34.最短で最善の未来

「第一階層で、狩りに行くぞ」


三者三様の気色悪い笑い声を発する集団がどうにか危うい足取りで戻り、しばらくしてからエマが言った。


「え、え……?」

「リーダー、惚けんな!」

「水ですら燃やす……違う、水だからこそ、燃やす……? 知覚するよりもさらに高く、救いなく、どこまでもどこまでも果てなく至高のそれは赤ですらなく……いえ、それは入口に過ぎず、より高みへと至るための……」

「ライラはよくわかんねえ対話してんな!」


霊水を呆然と見ていたぼくは叩かれ、灰に向けてブツブツとつぶやき続けていたライラはガクガクと肩を揺さぶられた。


「んん……もうちょっとで、わかりそうだった……」

「ねえ、ライラ、ぼくが言っちゃ駄目かもだけど、それ、わかったらヤバいやつじゃない?」

「炎なのに……?」

「その火への信頼、なに」

「いいから、聞け、な?」


腰に手を当て、槍の柄で地面を突きながらの言葉だった。

割と本気だとようやく気づく。


「現状、オレらは欲しいもんを手に入れた」

「うん」

「いえす……」

「けど、これってオレらの目的じゃねえよな?」


それは、たしかにそうだった。

もう絶対に手に入らないもので、欲しがることすらあり得ないレベルのものだったから目が眩んでいたけど、本来は「三人で自由になること」が目標で、霊水の入手はそれに結びついてはいなかった。


「たしかに、そうだ。ゴメン、たしかにちょっとボケてた」

「よし、現世に戻ってきてくれて嬉しいぜリーダー」

「そっか……だから……炎は……」

「ライラも戻って来いよぉ!?」

「あー」


ちょっとだけ気持ちがわかるから、なんとも言えない。

今のライラは「神話時代の炎」の想念に触れてしまっている。


無我の境地に似たものだった。

外界への認識が疎かになる。


その幸せは、極限の集中は、少しわかった。


「ライラはそのうちに戻ってくるよ、それより、なに?」

「ホントかよ、だから、こっからの話だよ」

「第一階層に行こう、って話?」

「ああ」


エマの面構えは、完全に戦士のそれだった。

戦うための、立ち向かうための姿だ。


「どうして第二階層じゃなくて、第一?」

「確実に儲けるためだ。今回みたいなラッキーがもう一回あるとは思えねえ」

「ちょっと弱気じゃない?」

「違うんだよ、リーダー……」


ひどく言いづらそうにしていた。


「本当に、あと少しなんだ、その少しに届かせるために、第一階層を周回する。あのクソッタレのミミズ共を徹底的に狩る」

「ごめん、エマが苦悩してるのはわかるんだけど、何に困ってるかよくわからない」

「オレは――」

「エマ……」


いつの間にか復活したのか、ライラがまじまじとエマのことを見つめた。


「ほんき……?」

「それしかねえだろ、オレが思う最短経路だ」

「ぼくだけ置いてけぼりなんだけど、どういうこと?」

「リーダー……」

「なに?」

「その霊水、すごく高く売れるとしたら、どうする……?」

「え、ぼく以外に買う人がいるとは思えないけど」

「仮の、話……」

「それは――」


二度と手に入らないもの。

これから先の人生で手にすることもできない逸品。


というか他宗教関係者に知られたら火炙りに来るようなもの。

けれど、酔狂な好事家がいて、それで大金を手にすることができるとしたら?


ライラは以前に言っていた、「お金があれば開放されるが、没落したからできなかった」と。

つまり、それなりの金銭を支払えば、ぼくらは自由を手に入れることができる。


それを簡単にできないよう、ぼくらは物々交換を強制されてるわけだけど……


「売る、と思う。それで皆が自由になれるなら」

「うん、あたしも、そうする……すごく惜しいけど……」


ちらりと視線を移し。


「ライラも、そう……」


彼女が手にしている人形――

場合によっては「家が一軒建つほど」のそれを示した。


ライラは唇を噛み締めながら、それでも言う。


「ここじゃ、このダンジョン内での取引じゃ無理だ。価値の低いコレクションとしか扱われねえ」

「じゃあ、どうするの?」

「ギルドとの取引で、一日外出券が手に入るよな? ここじゃなくて都市でこれを売っぱらえば、手に入るんだよ、オレたちが自由になれるだけの、相応の金が」


第二階層を探索することも、初心者を脱することも、もう必要なかった。

それは本当に文字通り、自由への最短経路だった。


「ライラ、いいの?」


だけれど、それを簡単に受け入れていいかどうかは、また別問題だ。

ライラのそれは、ぼくにとっての霊水に当たるものだ。

簡単に「皆のために売っぱらえ」とは言えない。


彼女の好きを否定したくはない。


「ああ」


深い頷きだった。

痛みを堪えての肯定だった。


「わかった、ありがとう」

「感謝すんなって、そんな必要はねえ」

「ん……」

「ライラもなんか優しく笑いながら炎を手に近づけなくていいからな、おい」

「えー……?」


ヘヘ、とエマは照れたように笑い。


「どっちみち、ここの、この金庫でいつまでも安全に保管できるわけでもねえんだ。他のやつに奪われるより先に、オレらでオレらを救うために使った方がいい」

「そっか、ここも安全ってわけじゃないか」

「だから、割と危険だけど、ダンジョン探索中にも持っていく。汚れが、き、傷がついたりするかもしれねえけど、そ、それでも、奪われるよりは――ッ」

「あー、ギルドで収納袋とか買おう? ひょっとしたらレンタルとかもしてるだろうし」

「それ、大丈夫か? 魔力回路を通過すんだろ? なんか色合いが変わったりとかしねえのか?」

「それも、ちゃんと聞こう」


本当に手放したくないんだろうなあ、とそれでわかった。



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