35.ちょっかいと代償

ぼくらの目標は定まった。

遠く霞んで見えないくらい遠くにあると思えたものは、本当にすぐ目の前にあった。


一日外出券は、舌54個だった。

ぼくらが手にした宝と同じくらいの値段であることに酷い違和感があるけれど、そういうものなのかもしれない。


あるいは、ぼくが持っている霊水と交換できないかなとも交渉してみたけど、そういうのはできないみたいだ。

どこまでも「第一階層にできるだけ縛り付ける」のが目的だから、有用な物品に変えることは無理だった。


そういう取引ができるのは、初心者を脱して第二階層探索者になってからだった。


レンタルで無限袋を借りている関係上、日々の稼ぎは低くなったけど、それでもいままでと違って「見える目標」がぼくらのやる気を燃え上がらせた。

どれだけ稼げばいいかわからないと、これだけ稼げばいいとの差は、思ってた以上に大きい。


そして、もはや第一階層の触手とか、ぼくらの敵じゃない。

うん、そう、問題はそっちじゃなかった。


今のぼくらの敵は、触手ミミズじゃない。


「増えたなあ」

「うん……」

「なあ、リーダー、斬っちゃだめか?」

「さすがに自重」


ぼくらが儲けたことを誰かが吹聴して回っていた。


そう、同じ第一階層探索者たちの方が厄介だった。

彼らはぼくらを見かけると雄叫びを上げて襲ってくるようになった。


ぼくらを倒せば一攫千金。

生きて動いて回る宝箱。


しかも、なぜかは知らないけど反撃してこないとなると、彼らがやらない理由がなかった。


「けど、いい加減うんざりだ」

「あと少しの辛抱なんだから、人殺しになるのは止めとこう」

「けど、向こうは人殺しする気満々だぜ?」

「押しつぶす……?」

「うん、二人のストレスが溜まってきてるのはわかった、ちょっとは考えようか」


まあ、彼らのせいで上手く稼げてないのも確かだった。

とりあえず、次に出会った襲撃者の手足の一本でも砕いておこうかなと考える。


逃げるばかりだと調子に乗らせる。

どこかでちゃんと叩かないと駄目だ。


こちらが反撃してくる敵であると認識させる。

何もしてこない敵を相手にしたら、人はどこまでも残酷になれる。


「んー」


人殺しは嫌だ、けど戦わないのも駄目。


都合がいい話だけど、こっちが一方的に適度に痛めつけて、向こうからの反撃を喰らわないような状況が最善だ。


どうしよう?

そんな都合のいいことってある?


「……ライラ、岩壁の呪文って、レベルアップできてる?」

「少しは、頑丈になった、かも……?」


ユハの灰だっけ、あれを丹念に調べることで、魔術師としてもライラは熟達していた。

いままで出来ないことも出来るようになっていた。


「そっちじゃなくて、色々変えられる? ただ一枚の壁じゃなくて、こう――」


そして、そのレベルアップの成果が必要だった。



 + + +



第一階層は暗い。

ぼくらは慣れたのか、それとも魔力感知が上手くなったのか、ほとんど光源なしでも大丈夫なくらいだけど、そうじゃない人にとっては松明とかが必須だった。


それらがなければ上手く洞窟を歩けない。

ギルドで販売されているそれを片手に、どうにか触手ミミズを探して狩る。それが一般的な第一階層探索者の姿だ。


逆を言えばこれ、ぼくらからすれば位置が丸わかりってことでもある。

炎の明るさがあればそれは人間がいるってことの証明だ。

炎の探知を得意とするライラもいるし、大抵の場合は回避ができる。


それが無理なのは、引き返す最中で他の経路がない場合だったり、探知が難しいほど分厚い岩が間にあるパターンだ。


今が、そうだった。


「あれだ! あの連中だ! ちいせえやつ、でけえ槍使い、暗い女! 賞金首だ!」


出会い頭に、ぼくらを見るなりそう叫んだ。


「殺すよ?」

「あ゛?」

「あたし、燃える女……っ」


松明の明るさに眩まされて正確な人数はわからない。

だけど、ほとんど直線の経路で出会った。

見るなりそう叫ばれた。


洞窟の広さは1人分、躱して進めるスペースはない。

ほか経路を経由して逃げるのも難しい。


というか、賞金首ってなに、いつの間にぼくらそんなものになったの?


「人数はこっちが上だ、取り押さえちまえばこっちのもんだ! これで――」

「敵はとりまわし重視の短剣装備、防具は革鎧、松明を使ってるから魔術師の類もいない。ライラ、やって」

「んっ……! この厭わしき地下にボズの数多の些少な加護を……!」


言いたいことは山程あったけど、敵が戦闘態勢に入ったのならそんな暇は消える。

どうにか目を凝らして敵の上方になにもないことを――長物の類がないことを確認したら、あとはやれることをやるだけだった。


ライラの使った呪文は岩壁。

この洞窟から壁を生やすもの。


だけど、今回はすこしアレンジを加えていた。


「は、なんだ……?!」


距離を詰めようとした男がつんのめった。

転がるほどじゃなかったけど、足を取られる。


それはたぶん、初めての経験のはずだ。

この洞窟、うねうねとした迷路状だけど、洞窟そのものは凹凸のないきれいなものだったから。

それこそミミズ共が移動しやすいように整備されている。


だけれど今は、複数の「岩壁」が断続的に生えていた。

それは、松明では上手く照らせない下に、半端な高さで出ている。


見えるだけで五枚、ぼくらに近づくほどに高くなっている。


「こんなもの――」

「ライラ、今」

「へいよー」


どこかつまらなさそうに、だけどそれでも唸り声を上げて槍は突かれる。

穂先じゃなくて柄の方でだけど、それは大気魔力を巻き込みながら振り抜かれ――


「ふぎっ!?」


先頭の男の鼻の軟骨を打ち砕いた。

きっとしばらくは鼻血が止まらない。


「て、テメエりゃ、いけっ!」


それでもさすがと言うべきか、それとも無謀というべきか、鼻を押さえながら後ろに下がり、別のメンバーをけしかけた。

この程度では諦めないらしい。


だけれど、同じことだった。


「ほらよ」

「この厭わしき地下にボズの数多の些少な加護を……!」


断続的にエマは槍で突き、接近されすぎて危ないなとなったらまた下がって岩壁の魔術を使う。

ぼくらの後ろはきれいに均された洞窟で、彼らが向かうのは凸凹に歩きにくい、足を取られる洞窟だ。


あっという間に無事な人はいなくなる。

それでも死んだわけじゃないから、なんとか鼓舞して進んでいるけど、もう限界は近い。


だから、ぼくは呼吸を続け、第一階層の薄い魔力と、ライラが構築した石壁の魔力の残滓を身体に取り込む。

蓄えは、十分だった。


「俺たちひゃ、こっかりャ出るんだ! あんなのにひゃ――」


彼らは同じだ、同じ状況にある人たちだ。

ぼくらと同じように自由を求めている。


そこに貴賤はない。

想いに上下なんてありはしない。


けど、だからといって、それでこっちが犠牲にならなきゃいけない理由もならない。


ぼくは拳を引き、魔力を練り上げる。

前にはひときわ高く聳える岩壁。


いままでと違って強固、それこそ本当の岩くらいの硬さはある。

襲撃する彼らが壊すこともできずに足を取られ続けるくらいには。


「破ッ!」


そこへと向けて拳を叩き込んだ。

岩属性の、より強固になった拳は黒く色づき、力と速度を底上げしていた。

吹き飛ばされた岩壁は、砕かれた石礫の散弾となって殺到する。


「うぼああ!?」


こっちが一方的に適度に痛めつけて、向こうからの反撃を喰らわないような状況――その締めがこれだった。

無秩序な攻撃は、ぼく自身にすらそのダメージ量を推測できない。誰か死んだら、まあ、ごめんなさいだ。


「こ、この……ここまで来て――っ!」


エマに的確にボコボコにされて、ぼくの石礫で大雑把に打ち据えられて、全身が酷い状態になりながらも、それでもまだ戦闘意欲を失っていなかった。


「もう逃げられないね?」

「あ?」


だから、ソイツに向けて言ってやる。


「ここに来るまでに、何枚の岩壁をまたいだ? どの位置にあるのか憶えてる? 別に塞いだわけじゃないけど、簡単には逃げられないようになっている。わかる?」


淡々と、ただ心を折るために。


「君たちは、もう逃げられない」

「……」

「今から、ここで、ぼくらの気が済むまで痛めつけられるんだ」


相手の腰は引けていた。

その背後では、何人かが顔を見合わせる様子があった。


「その叫びと悲鳴が、必要だ。今後、ぼくらに余計なちょっかいをかける奴を減らすためにも」


ぼくの身体は燐光を纏い、エマは振った槍に魔力を螺旋状にまとわせ、ライラは嬉しそうに火を灯した。

きっと彼らから見たら異形のもののように見えたはずだ。


ただ、火に関して言えば明らかに殺傷用の火力だったので、ぼくとエマはじっと見た。


「おい、さすがに消し炭の火力だろ、それ」

「ライラ、消さないとそれ吸うよ?」

「……え……試すの、だめ……?」


小声でのやりとりは、たぶん聞こえていないはず。

ただ、どっちにしても彼らからすれば、「理解できない力を振るおうとしている相手」だとはわかったはずだ。


「まあ、とりあえず――」


ぼくは手近な岩壁を踏み潰しながら。


「ボコボコにするね?」


そう宣言した。


「に、逃げろォ!」


ようやく不利を悟ったのかそう叫んだ。

後ろの様子なんて気にせず走り出す。

何人かが足を取られて転びそうだったので、その尻を蹴って吹き飛ばしてやった。


頭から地面につっこむより、背中から壁に衝突した方がまだマシだと思う。

そこかしこで悲鳴は上がったけど、とりあえずは死んでるやつはいない。


「これで改善されたらいいなあ」

「むぅ……」

「おいライラ、その魔術、いい加減に消せって」

「火を、消す……?」

「あ、これ、いったん発動させた火炎魔術を使わないことを考えても見なかったって顔だ」

「……ね、リーダー、知ってる? 火って……燃えるの……」

「うん、知ってる。そんな狂信者みたいな目をして言わないで?」

「うー……」

「なあ、リーダー、これ、欲求不満ってやつか?」

「かもしれない」


ユハの灰を得て以降、ライラが火炎魔術を使ったことはなかった。

だってここは第一階層で、ぼくらの目的は舌の回収だ。下手に火力の強すぎる魔術を使ったら台無しだった。


ぼくとエマだけが活躍し、ライラは光源の魔術とか岩壁の魔術を使うのがメインで、今の今まで火炎魔術を使う機会には恵まれなかった。

ようやく今回、そのチャンスが訪れたのに、それを消せと言われても納得はできないかも。


「まあ、触媒使っちゃったし、完全に無駄にするよりは、試しに使ってもいいのかな……」

「なーんか嫌な予感がするんだけど、大丈夫か?」

「ふふ、ふふふ……リーダー、愛してる……」

「ここは第一階層で、そこまで大気の魔力は濃くない。どの道、火力がどれくらい上がったかを調べることは必要だったし、いい機会なんじゃない?」

「いいのかなあ」


足音は断続的に引っかかりながらも遠ざかる。

角を曲がってその先へ。

さすがにもう届くことはないだろうけど――


「Yalın、Andar、Cahın、Gal、偉大なる炎の神々に伏して乞い願う……!」


あ、やべえ。

そう気づいた。


ろうそくの火くらいだったものが猛々しく吠えた。

理解できない法則で燃焼に燃焼を重ね、前方すべてを溶解させ、燃やし尽くし、炎で満たすと宣告している。


「逃げろ――!」


ぼくの叫びが向こうに届くよりも先に。


「火の精髄たるオディエシを今ここに……!」


発動した。

眼の前が赤に染まった。

それでも制御されたものだったのか、背後にいるぼくらにそれらは向かわなかった。

ただ前方だけが、前のすべてだけが焼き尽くされた。


粘性が普通の千倍あるシャボン玉を破裂させた――そんな音を響かせ熱は行き渡った。

すべてが赤に、いや、白い破壊に染められる。


そうして、第一階層の魔力濃度であっても、岩が溶けるくらいの燃焼魔術が使えるってことをぼくらは発見した。


たぶん、誰も死んでないと思う。

たぶんだけど。


ライラは嬉しそうに両手を広げてキレイに笑い、ぼくとエマは眼前の破壊を呆然と見ているしかなかった。

蒸発した岩たちの向こうでは、地獄みたいな炎の乱舞が絶えること無く狂い、地面はマグマみたいに煮え滾る。


「これ、オレら戻れるのか?」

「さあ?」

「まんぞく……ッ」


とりあえず、今回使った火炎魔術を禁止した。

どれだけ切ない顔をされて服をつまんで引かれても、こればっかりは駄目だ。


あと戻った際に、ぼくらがボコボコにして逃げ出した人たちの、死ぬほどビビった顔に再開することはできた。

ただ、ぼくらを見るなり悲鳴を上げて、腰を抜かすのはさすがに酷いと思う。


以後、ぼくらにちょっかいをかける人は誰もいなくなった。


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