27.痕跡

そこからしばらく道なりに進む間に、他の怪物と出会うことはなかった。

他に人の気配もない、だけれど、ライラが言うにはある程度の「人が通った痕跡」は残されていた。


「かなり薄い、けど……」

「それでも、こっちが正解ってことかな」

「マジで見る限り人はいねえけどな」


気分としては本当に三人でピクニックだった。

唐突に怪物が現れることを警戒しなきゃいけないけど、ふと油断をすると、本当にただの散歩のような気がしてしまう。


「道は、都市と同じやつだ」

「よく一目でわかるね」

「あー、言ってなかったか、オレは一応、上の都市出身だ。だから、なんとなくの位置関係くらいは覚えてる」

「そうなんだ、え、というか都市の人間でもさらわれるの?」

「らしいぜ。ある程度のお金と引き換えに戻ることはできるけどな、家はちょうど没落したばっかだったからなあ。運が悪かった」

「へぇ……ちょっと、やっぱり許せないな」

「リーダー、鎮火……」

「いや、エマのために燃えるのはよくない?」


少しだけ人さらいへの殺意が増しただけなのに。


「駄目……」

「まあ、あんがとな」

「なにが?」

「オレのために怒ってくれたんだろ?」


そう言われてば、そういうことになるのかもしれないけど。


「もういいよ、行くよ」

「あ、照れてる……っ」

「なあ、リーダー、今のもう一回言ってくんね? へぇ……ちょっと、ふっ、やっぱり、許せないな! って!」

「なんか足してない? そんなキメて言ってないから!」

「にゅふふ……」

「ライラもヘンに笑ってないで、周囲を警戒!」

「はあい……」


無事に都市中央部にまで行けたのは、割と奇跡だったと思う。


そこは、たしかに一つの都市の中止地としてふさわしい場所だった。

高い尖塔は、それこそ天井付近まで伸びていたし、ひろびろとした広場は大理石が敷き詰められていて、目抜き通りはキレイにタイルが並び、周囲に陣取る建物はすべて年季が入っていた。

これで活気があれば、ぼくはお上りさんみたいにアングリと口を開けるばかりだったと思う。


だけれど、人の気配がなかった。

代わりに、怪物がいた。


怪物たちが、我が物顔でそこかしこを闊歩していた。

一匹や二匹じゃない、それこそ群衆の形で、そこにいた。


「うっわぁ……」

「マジか……」

「ぬ……っ!」


少し離れた小高い場所から、ぼくらはそれを観察していた。

ぼくはただ呆れるしかなかった、なんだあれ。

エマは信じられないというように首を横に振っていた。

ライラは、手持ちの触媒を確かめて火力不足を嘆いた。


「なに、あの数」

「奴ら、ここの住民してんのか?」

「戦いの痕跡、あるよ……」


ライラの指摘通りだった。

中央部で屯する彼らが同士討ちをする様子はなかった。

けれど、そこかしこに戦いの余波のようなものが残されていた。


「ここに上との連絡路が、ある?」

「あるとしたら、あの中央塔か?」

「んー……」


高く高くそびえるそれは、本当に首が痛くなるほどだ。

けれど、それは天井付近にまで伸びているだけであって、接触してはいなかった。


「上り下りだけで苦労しそう」

「けど、たぶん、ここ……」

「連絡通路のある場所が?」

「ん」


どこか自信はなさそうだった。


「人の熱が、ある……他だとなかったのに……だから、この付近だと、思う……」


この場所の探索のためには、あの群衆化するほどの怪物たちに割って入って行くことになる。

そこまでできるのは……


「それこそハナミガワさんレベルの力量は必要、か」

「オレらも強くはなったけどなあ」


さすがにそのレベルまでは到達していない。

きっと彼女であれば、バッサバッサと切り倒して進むことができるだろうけど、ぼくらでは無理だ。


「ちょっと道のりが遠すぎるぞ」

「まあ、ぼくらはぼくらのペースで」


提示されたことは、そういう「力量違い」だった。

ぼくらはまだ、この第二階層のレベルに至れていない。


「……けど、いつか燃やしたい……」

「なにを?」

「この中央広場、ぜんぶ……」

「危険思想」

「まあ、上の都市でやったら普通にやべえが、このダンジョンだったら、別にいいんじゃね?」

「他に人がいるかもだよ?」

「あー、そこは注意だよな」

「ねえ、エマも判断基準がズレてるよ、大丈夫?」

「ね、ね?……三人で、いっしょに、燃えて崩れる広場を見よう……?」


あどけない笑顔で言われると、それがすごく素敵なことみたいに錯覚できた。


「んふふ……」


そうしてぼくらは、見学を終えた。

第二階層は、ぼくらにはまだ手が届かない場所ばかりだと、そう理解できた。


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