30.対決と決着

「さて」

「対決は、オレだな?」

「ぼくが行く」

「おい……?」

「大丈夫、任せて」


エマは戦闘担当。

だからこそ、ここで誰が行くのが一番勝率が高いか、それも判断できるはずだ。


単純な戦闘力ならエマが一番だけど、それは「安定した戦力」ってことを意味する。

妥当に強い相手には、妥当に敗北する。


ぼくの方がまだ目がある。


「……負けたら殺すぞ」

「了解」


少し敵から離れての会話だった。


「リーダー……」

「なに」

「まだ、だめ……?」

「もうちょっとだけ耐えて、ライラのその炎が事態を拮抗させてる」


待機状態の炎はそのままだ。

背後をみれば、向こうは何か薬らしきものを飲んでいた。


きっと力の底上げとなるものだ。

あっちも、本気だ。

本気でこっちを叩き潰そうとしている。


実力差は明らか。

装備の差もある。


特にぼくのそれはほとんど裸も同然だ。

魔力を吸い込んでバフをかける関係上、あんまり武器を手にできない。

剣やら槍やらに魔力を伝達させることができればいいんだろうけど、難しい。


拳闘士スタイルで、向こうの剣闘士スタイルに立ち向かわなきゃいけない。

地上での戦いならなぶり殺し、よっぽどの力量差がなければ覆せない。


その差は、第二階層では更に開く。

そもそもの実力差として劣っているのに、魔力操作の練度が加わる。


こっちがジャブとか打ってる合間に切り刻まれること請け合いだ。

だから、うん……


「リーダー……?」

「ライラ、ちょっと動かないで」


立ち向かうしかない。


ぼくは混乱するライラを背後から抱きしめる。

唇を首筋に近づける。


「え、え……!?」


ライラは混乱し、涙目になり。

伏し目になり。


「あ……ひどっ……ひどい……!?」


汗臭いなあ、とすこし思う。

まあ、リーダー臭とか言って嗅がれてるし、おあいこだ。


向こうから見れば、ぼくの背中だけが見える状態。ただ、それでも抱きしめているとはわかったらしい。

ケッ、と毒づく声が聞こえた。


ぼくは振り返って、相対する。

向こうは明らかにバフがかかった状態で手を広げる。


軽薄に、侮蔑的に笑う顔にも魔力が満ちていた。


「準備はいいか? お別れは済んだか?」


ぼくは黙って頷く。


「だったら、開始だ。これからテメエらは――」


相手が暴言を言おうとするより前に、駆け出した。

開始、と言った以上、文句は受け付けない。


今までの何よりも最速の踏み込み。

それでも、敵は的確に反応した。


半身で盾を構え、剣を後ろに。

防御主体だけど、隙あれば突き殺してやろうという形だった。


こっちが素手だからと言って甘くみていない。

基本的かつ安全な戦闘スタイルを崩さない。


「火ァ!!!」


だから、ぼくは、口から炎を吐き出すことで先手を取った。



 + + +



そう、ぼくは「魔力を取り込んで自己バフにする」戦闘スタイルだ。

だからこそ、先ほどはライラを抱きしめながら、待機状態にある炎の魔術を吸い込んだ。


向こうからは見えない位置から、ゆっくりと。

燃え盛るそれがどんどんと目減りするのを、ライラは悲鳴を押し殺した涙目で見ていた。


そこまでして得たものを、「火炎魔術もどき」として吐き出した。

ぼくがそうするとは思ってなかっただろうけど、ここはダンジョンだ。

突然現れる怪物が、どんな突飛な行動をするかわかったものじゃない場所だった。


「このっ!」


当たり前のように、防がれた。

掲げた盾に、ドーム状の防護が重なった。

たぶん、防具に魔力を伝達することでそれを成した。


放射状に吐き出した炎すべてを逸らされる。


しかし、それで向こうの視界は赤で染まった。

まるで見えてない。

反撃しようにも、ぼくの位置がわからない。


だからこそ、しゃがみから高く跳躍し、両手を掲げるだけの時間を得ることができた。

炎の残滓を両手へと集める。


手が、血流とは異なる赤色を帯びる。

魔力が握った拳に凝縮される。


あの堕ちた魔術師の模倣。

怪物は周囲の魔力を吸い込み攻撃とした。


それは、三人の落下死と拮抗するほどの威力だった――


「ぼくがっ!」


真似た叫びと共に振り下ろす。

晴れようとする炎、その向こうにまんまるの両目が、慌てたように盾へと隠れる。


ふたたび強固に貼られた防御へ、ぼくの両手が炸裂した。


赤い閃光。

爆薬を炸裂させたような威力。


視界すべてが赤に染まる。

敵の防御結界を破壊する。

敵をずるりと押し出した感覚。


そう、押し出す。

吹き飛ばしていない。

倒してもいない。


相手へのダメージに、なっていない。


敵は、防御しきった。

魔力防護こそ破壊したけど、その身体にまで届いていない。


「それで種切れか、だったら今度は――っ!?」


そんなの、わかりきっていたことだった。


最初の炎の放出は、こっちの動きを隠すための煙幕だ。

単純に両手を掲げて跳躍なんてすれば、どうぞ刺してくださいと言っているようなもの。

行動を隠す一手が必要だった。


次撃も同様だ。

盛大かつ無駄に放出した炎で「次」を隠した。


そうして前へと意識を誘導した。

攻撃は前方から叩きつけられるもので、警戒しなきゃいけない方向だと教えた。


盾から発せられた厄介な魔力防護も剥がした。

実質的に、敵を「ぼくと同じ状態」にした。


だから、残った魔力を振り絞り、全速力で敵の背後へと移動できた。

半円の軌跡を残しながら接近、「どこにいるんだ!?」と戸惑う相手へたどり着く。


その首を、さっきライラにしたのと似たような格好で絞める。

ただし殺意の有無が決定的に違う。


「ガア!?」


いわゆる裸絞め。

殴り合いよりもさらに近距離。


どれだけ装備に魔力を注いだところで無駄だ。

そのさらに内側から攻撃を仕掛けている。


向こうは手で振り払おうとする、両手でぼくの腕をつかんで引き剥がそうとする。

きっと反射的な行動だ。


けど、ぼくにとっては最善だ。

とても助かった。


ここで一番厄介なのは、手にした剣で背後のぼくをザクザクと刺されることだった。

まあ、そうなっても最期まで絞め上げてやるつもりだったけど――


「グッ……ごの……ッ!」


敵はそう呻き暴れることしかできない。

やれることは、もうそれだけだ。


油断は、しない。

できるわけがない。


これは素人の絞め技だ。

簡単に気絶にまでもっていけない。


こっからひっくり返される目はいくらでもあった。

体格差って要素は、それだけ大きい、敵がどこかに短剣を隠し持っていてもおかしくない。


ガキに負けてられるか、初心者相手に敗北できるかというプライドだってある。

心はまだ折れてはいない。


だからこそ、ささやく。

その耳元にむけて。


「まだ、少しなら、炎を吐ける」


熱い熱い言葉を、その鼓膜に吹きかけた。

もうどうあっても詰んでいるのだと知らせた。


鼓膜の先、直接脳まで炎を送り込めると「実感」させる。


接触したすべての箇所が、ぶるりと震えたのが、わかった。

ぎょろりと向いた目と、ぼくの目がかち合った。


こちらの本気が――この後にどうなろうと知ったことじゃない、お前の仲間が復讐しようがどうしようが、確実にお前だけは殺してやる、という意思が伝達された。

口の端から漏れる炎も見えたかもしれない。


相手の口から、呻くような敗北宣言がなされた。

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