19.殺意
ぼくらの目的は、言ってしまえば金儲けであり、出入り口の探索だ。
第二階層における金儲け手段は手に入っていないし、上の都市への通路もそのヒントすら得ていない。
だけれど、それでも、これは今までなかった新しい情報だった。
上の都市ではエルシェント校って名前のそこは、名門校と呼ばれるところだった。
学校だけじゃなくて、寮らしきものまで併設されている。
横に長い建物はたぶん食堂で、入り口付近には衛兵が陣取るための場所まである。
どれもこれも建物の背が無駄に高くて、かなりの年季が入ってる。
「リーダー?」
「なに」
「やべえのが、校門付近にいねえか?」
「エマにも見えてるんだ、あれ、錯覚じゃないんだ……」
「おお……」
そう、そして、それだけじゃ済まなかった。
おそらくは怪物だった。
一般的な学生服を着て、土下座みたいな姿でいた。
唐突に現れないだけマシかもしれない。だけど、気味の悪さじゃ最初の口怪物と変わらない。
あまり近づきたくない相手だった。
怪物のその目は地面を凝視し、両手は幾度も幾度も岩盤を叩いていた。
普通なら両手が血まみれになる勢いで、何度も、何度も、繰り返し。
歯を食いしばりながら、両眼は限界まで見開かれ、両腕はテンポよく、どこか湿った音さえさせながら打ち付ける。
「さすがに人間じゃねえよな……?」
「これが怪物じゃなくて、ただの人だった方が怖い」
「はわ……」
じりじりと近寄ると、何かをつぶやいているのが聞こえた。
「僕が、僕が、僕が、僕が、僕が……ッ!」
そう地面にこぼしていた。
その声に合わせるように手を上下させ、岩床に打ち付ける。
遠慮のない、自分へのダメージとか気にしない勢いでくり返していた。
怪物がいる場所は、ちょうど校門の真ん前だ。
半ば開いているそこで、怪物は土下座を続けている。
「どうしたって、あの怪物の前を通る形だよね?」
「戦闘範囲に絶対入るよなあ」
「なんか……? 燃えにくそう……?」
「怪物に可燃のしやすさとかあるんだ」
「上手く燃えてるのがイメージ、できない……うざ……」
「可燃性第一」
「魔術の効きが悪いかもしんねえのかあ、厄介だな」
「ライラ、海とか絶対嫌がりそう」
「リーダー、砂漠っていう素敵な場所のこと、知ってる……?」
「うん、わかった、話題にも出したくないレベルなんだね」
こうして話していても、怪物は土下座で両手を上下させるばかりだった。
こっちには目線すら向けない。
「なあ、あれ、オレらを黙って見過ごしてくれねえかなあ」
「さすがに無理だと思う」
だって怪物だ。
触手ミミズと同じものだ。
無事に通り過ぎたとしても、戻るときに待ち伏せとか襲撃をされる。
「まあ、答えは出てるか、やることやるぞ」
「エマ?」
エマは、肩に担いでいた槍をひとつ振った。
「ここは戦って、通り抜ける、それしかねえ、ライラ!」
「ん……っ!」
「とりあえずオレが攻撃する、ライラは炎で追撃だ」
「はあく……ッ!」
「ぼくは?」
「補佐!」
まあ、それくらいしかやれることはない。
エマやライラと違って、ぼくは強い攻撃方法を持たない。
この場面で出来ることは少なかった。
「ぼく、割と役立たずだ……」
「活躍範囲の違いってやつだ、普段は色々考えてくれてるんだから、今はオレらの出番だ」
「リーダー……」
「なに?」
「上手く行ったら……あたしとエマを抱きしめて、なでて……?」
「はは、いいな、それ!」
「ねえ、それってぼくが本格的にママ役になってない!?」
「っしゃぁ! 行くぞ!」
「ふむう……っ」
やる気になってる二人に水を差すわけにはいかなかった。
どうにも絶望的な気分のぼくの前で――
「――」
エマが、槍を構える。
それはぴたりとハマった。
あるべきものが、あるべき箇所にある。
武技を扱うための予備動作だった。
大気の魔力を裂いて力とする――動作魔術とでも呼べるものの前兆だ。
構えが、一つの機構を思わせる。
人の形をした魔術陣のよう。
「ふっ」
ゆるやかに、槍が動く。
動作として展開される。
穂先が緩やかに前へと行く。
それは大気に満ちる魔力の狭間を正確に通り抜けた。
裂かれた大気が、補うべく周囲から魔力を動かした。
それは本当にささやかな、微風のような流動だ。
槍の先端は、大気の魔力を裂き続ける。
押し出されたそれが、歪んだラインを一分のズレもなく正確に通る。
ただ大きく、より広く、魔力は動く、裂かれる空白が広くなる。
穂先に巻かれる風は大きくなる。
それは、流動する魔力の流れを強くした。
魔力風が槍を螺旋状に巡る。
押されるように、槍は加速する――
ただの一動作、ただ突き出す動きの間に、槍は無限に加速した。
「強突ッ!」
トドメのように武技名を叫び、完成させる。
竜巻のように槍は行き、過たず怪物へと突き刺さる。
いや――
「ッ!」
突き刺さったように、見えた。
たしかに到達したのに、たしかに槍は怪物へと突き刺さったはずなのに、まるで幻か映像だとでもいうように、エマの槍は土下座する怪物の姿を揺らめかせただけで終わった。
なんの引っ掛かりもないまま、地面へ深々と刺さる。
「僕が、僕が、僕に、邪魔、した……?」
強く見開かれた目が、こちらを向いた。
瞳孔が揺れていた。
それは感情が爆発する、直前の様子だった。
「ライラ、頼むッ!」
突いたときと同速で槍を引き抜き、後退しながらエマは叫んだ。
「ん!……アラズカーンの流動を、今この時に、彼の者へ……!」
第一階層のときは洞窟内を舐めるように過ぎたそれは、ここでは赤熱する爆炎として殺到した。
何であろうと焼き尽くす、ただの人間なんて炭化させる炎の流れを。
「僕が、僕が、いちばん、なのにぃぃぃいぃイイイっ!!!!」
呑み干した。
まるで空間に栓を開いたみたいに吸い込まれる。
赤炎の濁流が、その怪物を押し流そうとして、堰き止められる。
ただの学生にしか見えない姿が、炎を飲んだ。
口じゃなくて、その怪物の形そのものが吸い込むように炎を飲んだ。
広げた両手が、赤く染まる――いや、燃えている。
魔術は、その背後にひとつもたどり着かなかった。
「あたしの、炎がッ……!」
「そんなこと言ってる場合じゃない!」
エマの一撃は通過し、ライラの魔術を吸ったそれは、燃え盛る炎の人の形になっていた。
両眼だけは青く燃え盛り、ぼくらを――ライラを睨みつけている。
「僕は、僕が、まじゅつしぃいいいいいいいぃいぃ!!!!」
立ち上がり、突進してくるその前に、僕は陣取る。
二人から驚きと否定の声が聞こえるけど知ったことじゃない。
ぼくの役割は補佐だ、なら、ここでライラに怪物を行かせないこともその範囲に入る。
敵はいいフォームで駆けている。
変わらずに叫びながら、ライラに向けて。
これを止める。
どうやって?
敵は物理的な攻撃を透過した。
エマの武技は半分くらい魔術的な要素もあったはずなのに、あまり効いていなかった。
敵は炎を吸い込んだ。
攻撃が効かないどころかパワーアップさせた。
なんだこの怪物。
勝てるわけない。
違う、感嘆してる場合じゃない、白旗上げてる場合じゃない、考えろ。
視界がゆがむ、世界が遅くなる、集中が思考を加速させる。
走馬灯とかに、きっと近い。
確実な死を前に、ぼくの脳みそが生き残るための道筋を見つけようとしている。
ぼくの身体は、まだ諦めていない。
だったら、「やっぱこれ勝てないよね」とぼくがギブアップしてる場合じゃない。
炎人は走る。
地面を叩いて嘆いていたときとは違いすぎる
殺意に沸騰している。
その行先は、間に割り込むぼくじゃなくてライラを目指している。
なんで?
パワーアップさせてくれた相手を殺そうとしている理由は?
いや、違う。
この人は、この怪物は、なにを嘆き悲しんでた?
ここは、この第二階層は、上の都市と鏡写し。
この怪物もまた、鏡写しのような相似形なのか?
これをしていたような人が、都市に実際にいた?
だとしたら、どういう人だ?
どんな「相似形」が上にいる?
この怪物は、ライラを狙った。
この怪物は、魔術師を自称した。
この怪物は、校門の前で嘆き悲しんだ。
つまり――
「あ、君って、エルシェント校への入学ができなかった人?」
その無念が、怨念が、学校前で悲嘆にくれさせた。
無数のそれらがわだかまり、一つの怪物として顕現していた。
「ぃいいいいいいいいいぃぃ!!!!!!!!!」
なぜか殺意がぎゅるんとぼくへと向いた。
「ひえ」
両腕を振りかぶり、下ろす。
その大ぶりの動きをなんとか避ける。
一帯に炎の粒が舞った。
花火は遠くから見ればキレイだけど、間近に炸裂されても熱いだけだった。
怪物の視線は、まだぼくに向けられている。
「リーダー、たまに人の心がない……!」
次撃はライラの魔術が防いだ。
岩壁の魔術がせり上がり、炎を堰き止める。
「え、これそんなに言っちゃ駄目なこと!?」
ぼくが驚く合間にも、もろい岩壁は簡単に破壊された。
ライラは当然という顔で頷いている。
恨みがましい目をした怪物は、両手を真っ赤に燃え盛らせてた。
「クソ、この怪物が!」
エマが攻撃する。
剣技による横薙ぎの一撃は、またしても効果を発揮しない。
それこそ炎を斬ったみたいにすり抜けた。
「駄目だエマ、これ幽霊とかそういう類だ!」
「はあ!?」
「それ……この班の、弱点……!」
誰も神官系の能力を持っていない。
ただし――
「それでも、熱は、いくらか下がった!」
怪物が纏っていた炎と熱、それが何度かの攻撃と、エマの武技によって散らされていた。
両手の赤色が、もうずいぶんと弱くなっている。
思い出すのは、ハナミガワの戦っていた様子。彼女は武技だけを使ったわけじゃなかった。
それ以外にも、自身を強化する手法を取っていた。
それでエマの強突を受け止めた。
呼吸する。
魔力を取り入れる。
周囲に舞う火の粉ごと体内に取り入れ――
「いぃ!?」
伸ばす怪物の腕を弾いて逸らした。
そう、エマは、大気の魔力を巻き込み攻撃とした。
ライラは、魔力そのものを変質させて攻撃とした。
このダンジョンでの戦い方は、魔力の利用だ。
だからこそ、周囲の魔力を取り入れ、身体の中にて流動させて、力とした。
エマが武技を練習している間に、ぼくもある程度はやっていたけど、ほとんどぶっつけ本番で、成功したのはかなりの奇跡だ。
というか、呼吸を整えながら、体全体に力を巡らせながら攻撃を行うとか、自分でやっていても意味不明だ。
これを当たり前みたいな顔してやっていたハナミガワはやっぱりおかしい。
色んな意味で堕ちた魔術師が、諦めず非人間的な動きで両腕を振り上げる。
ずっと地面に向けてやっていたことを、ぼくに向けて行おうとする。
「僕が!!!!」
丸わかりの動き、ただし、その怪物の目はぼくへの殺意で沸き立ち、両拳にはまだ赤い魔力が残留している。
くらったらヤバい一撃。
させるかとばかりに、体内にある魔力を再び感じ取り――
「このッ!」
流動させ、最短で蹴りを入れた。
ほとんど攻撃としては不適格、だけど、この場合はそれで十分だ。
「うぼぁ!?」
奇妙な蹴りごたえだったけど、両手を上げたままバランスを崩して背後に行く、距離が取れた。
「学校へ!」
「なんで!?」
「あ、そっか……!」
エマを引っ張り移動する。
ライラはよたよたしつつも付いて来る。
「この堕ちた魔術師学生は、学校には入れない!」
半ば賭けみたいなものだったけど。
「僕が、魔術師ぃいいいいいいいいぃぃぃ……!」
外で悔しそうに吠える様子を見ると、どうやら合っていた。
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