29.提案

事態は最悪と言ってよかった。

彼らは完全にやる気になってる。


現在の場所は中央部で、第一階層までは遠い。

普通に逃げたら追いつかれる。


実力としてはかけ離れている、というか、人数としてもすでに不利。こっちが三人で向こうが四人だ。


周囲に人の姿はない。

そもそもこの第二階層で、人の姿を見かける機会が少ない。

彼らカツアゲ集団と出会ったのが初めてだった。


なんとか誤魔化す?

口車で言い逃れる?


無理だ。

向こうはもう確信している。


これで一人や二人が気づいた程度なら違ったけど、四人ともが目の色を変えている。

このダンジョン内で、魔力による底上げが行われた状態での判別だ。


聞き違いじゃない? という言葉は塞がれた。

仮にそう言ったとしても激昂されること請け合いだ。

それは根本的に彼らの能力への疑いで、言ってしまえば「とても舐めた」行動だ。


なら、逃げる?

工夫を凝らせば、不可能じゃないかもしれない。

けど、ライラが足かせになる。


彼女だけ身体能力が低い。ぼくかエマが抱えて逃走する必要がある。

それで逃げおおせることができるほど甘い相手だとは思えない。


それなら――


「ええ」


方法は一つしか無い。


「たしかにぼくは、貴方がたを騙して儲けた」

「ハッ、素直なこったな、テメエは――」

「なにが悪いんですか?」

「ああ゛?!」

「チャンスが有れば儲ける、弱点をついて強敵を倒す。誰だってしている、あなたがだってやっている」

「だったら、弱いテメエらが――」

「決闘だ」


そう、真正面から戦うしかない。


「……あ?」

「今、ぼくらを弱いと言った。本当に? 本当にそうか?」

「初心者がなに言ってやがる」

「探索者同士で戦い合って潰し合うのも馬鹿らしい。一対一で戦い、決着をつけよう」

「……なに言ってんだ、んなことしねえでテメエ等はただ俺らに潰されるんだよ」

「そうですか――」


ぼくはライラに目線をやった。

失敗によって青ざめていた顔が、一気にぱあっと明るくなった。


「んッ!!!!」


物理的にも、そうだった。

数種類の触媒に魔力を通し、待機状態にまで持っていく。

これまでにない、盛大な炎が、高温がそこに現れる。


「……その程度のもんが、俺らに通用すると……」

「だったら、ぼくらはこの炎で自滅します」

「はあ!?」

「その準備はできている、その心づもりはいつでもある、この対決を避けるのであれば、貴方がたを含めた全員で焼死する」


少しだけ、笑う。

威嚇のための笑みだった。


「何人かは、きっと道連れにできるはずだ」

「ふざ……!?」


混乱する向こうと違い、こちらは変わらない。

いつも通りだ。


「まかせて……っ!」

「まあ、仕方ねえな?」


待機状態の炎は熱をもたらす。

それは嘘でもなければブラフでもなかった。


ぼくらは「それ」をいつの間にか受け入れてた。

ライラが心底から望む最期であれば、決して悪いものではないと。


「避けるのであれば、一対一の対決を。もし、それで負ければ貴方がたの下僕でもなんでもなりますよ」

「狂ってんのか、テメエ」

「仲間の望みを、最大限に叶えようとしているだけです」


その望みのうちの一つに、三人で燃え死にたい、があるだけだ。


「……俺が勝ったら、お前らをこき使う。テメエらが勝ったらなにを要求するつもりだ?」

「なにも」

「はあ!?」

「ちゃんと、誠実に取引してくれるだけでいい」


そう、考えてみれば。


「そもそも第二階層を拠点にしているチームと、まだそこに至れていないぼくらとの交渉だ。タイマンでの対決で勝利して、ようやくイーブンです」

「……」

「貴方がたにぼくらを認めさせる、そのための対決だ」


向こうは安全志向だ。

危険を回避し、確実な利益を得る。


ぼくは、無為に襲えば自滅すると断言した。

それがブラフだと判断すれば無視して襲うだろうけど、残念なことにライラはマジだった。

本当に、本気で、ぼくら三人で燃え尽きることを望んでいる。


どういう背景があって、どういう心理でそうなったのかは知らないけど、それは、この場面ではとても有益だ。


だって裏がない。

なに一つとして嘘がない。


「ああ……っ」


切なく燃え盛る手元の炎を見る目には、ただただ願望があった。

果たされる望みを、今か今かと待ち望んでいた。


薄く涙まで浮かべて、恍惚と微笑んでいる。


「クソ、クソ……っ!」


考えなしに即断即決で襲撃をしかけることをしなかった時点で、向こうはこちらの提案を飲むより他になかった。

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