22.朝
全員がズタボロだった。
恐怖が腹の底にこびりついていた。
今生きていることが奇跡のようだった。
「やばかった、なあ……」
「この第一階層が、こんなに安心するところになるとか思わなかったぜ……」
「ミミズ、かわいい……あたしたちに、簡単に殺されてくれる……」
もう本当に満身創痍だった。
半ば冗談っぽく言ってるけど、実際のところ、いま触手ミミズの集団に襲われたらヤバかったと思う。
「マジで骨折り損だな」
「まあ、少しは情報は手に入ったよ」
「あの学校にクソ強い死神がいるってことか?」
「それ以外にもね」
「あん?」
疲れすぎていて、それ以上のうまい説明ができそうになかった。
「どっちにしろ、ぼくら、弱いね」
「言うなよ」
思うことは一つしかなかった。
「強く、なりたいなあ」
「ああ」
「次こそ、燃す……!」
今回の探索で得たものといえば、きっとこの決意くらいのものだ。
「まあ、とはいえ、ダンジョン内での強さって、外では役に立たないけどね」
「それ、理不尽じゃね」
「ん」
ライラの使う魔術も、外ではせいぜい着火代わりになるくらいだ。
魔力の濃さは、そのまま威力に直結していた。
「神話の時代の英雄が強いのって、やっぱり魔力がそれだけ濃い時代だったからなのかな」
「たぶん、そうだろ。ただの人間がドラゴンとか倒せるわけねえし」
「一つの都市を燃やし尽くす火炎魔法……」
今となってはこのダンジョン限定。それも、もっともっと奥の階層での話だと思う。
「そういや、ここ暗いまんまなのに、オレらあんまり光とかもう必要としてねえな」
「慣れた、っていうのもあるだろうけど、感知が上手くなってるのかな」
「あたしたち、怪物っぽい……」
「そんなわけないよ、って言いたいけど、いま探索者と出くわしたら割とそういう扱いされそう」
なんせ全員が血まみれだ。
上やら下に振り回されて、かなり汚れてもいる。
これはダンジョンに生息する怪物の姿ですよと紹介されたら、それっぽい、と頷いてしまいそうだ。
「まあ、この汚れや傷だって勝利の証だ、胸を張ろう」
「逃げただけじゃね?」
「言わないで」
「あたし、燃えかす……」
割とみんな限界ではあった。
それでも、なんとか懐かしの洞窟部屋へと戻ることはできた。
+ + +
疲弊しきった身体で部屋へと戻れば、横になるより他になかった。
普段であれば配給のために夕食を取りに行くけど、それすら無理なくらい根本的な疲れが身体に沈んでた。
休むことが、必要だった。
「まさか、このクソ殺風景な洞窟もどきに安心する日が来るなんてな」
「安全って大切、本当に」
「……動けにゅ……」
どうしようもない疲労感だけは残留していた。
身体の奥底に残って拭えなかった。
一歩だって動くのも億劫だ。
ものも言わずに三人でシーツの上へと寝そべった。
うぅ、うぅぅぅ、あう……という呻きが発生し続けた。
ぽつぽつと、戦った記憶が繰り返された。
夢なのか思い出しているのかも曖昧だ。
あの堕ちた魔術師の手、ライラの炎を取り込んで、自らのものにしていた。
ああいう力の使い方もある。
はあ、と吐く息にすら、濃い魔力が残留している気がした。
それだけ、とんでもない場所だった。
戦いそのものはそこまでしてないはずなのに、魔力濃度だけが根本的に違った。
そうして苦しみ微睡む内に、朝になった。
鳴らされた鐘でそう把握した。
寝た気がしない。
体感的には横になって唸ってる間にもう朝だ。
「うう……」
「ぬー……」
「もんもぬ……」
朝の気配はないけど、騒がしさは増してた。
活動の時刻が来たことを教える。
けれどぼくらはミノムシみたいにぐでんと横たわり、顔を動かすくらいのことしかできない。
エマは寝起きというか、ほとんど目が開けられない風で、ライラに至っては丸まった状態から微動だにしない。
ぼくは、ほとんど義務的に言葉を口にする。
「……朝食、取りに行かないと……」
「おなか減った」
「ん……」
なぜだかシンとした静けさが通り過ぎた。
互いに伺うような気配があった。
「ねえ」
「なに」
「リーダーとして命令とかしていい?」
「誰に? どっちに?」
「あたし、リーダーを、信じてる……」
「ライラ、こんなときだけ良い子すんな」
「……これも戦いだって、あたし思う……」
「戦い担当はオレって話か? 違うだろ、というか、マジで、身体が動かねえ……」
「ああ、もう、わかったよ――」
きしむ身体になんとか力を入れて、立つ。
ぐわんと世界が歪んだ。
どれだけ呼吸しても、ダンジョン内のように賦活はされない。
いや、よくよく確認すればちょっぴりだけ力がアップしてるのかもしれないけど、第二階層や学校でのを思えば、無いに等しい。
目の端から涙が自然とこぼれる。
「リーダー、愛してる」
「あたしも、大好き……」
「君たち、こんなときだけ調子よくない?」
「あ、オレ、朝食三人前で」
「あたしも、二人前……」
「へいへい、ぼくも三人前かな」
ノルマは八人が三人に減っても変わらない。
その代わりというように、配給される食料の量も八人分得られると知ったのは最近だった。
ちゃんと申請しないと無理だけど、ぼくらにとっては本当に生命線となる情報だ。
腹が減っては戦ができない。
お腹を空かせたままのダンジョン探索とか、想像もしたくない。
よたよたと、壁に身体をこすりつけるように移動した。
これでもまだぼくはマシな方だ。
賦活手段のないエマとライラでは、どうしたって回復も遅れる。
きっとぼく以上の苦痛を抱えてる。
「来やがったか、くたばってなかったか、ほれ、食え」
ちなみに、八人分情報を教えてくれたのは、この配給係の人だった。
ハチマキを巻いて、口は常にへの字でだいたい不機嫌。
粗野だけど悪人じゃない。
料理が無駄になることをなによりも怒るタイプの人だった。
「あり、がとう、ございます……」
「……ゾンビか?」
「無茶しすぎただけです」
「……この量を一度には食うな、こっちのスープの方をたくさん飲んでろ」
「へ?」
「おまえのそれ、典型的なダンジョン中毒だ。下手に飯をたくさん食ったところで体調が悪くなるだけだ。ほれ、いいからこっちだけ飲んでろ」
「ええ……今、めちゃくちゃ腹減ってるんですけど?」
「身体が魔力の弱い場所に慣れてないんだよ、それを解消してからだ」
どうやら、身体が「ダンジョン用」になっている状態らしい。
そこにメシを大量に入れても消化してくれない。地上にあるものを、消化可能な物だって認識してくれない。
だから、ある程度の薬草も混ぜ入れてあるスープの方をたくさん飲んだ方がいい――
そうした説明を、ぐうぐうお腹をならしながらも聞いた。
「ぼくら、怪物化していた?」
「そこまで大したもんじゃないが、ここで下手なメシの食い方は命に関わる」
それこそ空腹で倒れそうなところに腹いっぱいに土塊を食べるような状態になりかねない。
人知を越えるような力の発揮をした後は、人知が及ぶような状態へと帰還しなきゃいけない。
こういうこと、どこかでちゃんと調べないといけないと心に刻んだ。
「……ありがとうございます」
「いいから、とっととそれ運べ」
ちなみに、ぼくが大量に抱えたスープを二人はぶうぶうと盛大な文句で出迎えた。
腹にたまらない、なんか味薄いし微妙に苦いと大不評だったけど、飲み終わるくらいのころには身体の不調の大半が回復した。
ぼくらは、ようやく人間に戻れた。
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