31.拗ねる火


勝った。

色々と向こうに軋轢が出そうだったけど、それでも素直に支払ってくれた。


一応、細々と「2回も防がれるとは思わなかった」「ギリギリの勝負だった」みたいなヨイショを混ぜることもした効果があったのかも。


帰りがけに襲われることはなく、第一階層に行き――


そうして、戻った。

背負った簡易カバンには百個以上もの舌があった。


「……」


道中、ずっとふわふわとした変な気持ちだった。

油断しちゃいけない、敵はどこから来るかわからない、最後まで緊張を途切れさせるな――


そういう言葉を、ぼく自身に言い聞かせた。

でも、どこか現実離れしてた。


150個ちかく――一ヶ月ずっと第一階層を周回してもまだ届かないほどの量を、ぼくは背負っているんだ。信じられない。これ、夢?


だから、その金庫が閉じる音を聞いた瞬間。


「よっしゃあああ!!!!」

「いえーっっ!!!!」


何よりも先に背後で盛大に祝いが行われ、その声で我に返った。


「あ、え、あ……」


というか、ぼくの方が、まだ付いていけてなかった。

深い眠りから覚めたばかりの気分だ。


「やったぜ、やってやったぜオレ達!」

「んふ、んふふふふ……すごいすごいすごい……っ!」


三人で輪になってぐるぐるする。

つないだ手の温もりが、徐々に認識へとつながった。


「ぼくら、やった、んだよね……?」

「そうだよ、なに惚けた顔してんだよリーダー!」

「おおがねもち……っ!」


ああ、そっか、報われたんだ。

第二階層に拠点を移してからようやく、ちゃんとした報酬を得た。

宝を、得ることができた。


「あ――」

「お、おい!? なに泣いてんだよ!?」

「リーダーだいじょうぶ……? 痛い?」

「いや、ちがくて……」


ぽろぽろと、気づけば涙が溢れてた。

拭いても拭いても追加される。


「ああ……本当に……」


言葉にならない。

感情はぐちゃぐちゃ。


命がけの連続だった。

何が起きるかわからなかった。


けど、誰も欠けてない。

全員、五体満足の無事でいる。


「よかったぁ――」


嬉しいよりも先に、その安堵の方が大きかった。

ぼくの判断が、二人を殺さずに済んだ。


「へへ、この、いいって」


エマにガシガシ頭を撫でられた。

ライラには抱きしめられながら「ふへ……リーダー燃やしたい、ぜんぶ、ゆっくり、今すぐ……」とか囁かれた。


「これで手に入る、よね?」

「ああ!」

「んっ……!」


取引で上手く行ったことより、決闘で勝ったことより、なによりも二人が喜んでくれたことに、ぼくのお腹は暖かくなった。


「へへ……」

「なに照れてんだよぉ!」

「リーダー、熱々……!」


お酒とかは飲めないから、代わりにスープを打ち付け合ってぼくらは乾杯した。

きっとこの世で一番美味しいスープだった。



 + + +



「でも、リーダー……?」


食べて寝転んであとは瞼を閉じるくらいの段階で、ライラに真面目な顔で詰められた。


「なに、どうしたの」

「あれは、もう、やめて……」

「なにを?」

「あたしの炎を、吸い込まないで、お願い……」

「あー」


タイマン対決のとき、その事前準備としてライラの発動待機状態の炎を吸い込んだ。

その行動についてだった。


考えてみれば、ライラはあの堕ちた魔術師に火炎魔術を吸い込まれたとき酷く嫌がった。

それがぼくであっても、やっぱり受け入れられないことであるらしい。


「ライラの代わりに敵を燃やしたんだ、ってことじゃ駄目?」

「だめ……」


とても真面目な顔だった。


「あれは、リーダーとエマを燃やすためのだった……嫌いな人を燃やすためのものじゃないから、だめ……」

「ひょっとして、ライラの中で、炎って二種類あるの?」

「うん……」


当然でしょ? みたいな顔で頷かれた。


「まじか」

「そうだったんだ」

「ひょっとして、わからなかった……?」

「オレは、そこまでまじまじと見てねえからなあ」

「けっこう機会も少ないよね」

「そんな……!?」


ライラが言うには、こう、想いとか素材とか燃焼温度とかもろもろ色々違うらしい。

大好きな人達には、可能な限りの高温で燃えてほしいとのこと。


「ええと、よくわかってない部分もあるけど。敵に向けた炎なら、ぼくが吸ってもいいの?」

「やだ」

「めちゃくちゃハッキリとした意思表示だ」

「あたしの嫌いを、リーダーが受け止めないで……」


すごく真面目な、まっすぐの視線だった。


「けど、ええと、味方に向けた炎、って方を吸われるのも嫌なんだよね?」

「……場合によっては……それが必要だ、ってことも、わかってる……」

「ああ、うん、次の機会があるかどうかわからないけど、手段の一つとしては持っておきたい」

「わかる、わかる、けど……」

「駄目かな?」

「……その後でリーダーのことちょっとだけ燃やさせて……? 指先とか、爪の先とか、髪の毛だけでいいから、せめて、お願い……ッ」


ライラは目に涙を浮かべ、唇を噛んでいた。

下に敷かれたシーツを強く握りしめていた。


懇願は、心の底から絞り出したようだった。


「ねえ、エマ、なんかぼくがすごく酷いことしたっぽい雰囲気なんだけど?」

「たぶん、ライラの中で火炎魔術と書いて真心と読むみたいな感じだ、受け入れとけ」

「ぼくがライラの真心を利用した、ってこと?」

「あれだな、ライラがすごく頑張って作った贈り物を、リーダーが敵へとぶん投げて、これ有益だから次もまたやる、って言ったみたいなもん」

「そしてその上で、その数ランク下の、似たような物をせめてちゃんと贈らせて、って言われてる?」

「だな」


火炎魔術って要素を抜きにすれば、ぼくがひたすらに外道だった。

人の真心を利用するやつだった。


「リーダー……だめ……?」

「いや、いいけど、爪だけね」

「えへへ……」


ぼくが差し出した人差し指、その先端の爪をライラはガシッとつかんだ。


僅かな触媒と魔術を融合させ、慎重に燃やす。

まるで誕生日ケーキのロウソクのように、ライラはそれを見つめる。

すごく幸せそうなのが逆に申し訳なくなった。


「てーか今更だけどよ、リーダーにダメージは行ってねえの?」

「今?」

「前」

「あの炎を吸い込んだ時のこと?」

「ああ」

「んー……」


たしかに考えてみれば無茶だった。

普通に考えたら肺が燃えてもおかしくない。


相手のビックリした様子からして、たぶん一般的な方法でもないと思う。

怪物が使っているからと言って、人間が普通に使ってるわけでもなかった。


けれど、ある程度の時間が経った今になっても、特にダメージは見当たらない。

完全に魔力として消費されていた。


「大丈夫みたい」

「リーダー、人間やめんなよ?」

「我ながらちょっと心配になるけど、たぶんまだ大丈夫」

「まだとか言うな」

「怪物が使ってた武技を真似してるエマだって似たようなものじゃないの?」

「まだ完全再現できてねえからセーフ」

「そのうち再現できる時点で同じようなものでしょ」

「あたしが、いちばんマトモ……?」


ぼくの指先に灯ってる炎にむけて問いかけてる風だった。


「ライラ、自分の姿をもうちょっと客観的に見たほうがいいよ?」

「リーダー、オレが悪かった。火を吸い込むくらい、大道芸でもやってるくらいのレベルだよな」

「ね……二人共ひどい……」

「だったらライラ、指先まで燃えそうだから、もうそろそろ消して?」

「……あたし、ひどい人だし……だから、ひどいことしてもいいし……炎、きれいだし……」


不思議なことを言われた。

ぼくは小首を傾げて、不審を示す。


「ライラは普通にいい人でしょ、何いってんの?」

「まあ、そうだな。マトモかどうかは別にして、いいヤツではある」


初めて火から目を離し、ライラは唇を尖らせたままぼくらを見た。

そこにからかいや嘘の色がないことを確認した。


「ふんだ……」


そのまま拗ねたように、ぼくの指先のぱくりと咥えて炎を飲んだ。


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