23.結局

「結局のところ」


微妙に物足りないという顔をしたエマが、ぽつりとこぼした。


「あんだけ冒険したけど、儲けは何もなかったよなあ」

「得たのは情報くらいだね」

「情報?」

「ほら、ぼくら三人ともぽぉんと高くまで放り投げられたよね」

「ああ、そうだな」

「遠くの方に別の建物が見えた、たぶん、あの学校と同じように、怪物が密集してる地点だ」


あの死神が周囲の魔力を巻き込む一撃を放ったお陰で、視界が晴れていた。

その上、ほとんど天井近くまで吹き飛ばされたからこそ、より遠くまで見渡せた。


はるか遠くで確かに、建物群があった。

尖塔のようなものと、円形の広場のような場所が、遠く霞む景色の向こうにあった。


「あたしも、見た……」

「あ、良かった、ぼくだけだったら勘違いの可能性もワンチャンあったし」

「へーんだ」

「なにすねてるの?」

「どうせオレは高くて怖くて目をつぶってましたー!」

「高所恐怖症?」

「あんな状況を怖がらない方がヘンだ!」

「そう、かな……?」

「くそう、なんでここでオレが少数派なんだよ」

「まあ、とにかく、方向的には、こっちの方だったかな?」


ギルドで買った地図を取り出し確かめる。

学校のある場所は、都市全体からすれば南西方向の端にある。

第一階層からの入口がだいたい真南、なら、見えた建物は――


「中央……?」

「……たぶん、そう……」


都市の中心部だった。

主要な機関がいくつも立ち並んでいる。


円形の広場は、たぶんここで式典とかするんだろうな、って大きさだ。


「なんか、すごく強そうな怪物がいそう」

「言っちゃアレだが、今のオレらで敵う相手なのか?」

「割と不明。だけど、あの学校に目当てのものがないのも確かだよね」

「目当て?」

「地上への連絡通路、それがあの学校には無かった」

「それ……ああ、そか、うん……」

「ライラまで納得すんなよ、どうして無いってわかったんだ?」

「ぼくらと戦ったあの死神は、簡単に校門入口を破壊した。周囲の被害を気にするタイプの怪物じゃなかった。なのに、その破壊の痕跡はあんまり残されていなかった」

「ん、あと、前に来てたのは「無遠慮な連中」って、言ってた……」

「その痕跡もなかったよね」


その上、あの死神のテストを合格した者は「数えるほど」しかいないらしい。

どう考えても定期的に人が行き来している場所じゃなかった。


「まあ、やけにあの怪物は強かったけど、なんか納得いかねえ」

「どこが?」

「オレらは定期的にミミズを狩らなきゃいけねえのに、あの学校の怪物は放置かよ」

「わりと身内同士で争い合ってるからじゃない?」

「あー」


巨大怪物が殴り合っていた。

発生してる他の怪物を、定期的に死神が狩っていた。


そういう自浄作用、って言って良いのかな。

怪物が怪物を減らす状態だからこそ、探索者からも放置されているのかも。


「ぼく、学校とかに詳しくないけど、上での学校もあんな感じなのかな……」

「そんなわけあるか。ただ、まあ、人間多いところだと、だいたい派閥争いはあるよな」

「魔術の勉強……だいたい命がけ……」


すごく物騒だった。


「てーかさ」

「なに?」

「あの死神、もう思い出したくねえ……」

「……こわい……」

「はいはいゴメンて」


とりあえず二人を撫でておいた。


「リーダー、汗臭い」

「リーダー臭がする……」

「臭いのはお互い様だよ? あとリーダー臭ってなに?」

「風呂入ろうぜ、絶対」

「この世の垢とかすべて燃えろ……」


腹いっぱい食べて昼からサウナに行く。

今のぼくら、わりといい身分だなと思う。


「まあ、けど、考えるのは大切だとは思う」

「そうか?」

「黒竜だっけ、死神が最後に使っていたあれって、武技かな」

「あー、どうだ? あんなポンポン使えるもんじゃねえだろ、普通」

「半分くらい、魔術だった……」

「え、マジ?」

「けど、たぶん、それだけじゃ、ない……?」


少し考えてみる。

武技は、大気の魔力を操るものだ。

魔術は、大気の魔力を変質させるものだ。

ぼくの武術は、大気の魔力を取り込むものだった。


「たぶん、ぜんぶ使ってる」

「あん?」

「魔力を吸い込んで自己強化をしつつ、大気を操り、変質させた。ぼくらが使っている技を全部一度にあの死神は使用した」


エマがしたように、ただ大気を操るだけじゃなかった。

そこに色を――属性を付与して操った。


「なんだそりゃ……」

「たぶん、この先の強敵は、そういうことをしてくるんだと思う」

「え……ええ……?」


ぼくらはそれぞれの方向性の強さを手にした。

だけど、敵である怪物は、当然のように「それらすべての強さ」を兼ね備えていた。


「ぼくらも、そうしなきゃいけない、そこまでできるようにならなきゃいけない」

「オレ、魔術とか使えねえぞ」

「あたし、身体動かすの、むり……」

「うん、ぼくも魔術の素養とかない」


それでも――


「この三人でなら、大丈夫だよ」

「なんだよ、それ」

「ぼくらなら、できる。協力して、熟達すれば、あの死神くらい倒せる」

「そうかあ? オレらがそんなに強くなれるわけねえだろ?」

「そう?」

「ちょっとは考えろよ、そこまで強くなれるとか、そんな風にオレらを信頼していいのか?」

「あ、エマ、にっこにこ……」


ライラがそっぽを向いている彼女の表情を端的に言い表した。


「うっせ」

「はは、まあ、がんばろう」


結局は、そういう話だった。


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