32.夜の護り
火が消え、明かりが失われ、自然と消灯時間になった。
三人それぞれに、好き勝手に寝るのが常だけど……
「おい?」
「ゴメン、念の為だけど、こうさせて」
ぼくはエマに背後から抱きついて、ひっつくようにして眠ることにした。
「なんで?」
「必要」
背後を見るエマの表情は、なんかよくわからないけどすごく複雑だった。
「まあ、いいけどよ……考えてみれば、昼間にライラのやつにだってやってたし、うん……」
「嫌だった?」
「オレだけがモヤモヤしてんの嫌だから、あとで絶対にリーダーにはやり返す」
「え、うん、いいけど」
「このリーダー、何もわかってねえ――」
なんか知らないけど呆れられた。
「む……」
「あ、ライラは、エマの方にひっついて?」
眠そうながら、ゴロンゴロンと転がり接近する気配に向けて言った。
「なんで……?」
「念の為」
「リーダー、そればっかだな」
「むぅ……」
「明日以降なら好きにしていいよ」
「ん……」
ぼく、エマ、ライラの順にひっつこことになった。
炎の要素があるためか、ライラはそれなりに体温が高い。
エマ越しだとちょうどいいけど。
「なんか、暑いんだけど、ちょっと離れてくんね?」
「我慢して」
「にがさぬ……」
「勘弁してくんねえかなあ」
考えてみれば、戻ってきてから風呂にまだ行ってないなあ、と思う。
風呂予約が塞がってたから仕方ないんだけど、ちょっとベタベタしていて気色が悪い部分はあった。
まあ、別に気にしないから、ぼくはただゆっくりと呼吸する。
鉄に似た、少しすっぱいニオイがした。
「リーダー、嗅ぐなッ!」
「ただの呼吸」
「口でやれよぉ」
「ふんすふんす……」
「ライラはライラで、オレのどこに鼻突っ込んでんだよ!?」
「たまらぬ……におい……くちゃい……」
「お前、寝ぼけてんな? 絶対にいま寝ぼけてんだろ!」
間に挟まれたエマが大変そうだった。
けどまあ、仕方ない。
だってライラにとって、魔力を吸い込むことはすごく嫌なことらしい。
それはライラの想いを表現するものであり、ぼくが勝手に「ひょっとしたら危ないかもしれないから一応」で吸い込んでいいものじゃなかった。
代わりにエマの魔力をこうして吸ってた。
彼女を構成する一部をぼくへと取り込んだ。
戦力の底上げを図っていた。
魔術は周辺魔力を変質させる。
武技は周辺魔力を操作する。
武術は周辺魔力を取り込む。
ぼくの武術だけが、「ダンジョン外」でもある程度の効力を発揮することができた。
エマに残滓のようにまとわりついてたダンジョン魔力を、内へと取り込み力とする。
そう、敵は必ずしも怪物だけとは限らない。
今日、ぼくらが大量の成果を得たことを知る人間の数はほぼいない。
ぼくらへと情報の対価として支払ったカツアゲ四人組と、ぼくら自身しか本来はいない。
だって、まだギルドへ取引に行っていない。
情報が漏れる余地がない。
けれど、彼らカツアゲ集団がカツアゲを入り口付近でやったのは、そもそも「ぼくらの情報を得たからこそ」だった。
その情報は、ぼくらの直属の監督官からもたらされたものだ。
その逆方向に、情報が流れてもおかしくない。
ぼくらが大儲けしたと知った監督官。
八人から三人へと減ったところで知ったことじゃないと侮蔑の視線だけを投げかけた人間。
奴隷として、いつまでも終わることのない苦役につかされていているような奴が、脱出のチャンスに飛びつかない方がびっくりだ。
まして、明日以降となればぼくらの大儲けが他にもバレる。
ぼくらを狙う「ライバル」が大量発生する。
邪魔を警戒せずに寝込みを襲える機会は今夜しかない。
だから、ぼくは呼吸する。
ただ魔力を内へと取り込み、いつでも動けるように準備を続ける。
疲れたのか、エマはいつの間にか寝息を立てた。
その向こうのライラも、「もすふ……」とか寝言を言ってる。
きっと安心している。
その眠りを邪魔するつもりはなかった。
ぼくの邪推でしかない。
何も起きないのかもしれない。
そんな平和な可能性も十分ある。
「ぼくらは、学生だ……」
少しだけ独り言をこぼす。
本当に形だけの、対外的な言い訳でしかないけど、身分としてはそうだった。
ダンジョン内の学校。
あのエルシェント校では入るのに、死神から許可証や学生証の提示を求められた。
ここでも、同じはずだ。
勝手に「寮」に入っていい理由はない。
無断侵入は斬殺に値する。
あのダンジョンで、ぼくはそう学んだ。
だから、ぼくはゆらりと起き出し、入口から外へと出た。
境となる場所には暖簾みたいに布をかけてある。
扉なんて立派なものはまだ作れないけど、こういうのでもあったら嬉しかった。
ここは、ぼくらだけの場所なんだって一目でわかる。
そのぼくらの場所に向け、来ようとしている足音があった。
一つじゃない、複数だ。
「許可を得て来ていますか?」
「――っ」
暗闇の、うっすらとした人影に向けて言った。
「なければお引き取りを、貴方がたはルールを逸脱している」
見えるだけで三人くらいいた。
あのカツアゲ集団じゃなかった。
というか、シルエットだけでわかるくらい太ってる探索者とかいない。
ひょっとしたら同じ監督官で、奴隷仲間なのかも。
「返事がないなら、盗人だと判断します」
「お前ら、やるぞ! このガキは――」
ぼくは、わざと監督官とは呼びかけなかった。
変な権利を掲げさせたくはなかった。
だって、雑魚だ。
この暗がりに慣れず、その視線はきちんと対象を捉えていない。
完全な素人でしかなかった。
彼らの頭の中にあるのは、「ダンジョンの外ならただのガキであり好き勝手していい相手だ」って情報だけだ。
その勘違いを、徹底的に叩き潰す必要があった。
ぼくは体内の魔力を賦活する。
うっすらとした燐光を纏う。
「――!?」
ひょっとしたら彼らからは、ぼくこそが怪物に見えたかもしれない。
慣れない暗い場所で、特異な相手と対峙しなきゃいけないことに怖気が走ったのかもしれない。
自分より強い敵と、真正面から戦わなきゃいけない状況に、いつの間にか彼らは陥った。
けど、その恐怖は、その絶望は、ぼくらが初日からずっと味わってきたものだ――
+ + +
翌朝、ちょっとした騒ぎがあったらしい。
監督官の何人かの顔がボコボコに腫れ上がっていた。
彼らは、何が起きたかを喋らなかった。
酒で酔って喧嘩したとしか言わなかった。
明らかに、それどころじゃない被害だったけど、誰もがその説明を受け入れるか、あるいは聞き流した。
彼らは監督官ではあるものの奴隷であり、その働きに支障がなければ誰も問題にしなかった。
あと、その手の爪は何本も剥がれていた。
まるで徹底的にぶん殴って格の違いを見せつけた後で、「これから拷問してやるからこっち来いよ」と引きずるのを耐えて、岩肌に爪を立てた跡みたいだった。
まったく関係ない話だけど、ぼくらの住居とする洞窟の前に何本かの爪が落ちていた。まったく不思議なこともあるものだなあ。
ぼくらの住居地に監督官が決して近寄ろうとしなくなったのも、きっとただの偶然だ。
「んなわけねえだろ」
なぜかエマにはぽかりと殴られた。
「悲鳴とか上がってたのに気づかずグウグウ寝てたオレらも悪いけどよ、もうちょっとちゃんと相談してくれ」
「ん、みんなで燃やそ……?」
二人が疲れたときには、賦活手段を持つぼくが頑張るターン。
前に食事を取りに行ったのと同じようなもの――そう説明したけど、むしろ二人揃ってぽかぽかされた。
「三人で自由になるんだろ、リスクも苦労も三人で分担だ」
そういうことらしい。
次があればもっと上手く隠蔽しなきゃと決意した。
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