28.交渉と危機

これで終われば、平和だった。

けど、そもそもの話、この第二階層に来たのは通路探しが半分、他の探索者を探して交渉するのがもう半分だった。


単純に地道な儲けを目指すのなら、第一階層にこもった方が良い。

すくなくとも、ぼくらをさらった国は、それを願った。


地道な稼ぎ方、安全な方法論を暗に提示されていた。

それに逆らってハイリスク・ハイリターンの道を選んだのは、ぼくたちだ。


だから――


「こんにちは」


その集団と出会ったことは、幸運であり不幸だった。


「あん?」


相手は、四人。

それなりの装備を整えている。

ぼくらよりも体格がいい。


「情報を、買いませんか?」


以前、第一階層でカツアゲをしようとして、ぼくらが罠にハメた相手だった。

前衛二人、後衛一人、撹乱役が一人という構成。格上だ。


「……」


値踏みするような目で見られる。


「ぼくらは、この階層で出会った怪物について情報を書き記してあります、これを触手ミミズの舌で買うつもりはありませんか?」


どの程度くわしく書かなきゃいけないかはわからないけど、可能な限り記してあった。

向こうの三人は、へえ、いいじゃん、くらいの感心した顔をしていたけど、チームトップらしき人間だけでは不審を崩さなかった。


「おまえ――どこかで、俺と会ったか?」

「いいえ、ありません」


第一階層のとき、ぼくらは暗がりにいた。

すくなくともぼくは不用意に声を出さなかった。


エマとライラは、バレる危険性がある。

なので黙っていてくれてるのは幸い。


「……情報か」

「なあなあ、いい話じゃね?」

「黙ってろ」


ぱぁん、と相手は軽く手を振り、背後をぶん殴った。

見えない速度だった。


少なくとも、ぼくでは反応できない。

だけど、それだけの速度にしては、殴られた方は「いってえよ?!」くらいだった。

威力を抑えたのか、それだけ頑丈なのかは不明だ。


「お前ら第一階層の初心者だな……どうして、俺たちがそれを欲しいと知ってる?」

「ハナミガワさんの行動を見て推測しました」

「ハナミ……? ああ、あいつか」


彼らの体格じゃ第一階層を通れない。

だから、この第二階層にいる時点でもう、「この階層の探索者」であることは確定だった。


なのに小銭稼ぎのようなカツアゲしていたのかと思うけど、それだけこの階層での稼ぎが彼らは少ないのかもしれない。

けど、逆を言えば、ミミズの舌をたんまり確保している相手だってことでもある。


ぼくらは、その舌こそが欲しかった。

向こうが欲しいものと、交換できる。


彼らカツアゲ集団は、むしろ怪物の情報こそが欲しいはずだ。

その買い取りが第二階層探索者からであり、価値あるものと交換ができる。


誰にとっても得になる交渉を前に、向こうはそれでも不審を崩さず手を広げた。


「おおよそでいい、情報の数と質は?」

「この周辺で一体、エルシェント校で四体ですね」

「は?」

「どうしました」

「……お前ら、あの学校から生きて帰ってきたのか?」

「生存は、ただの運ですね、本当に」

「ふん……」


腕を組み、訝しむ視線は変わらなかった。

腰には直剣をさし、腕には小型の盾がつけられ、分厚い鎧を着ている。


前衛で敵の攻撃を受け止める役割。

立場としてははぼくと同じだけど、練度が違った。


彼ならきっと、死神の一撃を防ぐこともできる。

最終的には押し切られそうではあるけど。


「周辺怪物の情報は舌10、学校の怪物情報は舌20だ」

「話になりませんね、せめてその倍はいただかないと」


ちなみに相場はわからない。

ただ、絶対にふっかけてくるから、このくらいは要求しないと駄目だった。


「その情報が本当かどうか、わからん。虚偽報告をしたとなればペナルティは俺等に来る。お前たちには何のデメリットもない。これは、その危険込みでの値段だ」

「周辺であればよく見かける怪物のはずです。簡易的な検証が出来ます。貴方がたが知っていることと同じかどうかのすり合わせをすればいい。学校の方については、そもそも誰が調べるんです? ペナルティが下される可能性は低い」

「よく知ってる怪物情報なんざ価値が低い。だいたい――」


苛立ちを含んだ声だった。


「お前ら、その怪物がどの位置にいたか、おおよそでしか記録してないな? 舌10は譲れない。学校情報については、それこそって話だ」

「ん?」


意味がわからず聞き返すと。


「あんな死地に好んで行きたがるバカはそういない。俺らが行くはずがないと見なされる。わかるか? お前らの情報が本当だったとしても疑われるんだよ」

「なるほど、じゃあ、売るのは周辺の怪物についてだけでいいですよね?」

「あ?」

「貴方がたは疑われる。だったら、それをしてもおかしくない探索者に、この情報を売ります」

「てめえ……」


ああ、やっぱり学校情報を転売するつもりだったんだな、と把握する。

それくらいの小狡いことは、当然のようにする相手だ。


このチームの、この相手は、とにかく安全に儲けようとしている。

危険は少なければ少ないほどいい。

儲けは多ければ多いほどいい。


当たり前といえば当たり前のやり方だけど、それでやっていることは他探索者へのカツアゲだ。


「周辺怪物情報については、舌15でどうです? 地図上での位置を正確に示すことができます」

「なんだと」

「ぼくらは、上の都市の地図をすでに買っています」

「チッ……」


こちらの装備と、ミミズの舌を欲しがっていることで初心者であることはバレバレだ。

だからこそ、あっちは「ぼくらが知りそうにないこと」を隠していた。


「わかった、舌15だ」

「はい」

「……ひとつ、言っておく」

「なんでしょう」

「俺がこの世で一番嫌いなことは、舐められることだ」

「なるほど、そうですか」

「なあ」

「はい」

「お前は俺らのことを怖がっていない。恐れていない。なぜだ?」


あ、なんか疑われている。

初めて会ったはずの第二階層探索者に真正面から交渉できている、その理由を知りたがっている。


こういうとき、下手にごまかしても仕方がない。

口数多く言い繕ってもボロが出るだけだ。


かと言って、バカ正直に話してもいろいろ台無しだ。

前に騙して儲けたからだよ、とか言えば本当にただ喧嘩を売ってるだけだ。


だから――


「……ぼくら、あの学校に行ったんですよ?」


嘘じゃない本当のことだけを、短く言った。

相手はしばらく理解できないという顔をしていたけど。


「……チッ」


やがて横を向いて舌打ちした。


そう、あの死神やなんやらに比べたら、大抵の探索者は恐怖の対象じゃなくなる。

あるいは、それだけの脅威から、ぼくらは逃げ出すことができたのだと、その実力はあるのだと暗に示した。


「なので、気が大きくなっているのかもしれません」

「気に食わないな」

「申し訳ありません」

「……気が変わった、舌30出す、学校情報をそれで売れ」

「了解です」


だからこそ、「それ」を知りたがる。

明らかに格上の怪物の、避けるべき敵についての情報を。



 + + +



一気に触手ミミズの舌135個だった。

乾燥の魔術を使っているのか、カラカラに乾いたそれがドサッと渡される。


何か、収納の魔術道具みたいなものもあるらしい。

ぼくらが運ぶのは、割と大変そうだった。


「これは……」


ぼくらはホクホクだ。

向こうは、僕らの情報を見て苦い顔をした。

倒せるとは思ってなかっただろうけど、予想よりも隔絶していたようだ。


「最後まで追って無いのは、なにかルールがあるのか? そもそも自主的に怪物を狩る怪物とか知らねえぞ、なんだそれ……」


ああ、やっぱりヘンだったんだ、あの死神。

納得しつつも今更ながらに冷や汗が流れる。


というか、ああいう「話せる怪物」を狩っていたって言っていたハナミガワ、まじ戦闘狂。


「なあ、リーダー……!」

「うん、ライラ、喜ぶの早いから」


ぼくらは、たぶん油断していた。

欲しいものが、もう少しで手に入るからだった。


これに第一階層での儲けを加えれば、ギリギリ欲しいものを3つとも手に入れることができる。

その栄光が目を眩ませた。


だからぼくはノコノコと立ち去ろうとしたし、ライラはロープの裾に顔を埋めるようにして笑っていたし、エマはウキウキだった。


「まあ、これで一息――」

「おい」


だから、向こうの雰囲気がまったく変わっていたことに、気が付かなかった。


「……その笑い声には、覚えがある」


向こうの四人が全員、こちらを睨んでいた。


「俺らを使って儲けたクズの声だ」


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