21.死神

やばい、の一言しか思えない。

近くで見ればその異様はさらによくわかった。


身動きひとつ取れない。

敵対的な行動をした瞬間、胴が切断されるとわかった。


たぶん最適解は、すぐに離れることだった。

この怪物と、敵対しちゃいけない。

目をつけられてもいけない。


けれどそれは、すぐ外で待ち受ける怪物と対峙するって意味だ。

それでも――いや、その危険を飲んだ上でも、外にすぐ出た方がいいのかもしれない。


せっかくの安全地帯に逃げ込んだのに、いつの間にかヤバさが逆転していた。


「ぼ、ぼくらは――」


なにを言う、なんて言えばいい。

下手にただ逃げていいのか?


死神は、学生証なり入校許可証なりを求めて手を伸ばしている。

その手は骨ばかりだ。

白骨の、力のないそれは、けれど、どうやっても敵わないと思えるものだった。


「そう、その――」


戦ったら負ける、それは確実。

外の奴に敵わなかったのに、内側でそれに似たものをスパスパ斬ってたこの死神に対抗できるはずがない。


校門を離れるのが先決。

後のことは後で考えればいい。


けれど、いや、この怪物は対話可能だ……

まだやれることはある。


ぼくは息を吸い込み、決意を込めてその死神に聞いた。


「どうすれば、ぼくたちは入学できますか?」

「おい、リーダー!?」

「……ッ?!」

「ほう」

「エルシェント校に入学したいのですが、その方法がわかりません、教えてくださいませんか?」


白いローブの内側が揺れた。

どうやら笑っているようだった。


「……どうやら、以前に来ていた無遠慮な連中とは違うようだ、入学希望者は三名かね」

「いいえ」


ぼくは呼吸する。

学校の外とは違う濃密な魔力が入り込み力となる、異様なその感覚を飼いならし、そのまま外へと出て、怯えるように後退りしていた堕ちた魔術師をむんずとつかみ、引きずり入れた。


「ぼくら四人です」


一番ぽかんとしていたのは、なぜかその幽霊魔術師だった。



 + + +



考えていたことは、2つの脅威をどうにかぶつけ合わせること。

前後に挟まれているから脅威の度合いが高くなっている、せめて片方から攻めてくるなら逃げる目もある、それくらいのことだった。


けれど、どうやら――


「くっふっふっふっふ……」


気づかれていた。

白い死神は楽しくて仕方が無いと言うように身体を揺らし、鎌を一回転させる。


「入学条件は、単純だ。ここでは常に行われている。そう、ワタシを倒せるほど強くあればいい」


気配が、変わった。

わずかに死神の重心が下がる。


「もっとも、この形式の合格者は、数えるほどだがね……」


ローブの奥で、唇が笑みの形に変わった――闘争開始の合図だった。


「退避!」

「この、バカリーダー!」

「……うひぃ!?」

「僕もっ!?」


横に線がいくつも引かれた。

薄い円形が何枚も重なる。


それは、死神が大鎌を振り切った痕跡だった。

数瞬の間を空け、校門と壁がバラバラに切り刻まれて落ちる。


なんとかその範囲外から抜け出せたのは、奇跡半分、向こうが手加減してくれたのが半分だ。


「近年は学生の質が落ちている、実に嘆かわしいことだ」

「せめて試験開始の合図を!」

「不正に入学しようとしたものが、何を言っているのかね?」


微妙に話が通じているんだかいないんだか……!


「さあ、君たちの資質を示したまえ」


ゆるゆると近寄る様子は、こちらを試しているようにも、嬲っているようにも見えた。

横に鎌を構える姿、その背後には巨大な怪物二体が激突する様子がある。

あれくらいのレベルじゃないと「入学」が許可されないらしい。


「僕が、僕が……」


堕ちた魔術師は、涙目で後退りしている。

この怪物がそうなってしまいほどヤバい状況であるという認識と共に、気付いたことがあった。


「ねえ、チャンスだよ?」


校門が切り刻まれて失われて、混乱しているその怪物にこそ、ぼくはささやく。


「ここで実力と資質を示せば、認められる。誰も君を見下さない、もう二度と」

「僕が……?」

「立ちふさがるものは、もう何一つとしてない、校門は消え去った。あそこで嘆く必要も、もう無いんだ」


心を込めて言う。

徐々に、こちらの言葉が理解に至っている様子がわかった。


堕ちた幽霊は、今まさにそれを取り返せるチャンスを提示されているのだと。


「リーダーが、幽霊を騙してる……」


人聞きが悪くない?


どちらにしても、こちらを試すように接近してくる死神に対して、幽霊魔術師学生はやる気になった、「僕が!」と拳を構えている。

倒せはしないだろうけど、それでも――


「ライラ、火炎魔術を彼に!」

「え……ええ……それって……」

「それで間接的にあの死神を燃やせる!」

「アラズカーンの流動を、今この時に、彼の者へ……!」


瞬時に発動された炎の濁流が吸い込まれる。

魔術師の両眼が強く光り、その両拳に凝縮された赤光を作る。


「ほう、なかなか面白い、攻撃力はそれなりだが」

「僕がッ!」

「そのような、大ぶりの遅い攻撃では当たってやるわけにもいかない――」

「行け!」


そんなことは戦ったぼくらが一番わかってる。


だからこそ、呼吸し、濃密な魔力を無理やり流動させ、全力で炎の魔術師を蹴りつけた。

蹴りの攻撃として見ればまるで足りないけれど、これは「加速させる手段」としては有用だった。


「僕、がッ!」

「む」


反撃の機会を外された死神は、それでも素早く鎌を回転させて燃える魔術師を串刺しにした。

鋭い切っ先が背中から飛び出る。


燃え盛る瞳が見開かれた様子からするとダメージを与えている。


「ぎ……ッ」


それでもというように伸ばす炎の手を。


「不合格だ、やり直したまえ」


容赦なく刃は斬り裂いた。

中心部が炸裂した。

腕と足だけを残して消える。


悔しさが空間へと解けた。


それは――死神が攻撃を終えた体勢になった、ということでもあった。


「強突!!」


濃密な魔力を切り裂き、威力を増したエマの一撃が放たれる。

それは爆散した魔術師の痕跡を巻き込みながら突き出される。


攻撃を終え、両手を上へと振り切った状態の死神へと。


どうあっても反撃は間に合わないタイミング。

ダメージを抑えるくらいしかやれることはない――


「フンッ!」


それが、人間であれば。


「はあっ!?」


キン、と音がしていた。

いままでで一番の、ドラゴンであっても屠れると思えるその一撃が、死神の蹴りに弾かれてた。


動きの始動すら見せない一撃。

ローブをはだけて大腿骨が見える。


エマの身体が流れた。


「やはり人間とは、互いに蹴落とし合う生き物だな――そのような者、我が校に入れるわけにはいかぬ」


死神の両眼が光り、振り上げられた鎌が燐光を放つ。

存分に力を溜めてからの、トドメの一撃が放たれようとしていた。


エマが槍を戻す動きは間に合わない。


「すぅううううぅうう!!」


だからこそ――ぼくは吸い込んだ。

周囲に撒き散らされた魔力を。

散り散りになった堕ちた魔術師の残骸を。

武技によって粉砕された周囲の大気魔力を。


種類の異なる濃密なそれらを取り込み、ぼくの力とする。


イメージが浮かぶ。

情報が流れる。


暗い部屋、努力の痕跡、才能の差、見えない格差、あるいは、貧富の差による、縁故の有無による、合否の結果の違いについて。

あの魔術師の――もっと言えば、上の都市にて嘆き悲しむ想いが流れ込み、ひとつの力としてまとめ上げる。


「む――」

「喰らえッッ!」


怨念じみた想いの拳と、鋭い鎌が真正面から打ち合った。

爆発的に光の衝突が発生し、押し合いになる。


「ぬ、ぬぅ……!?」


だけれど、ぼくのそれは明確に「学校にいる者」を恨むそれだ。

呪いはそこへと向けられる。


今のぼくの一撃は、正しく呪うべきものを呪うためのものだった。


それは、この学校内にて満ちるものを引き寄せる。

ぼくの一撃を触媒に、よい機会だとばかりに「恨みを晴らそう」とする意思がある。


「はは……」


あんまりいい協力の形じゃなかった。


こんなのただの炎上だ。

便乗した想いが上乗せされている。


それでも、これは因果応報だった。

死神が狩り続けたことへの恨みが、憤りが、無念がこの地には満ちている。


だからこそ、最強の一撃となった。

学校の大気魔力そのものがうねり、ぼくの拳へと集まる。


死を持って償えと、すべての大気魔力が叫んでいる。


「小癪ッ!」


死神の目が光り、問答無用とばかりに断ち切った。

巨大な呪いが悲鳴を上げて霧散する。


ぼくは弾かれ、ごろごろと転がった。


「弱さを集めたところで烏合の衆でしかない! 理念もなければ意思もなく、未来への展望にもならない。そのようなものは評価できぬッ!」

「なら試験はまたの機会に!」


ぼくはエマとライラの手を取って立ち上がらせて、そのまま逃げ出した。

すでに校門は粉砕されている。

激突の余波で視界はさらに良好だ。

たぶん、周囲に満ちていた魔力ですらも晴らされている。


「やべえ、やっば、なんだよあれ!?」

「知らないよ、というかぼくら、わりととんでもないとこ来てた!」

「……ひえ、ひえぇ……」


エマはいい姿勢で走り、ぼくはライラをかかえながら走り逃げる。

こんな危険なところ、いつまでもいてたまるか……!


「ふむ――」


その声は。

背後から聞こえた死神の声は。


「残念だが、試験の途中退場は認められぬ」


やけにはっきりと聞こえた。

思わず振り返った後ろには、絶望的な光景があった。


死神が、鎌を上で回していた。

その動きに合わせるように、大気が渦を巻いている。

それは刻一刻と、黒く、高く巻き上がる盛大な竜巻となった。


ぼくの一撃が児戯と思える、明確かつ絶対的な破壊がそこにあった。


背後の巨大な怪物二体ですらも、驚き戦う手を止めている。

彼らよりも、その風の集積は高かった。


「黒竜」


おそらくは技名だった。


ゆるりと腕を振り下ろし、鎌で行き先を示した。

まっすぐ、逃げるぼくらを指し示す。


最初は歩く程度だった速度が、徐々に徐々に、加速する。

何もかもを破壊しようと、巨大な壁のように膨れ上がりながらやってくる。


「なんだあれ、リーダー、なんだあれー!」

「エマ! 地面に向けて強突! ライラは岩壁の呪文を使えるようにして!」

「なにを……クソ、やるよ、やればいいんだろ!」

「触媒量、ぎりぎり……!」


相当に悪い魔力状況では、武技の威力は乗らなかった。

けれど、むしろそのおかげで鋭い刺突ではなく無秩序な破壊となった。


岩盤を斬らず、粉砕する。

破片が盛大に爆散する。


地面に凹んだ箇所が作成された。

ぼくはものも言わず二人を引きずり入れた。


「この厭わしき地下にボズの加護を……!」


子供三人でみっちりとなってしまうそこに入ると同時に、岩壁の呪文が上を覆った。

もろくて形ばかりの天井だ、だけれど、無いよりはきっと百倍マシだ。


「強化!」


その上で、そこに向けて強化を施す。

魔力を満たし、流動させることで力とする。


二回か三回叩けば壊れる壁が、十回か十二回くらい叩けば壊れる壁くらいにはランクアップしたはず……!


三人がかりの緊急避難場所が完成した瞬間、すぐさま黒が到着し――


「ひっ……」

「う……」


風が、叩きつけられた。

凄まじい音が、千匹の風獣が唸る声があった。

それらは絶え間なく切りつけた。


周囲のことなんて構わずに、無差別に爪を向けていた。

暴虐の宴が、すぐ上で展開されていた。


その破壊は、段階的に上がった。

果てなんてないかのように破壊に破壊が上塗りされて、叫び出す。

風獣の唸りが、その数も大きさも巨大となって鳴る。


「やべえ、隙間がっ!」

「うえ!?」

「はわ、わわ……ま、魔法で……あ、触媒が、もうない……!?」


岩盤の魔術はよく持っていた。

けど、むしろその周囲の岩の方が持たなかった。


ガリガリと、岩が削られる。

強化された呪文しか残らない。


風が中に入り込む。

ぞっとするような感触。高く高く、どこまでも遠くの果てまで運ぼうとする冷たい手だった。


「ヤバい、ヤバい……!」

「リーダー、どうする!?」

「ひぃい……」

「ひっついて離れ離れにならないようにして! ちょっとでも耐える!」


ザリザリと風が刻む中での言葉。

二人が左右から抱きついた。青ざめた顔、強い力で二重に抱えられる。


三人がかりの体重で、ぼくが強化を続ける岩壁を重くする。

それしかできない、それくらいしかやれない。

ここからの事態の改善なんて不可能だ。


入り込んだ風の刃が、薄く手足を傷つけた。


「……たしかに、二人の主張はもっともだ。やりすぎたかもしれぬ……」


死神の声が、吹き付ける風に乗って聞こえた、そんな気がした。

ぼくらに向けたものじゃなかった。だけど、何かが良くなるかもしれない言葉。


だけれど――


「ひぅ……!?」

「やだあ!」

「くそ……!」


ぼくら三人をひっつかせた岩壁が、ぽおんと上へと放り投げられる方が早かった。

わずかに接地していた部分がすべて剥がれ、ぼくらは黒い竜巻に巻き込まれる。

そのまま風刃に切り刻まれて終わるかと思えたけれど……


「む、タイミングが悪いことだ」


ほどけた。

ぼくらはもう、天井付近にまで飛び上がっている。


遠くまで視界良好、建物の影が見える。

はるか眼下には、巨大な怪物二人の抗議を受け流している死神が見上げ、指を鳴らし終えた様子があった。


「たしかに、君たちの資質は認めよう、しかし、試験の途中退室は死をもって償うべきだ」


そうして、どこかふてくされたように背を向けた。

巨大な怪物二人は、割れた窓ガラスや乱れた庭園を指差し抗議していた。


そんな平和な様子の認識は、一瞬しか持たなかった。

岩壁が、落ちる。

上昇を止める。

ぼくら三人と一緒に。


「あああああああ!?」

「いやぁあああああ!!」

「…………ひ………ぃ……っ!」


自由落下に捕まる。

途中で岩壁ですらも消えた、呪文の構成が持たずに霧散した。


生身で岩への自由落下。

ただ無惨な墜落死体になるより他にない。


「あ゛あ――!?」


それより先に、ぼくの口から、何かが飛び出した。

それは、人の形をしていた。

両拳を握り、腕を振り上げていた。


魔術弾のように放出されたその人型が、


「僕がッ!!!!」


両手で地面を叩いた。


衝撃が巻き起こる。

まるで爆発のような威力。

それは、落下速度を弱めた。


下からの衝突と、上からの自由落下が釣り合い、一瞬だけ身体が静止する。


ダン! と勢いよく背中から打ち据えられたけど、きっとかなりマシだった。

呻いてのたうつけど、死んでない、致命傷にもなっていない。


それでもヤバいくらいに痛かった。

奥歯をいくら噛み締めても苦痛が内部で木霊する。


地面と水平に、透明な魔術師の姿が見える。


「き、君、は……」


その幽霊は、何も言わずにそのまま消えた。

ぼくらを助けたわけじゃなかったと思う。

その顔が睨む先は、すでに背を向けた死神だった。


ただ彼は「不合格を言い渡された者たち」を助けた。

あの死神の意思を妨害した。


「痛え……」

「う……え……?」


エマもライラも、無事なようだった。

かなり遠くまで飛ばされている。


死神の様子は、遠くの点にしか見えない。

どこか感心した様子があるのは、気のせいかも知れない。


「行こう」


どちらにせよぼくらは、どうにか生き残ることができた。


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