16.計画
結局、最低限のものを購入して、それで済ませることにした。
後ろ髪は頭皮が剥がれる勢いで引かれていたけど、ここでどれか一つを購入するわけにはいかない。
それをすれば、確実に班に亀裂が走る。
どれだけ理性で納得しても、心のどこかで思ってしまう。
ぼくは諦めたのに、と。
「よし……」
諸々の事柄を振り切って、両頬をぴしゃんと叩いて二人に向き直る。
変に考えていても仕方ない。
「これからのことについて、考えよう」
もう部屋に戻っていた。
ほとんど洞窟でしかない、殺風景な中にいくつか布が引かれているくらいの場所に、今は分不相応に金庫がデンと設置されている。
割と重いそこには、今は魔術素材とか触手ミミズの舌を詰め込んでいた。
「つっても、一つしかねえだろ」
「と言うと?」
「オレのは64個、リーダーのは58個、ライラのは72個だったよな、そんだけの数のミミズどもを狩ればいいだけだ」
ちょっと考えてみる。
今のところ、日に4から6個くらいの耳を得ている。
安いとはいえ、ここからライラの魔術素材のためにも1個くらいは必要経費として削るべきだ。
それ以外にも、お風呂に行ったり、武器の更新をしたりといったことを考えると――
「却下」
「なんでだよ!?」
「下手したら二ヶ月くらいかかる、それまでずっとミミズを狩りを続ける?」
「う……」
「しかも、得たものを、ぼくらは探索に活用できない、ただ欲しいってだけ、ただの散財だ。二ヶ月を無駄に過ごすことになる」
「あたしの……スゴ火力……っ」
「そのスゴ火力って、ダンジョン内で使える?」
「?」
「ねえ、ライラ、素できょとんとしないで、ぼくらを含めて焼き尽くす攻撃ってしちゃいけないんだよ?」
「え……」
「本気でわかってない顔しないで、怖いから」
裾を引かれて涙目になられたけど、その要望は却下せざるを得ない。
「とにかく、ぼくらの当面の目標は、初心者を脱することだ、だか、ら、他の余計な、ものに、使ってる余裕……とかないん、だ――」
「リーダー、そこは断言してくれよ」
「だって、あの霊水を後回しにしなきゃいけないんだよ!?」
「落ち着けって、たかが水だろ?」
「はあ!? だったらエマのだってただの人形じゃないか!」
「ああ゛!? お前、あれがどんだけのプレミア価格になってんのか知らねえのかよ!」
「知るわけがないでしょ!」
「下手すりゃ家が建つぞ!」
「嘘だ!」
「マジだ! それでオレは一回諦めたんだ!」
「なんでそんなものがミミズの舌64個で売られてるの!?」
「オレが知りてえよ、そんなの! ちょっと詳しいやつがいればぜってー速攻で買うぞあれ!」
「うわ……」
エマの目は本気だった。
あのヘンテコな形の人形がそれだけの価値があると本当に信じていた。
「けど、それって、下手したらうちの班が襲撃されない?」
「ん?」
「仮に買って金庫に入れたとしても、普通に奪いに来るよね?」
ここは洞窟、扉とかもない。
出入り自由だった。
金庫は重いけど、持ち運べないほどじゃない。
「……」
考えてなかったという表情だった。
「欲しいのは、わかる、だけど、それを守るためにもぼくらが強くなる必要があるって思わない?」
「いや、クソ、けど、間に合うのか……?」
「仮に他の誰かがエマのを先に買ったら、ぼくのも諦めるよ」
「……マジで言ってる?」
「言、って、る……」
「リーダー、顔、ひきつってるよ……?」
「い、一蓮托生だ、そこに嘘は、ない――ッ!」
「あたし、買うよ……」
「ライラさん?」
「そのユハの灰で、その限定品? それを買った人、襲撃しようね……?」
「お前って、割と燃やせればなんでもいいタイプだよな」
「えへへ……」
「いや、褒めてない褒めてない」
ぼくは頭を振って続けた。
「とにかく、ぼくらには欲しいものがある、けど同時に、初心者を脱するために第二階層の地上通路を見つける必要もある」
「リーダー、すげえ我慢した顔してるな?」
「リーダー……燃焼不足はだめだよ……?」
「エマ、本当に耐えてるんだからつつかないで、ライラも微妙に意味わかんない感じに焚きつけないで」
せっかく目をそらして、今だけを見ようとしてるのに。
「わかったって、つまり、第一階層でミミズ狩りか、第二階層での探索か、どっちをやるか、って話だよな」
「うん、そう、4日ごとのノルマもあるし、ミミズ狩りはしなきゃいけないけどね」
欲望を優先するか、成長を優先するかって話でもある。
欲望優先なら稼ぎ優先だけど、その先は散財する未来しかない。
成長を優先するなら大変だし、上手くいく保証もないけど、大きいリターンも望める。
「普通に考えたら、第二階層を中心に探索するのが当然、なんだけど……」
「ちょっと、なあ?」
「やだ……諦められない……」
そういうことだった。
あまりに欲望が大きすぎた。
身動きが取れなくなっていた。
「第二階層で、稼ぐのは、だめ……?」
「一応、ギルド員の人に聞いたよ、たぶん無理っぽい」
会話を続ける中で、そういう話題にもなったこともあった。
最終的には情報代の支払いを要求されたけど……
「第二階層の稼ぎでメインになるのは、怪物の現れた場所と姿格好の情報、それを書いて提出すれば報酬が手に入るらしい」
「それだったら、オレたちでもできるんじゃねえの?」
「初心者を脱して第二階層の探索者だって証明しないと、その価値が認められない、情報をギルドが買い取ってくれない」
ハナミガワがやっていたことは、そういう「怪物の情報収集」で、今のぼくらがやっても無意味なものだった。
「だから、ぼくらが第二階層でどんだけ頑張っても、どれだけ強い敵を倒しても、欲しいものを手に入れることにはならない」
しん、とした静けさが部屋を満たした。
割と詰んでいる状況だった。
真面目にこつこつ第一階層で稼ぐことは、第二階層へ進むことを大きく遅らせる。
だから、第二階層をメインに探索するべきだ。
頭で考えればすぐにわかる。
それができないのは……
「これって、罠……?」
「だと思う」
国とギルド側の、ミミズ狩りに専念させたい思惑のためだった。
望んで釣られてしまう餌を、目の前にぶら下げられていた。
無視して通り過ぎるには、あんまりにも美味しすぎる餌を。
「オレは、第一階層を周回すべきだと思う」
「理由は?」
「心残りを残したまんま、前に進みたくはねえ、あと、動きによる強化をもっとちゃんと確かめたい。第二階層だと敵からの奇襲が多いだろ? 実戦での修練が難しい」
「そっか、なるほど」
「あたしは、第二階層に、行ったほうがいい、と思う……」
「なんで?」
「顔を売りたい……あたしたちを、早く知らせたいから……」
意外な言葉だった。
「どういうこと?」
「第二階層の怪物は、人だった……人みたいに、喋ってた……」
「ああ、うん」
「いろんな人に、あたしたちがいる、ってことを教えないと、間違って襲撃される……それを避けたいから、できるだけたくさん、第二階層に行った方がいい、と思う……」
「そっか」
ぼくは第二階層で怖い相手は、あのヘンテコな怪物だと思っていた。
けどライラは、むしろ第二階層を根城にする「他の先輩探索者」を怖がっていた。
たしかに、怪物を倒して生き残っている人たちだ。
第二階層の怪物よりも、当然強い。
ハナミガワの強さが、下手すれば最低ラインだ。
そういう人たちの襲撃を避けた方がいいのはわかる。
「んー……」
つまるところ、エマは戦力の確実な増強を、ライラは情報をメインに見ていた。
これ、どっちが正しいって話じゃない。
それでも決定しなきゃいけないとしたら――
「よし、決めた」
沈思黙考、しばらく目を閉じ考えた後に言った。
「第二階層をメインに巡ろう、第一階層を通過する際にミミズは積極的に狩るけど、あくまでもついでだ」
「それでいいのか?」
「ん……」
少しばかり不満そうだった。
その気持はわかる。
「言っておくけど、ぼくは欲しいものを諦めるつもりもないよ」
「は? どういうことだよ」
「まず、動きによる強化だけど、これって下手すると第一階層と第二階層で違う可能性がある」
「それは、あー、どうだ? あるのか?」
「ぼくはあると思ってる、ライラはどう思う?」
「あたし、身体とか動かさない、けど……それはありそう……」
エマは半信半疑、ライラはひょっとしたらくらいだけど、ぼくはほとんど確信していた。
狭苦しい洞窟内と、広々とした空間で魔力の流れが同じはずがない。最適となる動きも、当然違ってくる。
「だから、できるだけ早く「第二階層での身体の強化」に慣れる必要があると思う」
「……完全にじゃねえけど、納得した」
「それと、第二階層を探索してたら、怪物と鉢合わせになることは起きるよね」
「うん……たぶん……?」
「そうなったとき、倒した怪物のだいたいの位置と顔貌とか性質とかを記録しておく」
「だからそれ、ギルドは買い取ってくれないんだろ?」
「ギルドはね」
「リーダー……?」
「なに」
「ズルする……?」
「うん、ズルする」
「なに言ってんだ?」
「つまり、下請けだよ」
ぼくは手を広げ、肩をすくめた。
「怪物の発生した場所と、姿と、性質を書き留めて、他の探索者に売るんだ。ぼくらが直接ギルドに売ることはできないけど、他の探索者にそれを教えて取引しちゃいけない、ってルールはない」
「それは――」
「もちろん、ハナミガワさんみたいな人は、こういう取引に応じない。だけど、初心者用の出入り口に張ってカツアゲするような人なら、こういうズルをやりそうじゃない?」
第二階層で戦闘経験を積み、小銭稼ぎをし、他探索者と積極的に知り合いになる。
これは、そういう選択だ。
「なにより、宝箱がある」
「宝箱?」
「めったに見るものじゃないって話だけど、第一階層では本当にまったく見たことがなかった、噂すら聞いたことがなかったと思う。だから、あるとしたら――」
「第二で出る……?」
「うん、その宝箱の中に、ぼくらが欲しいものがあるかもしれない。なかったとしても、それは欲しいものと「同等の価値」のものだ」
もちろん、これは上手くいくとは限らない、失敗する目も十分ある、それでも――
「どうせなら、全部を手に入れよう」
二人に向けてそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます