20.前門後門

外ではウロウロと堕ちた魔術師学生が徘徊している。

どうやらすっかりターゲットとして認められてしまった。


「いや、勘弁して欲しいんだけど……」


校門の扉は半ば開いたままだ、来ようと思えば来れるのに、「僕が、僕がァ……」と唸りながら、動き回ることしかしない。

殺意をぼくへとぶつけるばかりだ。


「一安心、でいいのかな……」

「こっちはこっちで、ヤバいけどな」

「うわあ」


ちらりと後ろを見れば、構内も当然のように異常だった。

何倍もの大きさの怪物二匹が、取っ組み合いの喧嘩をしていた。

すでに人の形を半ばしていない。


汚濁を人の形になんとか取った様子のそれは、校舎よりも高かった。

対する怪物は同じくらいの大きさで、白銀の鎧のようなものを纏っていた。


互いに吠えて罵り合っているようだけど、その内容まではわからない。

ただ相手を不倶戴天の敵として打ち倒そうとしていた。


それ以外にも、そこかしこで薄っすらとした怪物の輪郭みたいなものが発生しては狩られてた。

白いローブを目深に被り、大鎌を手にした怪物が、それこそ死神みたいに鎌を振る。

ざくりざくりと気軽に、テンポよく。

ずいぶんと手慣れている。


その動きには躊躇もなければ、容赦もなかった。

1日中、ずっとそれを繰り返してきたとわかる熟練の動作だ。


「これ以上入るのは、やめよう」

「さんせー……」

「やっべえな、これ」


というかここ、たぶん他の探索者があんまり来ていない。

大暴れする怪物が、そのままの形でいる。

怪物同士の争った様子しかない。普通の戦闘痕跡が見当たらない。


他の探索者が放置する強敵出現箇所に、ぼくらはノコノコ入ってしまった。


「もうちょっとくらい、情報収集すべきだったなあ」

「いまさら言ってもしかたねえ、目の前のこと考えようや」

「そうかも」

「戻って、あたし、リーダーにいい子いい子される……ッ」

「ライラ、微妙にぼくのやる気を削がないで?」

「……? して、くれないの……?」

「部下のやる気を引き出すのも、リーダーの役割だろ?」


戦闘開始前にそう言っていたね、みたいなことはできれば忘れたかった。


ぼくは黙ったまま、周囲の状況を確かめる。


外にはまだ堕ちた魔術師学生がいた。

どこか別の場所へ移動する様子はない。


内には怪物たちが大暴れだ。

ここに裏門とかがあるのかは知らないけど、構内を通って移動するのは現実的じゃない。


つまり、魔術師学生の方を、なんとかするしかない。


「あの怪物、どう思う?」

「槍が効かねえ相手はクソだな」

「燃えないの、許せない……燃やしたい……っ!」

「うん、よくわかんないことがわかった」


ぼくらがいるのは、校門の半ば開いた空間だ。

学校内と断言できないけど、学外だとも言えない間の場所。


わりとデカい門扉が閉じたら普通に怪我をするから警戒する必要はあった。


「そういや、さっきのリーダーがやってたの、なんだ?」

「さわってた……?」

「あれは、ハナミガワさんがやってたことのマネだよ」


いくらか説明をした。

武技とは別に、ハナミガワがやっていたことを。


そう、彼女はエマの一撃を「受け止めて」いた。

動きによる強化だけじゃなくて、彼女自身の力をアップさせる方法を持っていた。

それで、ライラの槍を縦に叩き斬った。


ダンジョン限定なんだろうけど、ここにはそういう「魔力を取り込んで強化する方法」があった。


「……オレの槍が敵に効かなかったのは、魔力ってやつを槍にまで十分回せてなかったからか?」

「かもね、きっと少しくらいは効いてたよ」


一方で、ぼくのは強化する箇所が、そのまま魔力が満ちてる状態だから、幽霊相手でもある程度の効果を発揮した。


「燃えないのは、属性、かも……?」

「その辺、ぼくは詳しくないんだけど、なんかそういうのがあるの?」

「……幽霊のようなものだけれど、半ば精霊としての属性も有している可能性がある……風として周囲を取り込み己のものとしているからこそ、あたしの炎呪も吸い込んだ……風は流動、動かし続けるもの、熱は届かずどこまでも流され続けた、あの最悪の敵に、あ、あたしの、炎を、熱を、いいようにされた……ッ!」

「どうどう」

「…………悔しい……ッ!」

「うん、きっと方法あるから頑張ろう」


ライラを抱きしめる。

ぼくは恨みがましい目をした魔術師二人に挟まれる格好になった。

後ろは堕ちた魔術師学生、前はライラ、どっちも似たようなドロドロとした目をしている。

むしろ前の方が粘度は高い。


「ぼくはある程度は触れるけど、あんまり決定打にはできない」

「そうなのか?」

「今日やっと成功したってくらいだ、実戦投入にはまだ早いレベルだよ」

「あー、実はオレも割とそうだったかもなあ、もうちょっと技を練らなきゃ駄目だった」

「もっと……もっと……ぜんぶ、燃やす……消し炭にしないと……」

「はいはい、ちょっとライラは落ち着こうねー」


抱きしめて撫でないと、普通に暴発しそうだった。


「とにかく切れる手札が、あんまりない」

「あの怪物、学校には入れねえんだろ? 移動範囲が決まってる、ってことはないか?」


現在、あの怪物が校門から内には入れない。

そういう範囲が外にもある可能性だ。


怪物の移動範囲が「学区内」だけなら、その外へと出ればいい。


「三人で走って逃げて、範囲外まで行く、ってこと?」

「ああ、そうだ」

「あー、うん、割とありかも。やろう」

「……いや、やっぱ駄目だな、却下だ、止めだ」

「なんでいきなり意見を翻してるの!?」


エマは半眼でぼくを睨んで、指さした。


「リーダーがあの幽霊に恨まれてる、ってのを忘れてた。お前だけがロックオンされている。自分だけ別方向に逃げ出してオレらを助けるつもりだったんじゃねえの?」

「そんなことないよ」

「……今、心音が早くなった……」

「ねえライラ、抱きしめてるのは君を慰めるためなんだ、この状態で嘘発見機しないで?」

「おい」


両頬を手で挟まれた。

にゅっと唇が突き出す状態になってしまう。


「オレらは、三人で自由になる。そうだろ? お前一人が犠牲になってどうすんだよ」

「いや、ほら、ぼく一応、対抗手段あるし、全員が助かる目だって普通にあるよ?」

「ライラ?」

「んー……嘘じゃないけど、確信もない……?」

「人の心理状況を、正確に判断するのやめて」

「なら、駄目だ。別の方法を考えるぞ」

「ぼく、リーダーなのに……」

「魔術的なことならライラの意見に従うだろ? 戦闘的なことならオレの意見を優先してくれ」

「むう」


せっかくいい案だと思ったのに、却下されてしまった。

別に犠牲になるつもりはなかったのは本当。現実的に三人とも助かる手段ってそれぐらいだな、って程度は思ってたけど。


「とはいえ、取れる手段が他に思いつかない」

「ライラ、なんか他に魔術とかねえの?」

「あるけど、触媒が無い……」

「あー」


魔術の不便なところだった。

知っていても材料がないと発動できない。


「向こうはこっちに来れねえ、なら、ここからオレの武技でちょこちょこ攻撃を続けるか……?」

「さすがに攻撃範囲外に逃げると思うよ」

「まあ、それでも――いや、無理か、これ」

「どうして?」

「よく感知してみろ、学校の内外で、魔術の流れがかなり違うぞ、これ」

「ん? うわっ」


思わずそう言ってしまうくらいの差があった。

外の魔力の流れは緩やかに横へと流れていたのに、学校内は濃密に魔力が充満していた。


ここでなら、より強い武技を出せるかもしれないけど、外へと向けて武技を発動させるのはかなり難しそうだった。

学校外がゆったりと流れる大河だとしたら、ここはハチミツのプールだ。


同じ「大気中の魔力を斬る」動作でも、まったく違うことになる。


「第二階層の中の、さらに別の場所とかかな、ここ」

「クソ厄介だなぁ」


試しに息を吸い込んでみる。

濃密な魔力を内側に取り込む。


ザラザラとした感触が、ガリガリとぼく自身を削った。

それでも、その違和感、嫌悪感と引き換えに、威力を出すことはできそうだった。


「この強さに、すぐには慣れそうにない」

「さっきみたいに敵が動かないまんまなら別なんだろうけどな」

「――」

「ん? ライラ、どうしたの、さっきから黙ってるけ……」


恐れを含んだ目が、別方向を見ていた。

学校の外じゃなくて、内側だった。


「失礼」


いつの間にか、接近されていた。


「君たちは、ここの学生かね? 学生証は? 入校許可証はあるだろうか?」


白いローブを着た、大鎌を持った死神のような怪物だった。

暗闇の奥から紳士的な声が問うている。


けど――


 「そうした対話可能な怪物は、例外なく強敵だ、全力を出すに足る敵手だった」


ハナミガワの言っていた言葉を、どうしようもなく思い出した。


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