33.宝

取引は、つつがなく上手く行った。

ギルドで購入ができた。


まるでりんごか野菜でも買うみたいに、この世にもう無いんじゃないかと思えるほどの逸品を手にできた。


きっと向こうはその価値をわかっていないのか、それともなければもっと価値のあるものを日常的に取り扱っているかだった。

そうとも思わなきゃ信じられない。


ぼくからすれば、国宝よりも、聖剣よりも価値のあるものだ。

あるいは、物ってことで考えればこの世で一番だって言ってもいい。


ぼくの手はぶるぶると抱えた透明なビンを揺らし続け、エマはほとんど過呼吸になりながら精巧な人形を触れずに見つめ続け、ライラは両手で口を押さえながら眼球が飛び出しそうにしながら、その灰をフンスフンスと嗅いでいた。


「まいどあり」


ギルド員の、その簡単な言葉ですらも認識できない。


まいど、まいどってどういうこと?

次とかあるの?

そんな不可能とか存在する?


ぼくらはその場で、おそるおそる確認した。

手にしたものが、どうなっているのか。


冷たい手触り、見て知っている揺らめき。

ぼくは慎重に、そのビンの蓋を空けた。


「ぜんぶは駄目だけど、舐めるくらいなら」


とたん、嗅ぎ慣れた芳香が鼻を突いた。


間違いなく、本当に、ジャルブスの霊水だった。

ニセモノじゃないかって疑いはそれで完全に吹き飛んだ。


過去がやってくる。

昔の日々が目の前にある。


麦畑、水田、背の高い建物、他では見られないシンボルの施設。

今はもうないぼくの村。


じいちゃんの言葉――「無駄なあがきとわかっちゃいるが、それでも諦めきれんのよ……」


滅ぼされてしまった、ぼくらの信仰の村。



そう、ここには多くの神様がいる。

実在する、恩恵を与えてくれる上位者だ。


けど、ぼくらは、ぼくらの村では、「存在しない神様」を崇めていた。

その神様がいないことを理解した上で、その日々の祈りに意味はないと受け止めた上で、それでも信仰した。


争いのない、互いを思いやるための道具としての「神様」だった。

どんな人種、どんな性格、どんな罪を犯そうと、「神様」ってツールで通じ合えると信仰した。


あるいは、創り出そうとしていた。

生じさせようとしていた。


神様って概念だ、ある種の想念が形となったものだ。


空すべてを天とし、これを神であると見た。

地すべてを地獄とし、これを悪魔のいる場所であると見なした。


だったら、ぼくらにとって都合の良い、人間のための神様を皆で信仰すれば、その想念が形になって現出するかも知れない――そう期待した。そのために村を作って皆で暮らした。


ぼくらは、神様を作り出す集団だった。

その信念が信仰の礎だった。


それは、ある程度は上手く行った。

上手く行ってしまった。


あるとき、水が湧いた。

毎日数滴ずつが、祭壇の上に設置された器の中に生じた。


朝露や、結露の類じゃなかった。

どんな対策を施しても、どれだけ密閉しても必ずそれは生成された。


科学者気質でもあった村の人々はそれを徹底的に調べ、多少の毒性を持つこと、そして、想念の結実であることを突き止めた。

それは、存在しない神様とコンタクトを取るためのものだった。


本来はいないはずの、人間のための神様が現れようとしていた。

そのときの困惑と喜びの様子を、ぼくは今でも憶えている。

ありないことだった。


だって、そう――その創り出そうとしていた神様は、じいちゃんの国だった。

その国の概念を、神様として現出させようとしていた。


日本と呼ばれたその国を、この世界の神様の一柱として加えようとしてた。


溢れて出現した水も、日本酒、ってものに近いらしい。

ある意味、じいちゃんは違う世界を、故郷そのものを呼び寄せかけていた。



日本を、神様にしようとしてた――



けど、だからこそ、盛大に怒りを買った。

それは他の神様にじゃなかった。他の神を信仰する人々にだった。


彼らからすれば、ぼくらの行いは「神とは所詮は嘘でありニセモノであり、人間が作り出せる程度のものでしかない」と言ったようなものだ。

その証明が、されつつある状況だった。


さらに言えば、文化も歴史もなにもかもが違う「世界」からの侵食でもあった。

実在する悪魔よりも忌避された。


当然のように、滅ぼされた。

痕跡のひとつ、伝承のひとつも伝えさせはしないという決意に満ちた、徹底的な破壊だった。


ぼくがこの都市に流れ着いて、こうして生きていられるのは半ば奇跡だ。


「本当に、どうしてここにあるんだろう」


結局は嗅ぐだけで満足し、ぼくはビンの蓋を慎重に戻した。

これだけの量を貯めるのに、どれだけの日数が必要だったかわからない。


定期的にこっそり飲もうとするじいちゃんの所業もあって、本当に長い時間が必要だった。


「この造形、この精密、うっわ、マジだ。マジでパナッテイル限定品だ――」

「ひ、ひひ、ヒヒヒ……うん、おばあちゃん……本当に、本当だった……これ嘘じゃなかった……」


ぼくらの様子はかなり不審だったはずだけど、ギルドの人は当たり前みたいにその様子を無視していた。

たぶん、よくあることだった。

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