの状況を作った上での殺人を、都市全体が警戒しているような状況下で繰り返している。


「相手にしたくないですね」

「都市じゃ大騒ぎで大恐慌だ、いまダンジョンにその怪物化したのが出たら、それこそひでえ強さだろうよ」


なにがあろうと逃げなきゃいけないと決意した。

学校という場所ですら、死神という怪物を作り出した。


だったら、純粋な連続殺人鬼はもっと容赦のない怪物になる。


「とっとと捕まえてほしいですね、別に冤罪でもいいんで」

「お前なあ」

「ダンジョン探索者としての本音です。実体のわからない恐ろしい殺人鬼は恐怖を呼びますが、名前も顔も姿もはっきりしているただの殺人犯なら、恐慌は収まります」

「一応、ギルドの本体は都市にある、偽を捕まえて本物を放置じゃ困るんだよ」

「いや、ぼくに言われても……」


本来は関係ない、そのはずだった。



「頼まれてはくれないだろうか」


私的洞窟に戻るといたハナミガワに頼まれるまでは、本当に無関係でいられた。

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