17.停滞と気づき

ぼくらは探索の主軸を完全に第二階層に移した。

けど、それは思ったよりも簡単じゃなかった。


「人が、いねえ……」


エマがこぼした通りだった。

広々とした空間には、怪物はもちろん他の探索者の姿もなかった。


他の人はどこから来るかを観察して、地上通路のヒントにしようとしてたけど、そもそも「人の姿」が無かった。

あの口の怪物とぼくらが出会ったことは、結構なラッキーだったらしい。


「油断は禁物、って言いたいけど、これは、さすがに……」


すでに3日が経過していた。

その間、手がかりはもちろん怪物も人の姿も見かけなかった。


ここは完全な無人で、誰もいないダンジョンですよ、そう言われた方が納得できた。


成果としては、第一階層を通り過ぎる途中で倒したミミズくらいだ。

それだって同じ道を繰り返し行くせいで、遭遇する機会が減っていた。


「燃やし足りない……」


ライラも心なしかしょんぼりしている。


「まあ、仕方ねえんじゃね?」


逆にエマは、そこそこ元気だ。「ダンジョン内で力の出る動き」を試していたからで、それは、順調に上手く行っていた。

鬱々としながらもライラが光球の範囲を広げ、魔力を多少は見えるようにしたからでもあった。


「たしかに、第一とこことじゃ、なんかいろいろ違うな」

「うん、第三があるのか知らないけど、そこでもやっぱり違うんじゃないかな」

「まあ、基本は変わってねえみたいだけどよ」


体感として言えば、それは周囲に満ちる魔力の流れを「巻き込む動き」だった。


魔力を使って魔術を発動させるように、動きをもって「武技」を発動させる――そういうシステムがあるみたいだ。

今のところ、エマにできるのは横薙ぎと突きくらいだけど、それでも十分すぎるくらいの威力が見て取れる。


ただ――


「拳とか短剣だと、そこまで上手く行かない」

「へへ、巻き込み力が足りねえなあ!」


そういうことだった。

長い武器ならぞんぶんに空気中の魔力を巻き込めるけど、腕や短剣の長さでは十分にいかない。


だから、ぼくは別の方向での強化を試していた。

ここでは、このダンジョン内では魔力を使って強くなる、その方向性はきっといろいろある。


まあ、これって、ダンジョン外ではそんなに強くなれないって、ってことでもあるけど。


「オレ、もっと長い槍とか買おっかな!」

「第一階層だと邪魔だから、初心者脱出してからね」

「了解〜」


武技をものにして上機嫌なエマと違って、ライラは杖にもたれるようにしながら背を丸めていた。


「広い……燃やしにくい……憎い……」


ぼくらと違って、どうやらそこかしこに「怪物の気配」を感じ取ってしまうらしい。

それが彼女を気楽から遠ざけた。


しかも、それを発散できる方法もない。


「ええと……」


気分転換がてらに話を振りたいけど……


「ぼくらが初心者だから、この階層で怪物に出会わないのかな?」

「違う、と思う……」


それでもライラは返答してくれた。


「魔力の、おかしな流れがある。だから、怪物は出現してる、けど、この辺じゃない……」

「その位置まではわからない?」

「ん……そう……」


わりと厄介な状況だった。


「ここ……魔力が雨みたい……」

「雨?」

「上から、降って……また下から上に昇ってる……」


見上げてみるけど、天井が高いなあ、くらいしかわからなかった。


「ひょっとして、こんだけ広いのに遠くは見えないのって、そういう理由なのかな」

「わかんない……水だらけみたい……湿気てる、嫌……」

「どこまでも燃焼第一すぎる」

「ぜんぶ燃やしたい……」

「気宇壮大だね」

「え、リーダー、一緒に燃える……?」

「キラキラした目で言わないで?」


平和な日々だった。

けど、ぼくらからすると平和だと、うん、ちょっと困ってしまう。

戦う相手がどこにもいない。

自由を手にするための糧が手に入らない。


どうするか、考える必要があった。

このまま、ただ第二階層をうろつくだけで上手くいくとも思えない。


「んー……」


小休憩中に腕を組んで頭をひねったけど、一向に思い浮かぶことはなかった。


「リーダーは大変だな」

「エマは警戒、今はそっちの見張り番でしょ」

「へいへい、まあ、どっちにしても、オレはそういうの考えるのとか苦手だからなあ」

「そもそも戦士ってそういう役目じゃないよね、どっちかっていうと思考担当は魔術師の……」

「ん……? リーダー、燃やす……?」

「うん、ごめん、ライラはそのままでいて」

「エマ……リーダーが、あたしを残念な子みたいに見てる……いぢめる……」

「よしよし、いい子だから杖でリーダーを指すのやめような?」


ぼくが考えて答えを出すしかなかった。

ライラも頭は悪くなさそうだけど、全思考が燃焼に向けられている。


「んー」


第二階層を選んだことは、決して悪くはない。

どっちにしても、今発生してる問題は出ていた。


第一階層を周回するのを選んだとしても、その後でやっぱり「なんか知らないけど怪物にも他の探索者にも出会わない」って状況にはぶち当たった。結局、遅いか早いかの違いでしかない。


問題を見つけることができたのは、良いことだとすら思う。

まあ、その解決方法がわからない、ってことを別にすればだけど。


「ライラ」

「なに、いじめっこリーダー……」

「ごめんて、怪物の気配みたいなものは、そこかしこからしてる?」

「ん……」


どこか悩んだ風だった。


「さっきも言ったけど……魔力の流れがヘン、だとは思う……」

「どこかで発生はしてるんだっけ」

「だけど、それがどこかまでは、わかんない……」

「そっか」


怪物発生の、何かのルールみたいなものがある。たぶんだけど。

それをつかめてないから、ぼくらは無駄に3日間を過ごしてる。


ハナミガワは、何かの計器みたいなものを見ながら、あの倒した怪物をメモしていた。

その計器があれば、どこに発生しているかわかるのかな?


「んー……」


仮にそうだとしたら絶望的だ。

ギルドでそれらしきものも売ってなかった。

ぼくらではまだ手に入らない。


「いや……」


それは、おかしい。

そんな状況はありえない。


もしそうなら、本当に第一階層から第二階層に拠点を移せる探索者なんていない。

専用の計器がなければ怪物とは出会えない、そんなこと起きるわけがない。


ぼくらの事情じゃなくて、怪物側の事情としてもヘンなことになる。

彼ら怪物からすれば、ぼくら人間を襲いたがるはずだ。専用計器を持つ人間とだけ出会える状況になることはない――


「……エマ」

「なんだ?」

「このダンジョンで、何か気付いたことない? なんでもいいんだけど」

「んなこと言われてもよ」

「なんでもいいんだ、ヒントが欲しい」

「つってもなあ……」


この第二階層の、どこに怪物がいてもおかしくない。

実際、ぼくらは一度は出会うことができた。


けど、今は出会えていない。

姿形すら見かけていない。


なにかの条件がある?

それとも偶然?


「……うっすらとだけどよ」

「ん?」

「ここ、道あるよな?」


広々とした洞窟をエマが指し示していた。

そこかしこに柱があるくらいしか変化がないと思えた光景。


「ええと……」


だけど、たしかによくよく見れば、うっすらと「岩が削れているっぽい」線があった。

それは、そうと言われないとわからないくらいの、曖昧な痕跡だ。


実際、ぼくらはここまで完全に無視していた。

それは、歩きやすいルートですらなかった。


「……他の探索者が通った跡?」

「かもしんねえ」

「違う、よ……?」


ライラがきょとんとしながら言った。


「人がたくさん通ったら……魔力の跡も残るのに、そういうの、ない……」

「え、じゃあ自然に出来た?」

「そんなことあるか?」


第一階層のぐねぐねとした狭い洞窟が自然と出来たみたいに、道の痕跡みたいなものが自然に生成された。

無くはないとは思うけど、なんだか無駄なことに思える。


「そもそも、なんで第二階層って、こんなに広いんだろう?」

「いまさらすぎね?」

「けど、ヘンだよね。第一と比べて違いすぎる」


本当に無駄と思える広がりだ。

大規模に怪物の軍勢が陣取るならわかるけど、そういう様子は微塵もない。

前に会ったのも一匹だけだった。


そして、遠くを見渡すこともできない状況だ。

降り注いでいる魔力とやらのせいで。


「んー……」


この道の痕跡らしきものを通って行けばいい?

そうかもしれない。


「ハナミガワさんと一緒のときは、たぶん自然とこの道を歩いていたのかな」

「かもな。あのときオレらは横並びに歩いていた」

「見づらい……」

「うん、言われないと気づかないくらいこの「道」は薄い」


この道の上でだけ、怪物は現れる。

他を歩いたところで発生しない。

たぶん、そういうことだった。


「けど、なんか、んー……?」

「いや、リーダーなに悩んでんだよ」

「どっか、引っかかる」

「そう……?」


納得ができなかった。

法則性がわからない。

納得がいかない、気持ちが悪い。


「道って、人が歩くためのものだ。獣道とかあるから動物だってそうだけど、どっちにしても移動しやすくするためだ。怪物が歩きやすい道とか作るか? 勝手に発生するものなのに、移動の手段を整備する意味がない……」

「リーダーがまた難しい顔してんな」

「大丈夫……? 燃やす……?」


何を?

そう答える暇すら惜しんで考える。

もう少しでたどり着くような気がするけど、思いつかない。


「……駄目だ、情報が足りない」

「リーダーも大変だな?」

「エマが変わってくれてもいいよ?」

「それ、オレが今すぐ限定パナッテイルを買っていいって意味だよな?」

「そうなったら、反乱する」

「はは、残念だな? じゃあオレがリーダーやるわけにはいかねえ」

「なら、あたしが、リーダー……ッ!」

「駄目」

「なんで……!?」

「ユハの灰だっけ、それ使って三人で焼身自殺するつもりでしょ?」

「えへへ……」

「そこで照れるのが意味わかんない」


ライラは自分自身を抱きながらくねくねしていた。

エマは呆れながら伸びをしている。


「まあ、この三人だと、リーダーしかリーダーやれないって」

「褒められてるって思って良いのかなあ、それ」

「へへ、三人で自由になるってリーダーの言葉、オレは好きだぜ。三人でこんなクソったれな状況から開放されて、好きに街中を歩くのが、今のオレの夢だ」

「ぼくが前言ったことを繰り返すの、照れるからやめて」

「あ、リーダーが、熱い……」

「やーいやーい、顔まっかー」

「みんながぼくをいじめる……」

「ん……!」

「いや、ライラが両手を広げても、別に飛び込まないからね?」


少し不満そうにしたライラは、エマに向けて両手を広げた。


「ん!」

「ん?」


エマはふらりと飛び込み、そのまま抱きしめられた。


「んふふ、熱源……」

「あー、わりと照れるな、これ」

「微妙に仲間ハズレ気分」

「ん……?」

「いや、だからって行かないから」

「んん……??」

「ほれほれリーダー」

「にじり寄らないで!?」


結局は抱きしめられた。

なぜかライラはご満悦だった。


たぶん、ぼくらは自由になってもこうやってるんだろうなと思う。

三人で街中でこうしている光景が思い浮かんだ。

きっと周囲から変な目で見られるんだろうけど、それでも――


目を見開く。

気付いた。


「お」

「ん……?」


抱きしめられた手を振り払うように立ち上がり、周囲を見渡した。

そこにあるのは、ひろびろとした洞窟に、うっすらと見える道だ。

その先に、たどり行き着く先がきっとある。

だけど、それは、どこだ?


いや、そもそも――


「そっか、このダンジョン、横に広がってるんだ……」

「なに大発見したみたいに言ってんだよ」

「あたしの炎の抱擁が……拒否られた……」


頭の中をぐるぐると情報が廻る。

そうだ、魔力は降っている。

道は自然に生成されている。


だけど、それの法則性は?

どんな理由と根拠があって?


「戻ろう!」

「え」

「へ」

「たぶん、第二階層の攻略方法が、わかった」


エマもライラもキョトンとしていた。

ぼくの興奮の理由が理解できない様子だった。


「いや、おい? マジで言ってる?」

「リーダー、ぼうぼう……」

「燃えもするよ」


まだ推測でしかないけど。


「まず、ギルドに行く必要がある」


ここは、攻略できるダンジョンだった。

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