15.リーダー
強くなるためのヒントは得た。
いろいろと工夫しなきゃいけないだろうし、上手くいくまで失敗も多くあるだろうけど、それでも方向性は見えた。
問題は、次だった。
ぼくらはまだ初心者扱いで、第二階層の探索者とは見なされていない。
最終的な目標、三人で自由を得るためには、初心者扱いを続けるわけにはいかない。
そうやって自由になっても、そんなのは与えられた自由であって、獲得したものじゃない。
ぼくらは、自由になりに行くための努力をする。
だから、第二階層の地上出入り口を探す必要がある。
それを見つけることでランクアップするわけだけど……
「教えられるわけがないだろ」
「ですよねえ」
ギルドではそういう情報を売ってはくれなかった。
「ミミズの舌を千個でも駄目ですか」
「上に睨まれちまう」
「ああ、やっぱり、そういうことですか」
ぼくらが攫われたのは触手ミミズを狩るためだ。
第二階層の探索のためじゃない。
たぶん、現れる怪物の数そのものが第二階層では少ないんだと思う。
探索する人間の数がそこまで必要じゃない。
「やっぱ強い槍は高えな」
「ふふ、くふふ、いい灰……よく燃えそう……」
ちなみに今日は二人も来ていた。
背後で悲喜こもごもしてる。
「オイ、そっちの連中、あんまベタベタ触るなよ」
「へいよ」
「舐めるのも、だめです……?」
「お前リーダーだろ、あいつらちゃんと躾けとけ」
「ぼく、そんなものになった覚えがありませんが」
「なあリーダー、この槍を買っていいか?」
「ねえ……リーダー、味見、味見だけだから……!」
目の前のギルド員は両眉を上げていた。
「だ、そうだが?」
「ぼく知ってる、これって厄介事の尻拭い役を押し付けられてる」
「よくわかってんじゃないか」
「ええ」
「なら、あっちの二人のどっちかにリーダーをやらせるか?」
「――」
エマは割としっかりしてるけど、肝心なところで暴走しがちだ。
ハナミガワとの戦いとかもそうだし、そもそもが好戦的。リーダーを任せたら戦闘第一の班になる。
それで上手く行けばいいけど、どこかで破綻する予感がある。
ライラは論外。
どこかのタイミングで、三人で盛大に焼身自殺する結末しかない。
「ぼ、ぼくが、リーダー、です……!」
「そこまで嫌かよ」
背後の二人に向けてさっそく言う。
「エマ! 武器は買うけどもう少し待って! ライラは舐めたら湿気て火力が落ちることを思い出して!」
「へーい、ママ了解」
「なんで、あたしの身体って、水分があるの……!?」
「大変そうだな?」
「だったら、なにか教えてください、ヒントをください!」
「だから、やれねえって、ああ、けど、こっちなら教えられるか」
血涙を流すようなぼくの様子に同情したのか、ギルド員は紙を差し出した。
「これは……」
「お前らは今、狩った触手ミミズの舌を保管してるな? 普段は身につけてんだろうが、いくらなんでも限界がある、だったらお前らの部屋に金庫を設置しろ、持ち運ばなくても済むようにしないと、この先は厳しい」
「金庫に入れても、腐りませんか?」
「そのためのこれだ」
見せられた紙には、いくつもの取引内容があった。
知っているところだと、簡易的な槍が舌5個、最低限の魔法の杖であれば舌8個。
知らないところだと、簡単な金庫は舌10個、高級酒は舌15個――
金インゴットは100個だけど、実物はたぶん小さいやつだ。
珍しいのだと菓子類の詰め合わせが20個、高い。
武具指導とか、一日外出券とか、指導員交代なんてものさえあった。
どれもかなりの数が必要だけど――
「これは、ああ、そっか……」
大半はぼくらには関係ないものだ。
だけど、たとえば金インゴット、これは腐らない。
提示されたメニューは、狩り取った舌を「別の形で長期保存」するのに有用だった。
「さすがにまったく同じ値段で戻すことはできないが、ナマモノの形で持ってるよりはずいぶんマシだろうぜ」
「なるほど……」
「お前らは形だけは学生だからな、金銭をそのまんまの形で渡すことはできない、だが、物々交換の形なら平気だ」
「そして金庫も必須ですか」
「別の形にするってことは、盗まれやすくなるってことだ、必死にがんばった末に盗人を喜ばせたくないだろ?」
ここ最近のぼくらは、がんばってミミズを狩り続けた。
これは情報を得るためのがんばりだったけど、別の形でも報われるみたいだ。
「なら、まずは新しい槍と、魔術素材と、金庫を買って……」
視線が吸い寄せられて、釘付けになった。
「リーダーどうした?」
「リーダーが、熱い……?」
その呼び名で定着させる気、って頭の片隅で思ったけど、それどころじゃなかった。
紙に書かれたリストに、見覚えのある名称があった。
ここにあっちゃいけないものだった。
「お、これ……」
「あ――」
同様に二人も背後から紙を見た、それぞれ別のものに視線が吸い寄せられた。
「……どうしてジャルブスの霊水が、ここに……?」
「マジで!? パナッテイルの高レア限定品が、なんでこんなとこに!?」
「ユハの灰……? え、なんで、本当なの……?」
ジャルブスの霊水は、飲んだことのあるものだった。
ぼくらの一族に伝わるもので、外に漏れるはずがないものだった。
いや、けど、もう滅ぼされてしまったし、そういうこともある、のか?
喉が鳴り、その味を、喉越しを思い出す。
もう二度と飲むことはないと、そう信じていたはずのものが、こんなところにある……
「わたしが前々から欲しくてたまらなかったのに、どうしても手に入らなかった一品が、どうして……?」
エマの様子もなんかおかしい。
「ユハは……水辺から離れない妖蛇……それが燃やされて、灰になってる、それを魔術素材に使えば、それは、それは……はわ、はわわっ!?」
ライラはライラで過呼吸気味だった。
ぼくらは三人で紙を覗き込みながら、ただ固まっていた。
「そららは、再入荷が未定のものだな」
ギルド員はさらりと言ったけど、ぼくら全員が固まった。
「当然、他のやつが買ったらリストから消える」
「買います」
「待って! リーダー待った! これも、いや、こ、これだけは!」
「ユハの灰! すごい! ね、本当にこれって、すごいの! だから……っ!」
「う……」
二人の熱意に押されて、頭のなかで素早く計算した。
どうやら、ぼくと同じくらい欲しいものがあるらしい。
けど、エマの槍を買い直し、魔術用の素材の補充をし、金庫を買う、その上でこれらを購入しようとすれば無理が出る。
それぞれが舌50個以上だ、合計150匹も狩ってはいない。
というか、ひとつ買えるかどうかも怪しい。
「こ――」
そうだ、冷静になるんだ。
ぼくらの目的はなんだ?
頭を冷やせ。
「これは、狩ったミミズの舌を腐らせないための、言ってみれば換金目的のものだ、ま、また売らなきゃ、いけないんだよ?」
言いながらも腹がねじ切れそうだった。
だって、もう絶対に二度と手に入らない、口にできないと思えたものが、ここにある。
家族みんなが、村の人々が揃っていた光景が、脳裏に浮かんだ。
盃に注がれた、透明な液体。
ただ幸せだった日々の、清冽な味わい。
「リーダー」
「なに、エマ」
「買っても売らなきゃいけない、そんなことは、わかってんだ」
「絶対にわかってない目だ……」
コレクターの前に二度と手に入らない一品物をちらつかせたら、こういう顔になる。
売るとか論外。
「魔術師にとって、神話にも属する素材は道にもなるの、より高い階梯を昇るためには魔術の神秘を知らなきゃいけない。エマが強くなるための道筋を得たように、あたしにもそれが必要なのはわかるよねリーダー……?」
「ライラはどうして普段からそういう風に流暢に喋れないの?」
「だってそれ、燃やしたいから……!」
「やめて?」
エマとは違う熱狂がその両眼にあった。
魔術師の前に秘儀書をぽんと放置した状態だ、きっと。
「……」「――」「……」
ぼくらは三人とも、視線を上げた。
ギルド員を見る。
きっと全員の目に書いてあるはずだ、「力づくでもうばいとる」と。
「それらは別の場所にある」
ギルド員は、つまらなさそうに頬杖をついていた。
きっと、ぼくらの反応は見慣れている。
「暴れたところで手に入らん。むしろ見せしめとして廃棄される」
「卑怯ですよ!」
エマが叫んだ。
「いや、どこがだ」
「それなら、予約は駄目か? 他の連中が買わないようにはできねえのか?」
「そういうのはやってねえな」
「どうしてですか、なぜ、そのような無体なことを!」
「エマって実はお嬢様だったりした?」
「んなわけねえだろ!」
口調がころころ変わっていた。
どっちが素なのかはわからない。
「くそ、というかお前らはどうしてそんなに平気そうなツラしてんだよ、他の連中に買われるかもしれねえんだぞ?!」
「だって考えてみれば、ぼく以外にあの霊水を欲しがる人がいるなんて思えない、きっとしばらくは平気だよ」
「あたしも、そうかな、ここに魔術師の人……あんまりいない、よね……?」
「換金目的に、欲しくなくても買う奴はいるぞ」
ギルド員の言葉にふたたび緊張が走った。
「むしろ欲しいもんだったら使っちまうからな、まったく興味がないものの方が、保存って意味じゃ適切だ」
「ジャルブスの霊水をそんなことのために!? 嘘でしょ!?」
「世界中のどこを探しても決して手に入らない最高の魔術素材をしまい込むことは、この世のありとあらゆるものの中でも最大限の罪悪……ッ!!!!」
「お前らな……」
いや、でも、買ったら確実にぼくは飲んでしまう。
なら、どうでもいいものを購入した方がいい。
物々交換用のものとしては、その方がいい。
けど同時にそれは、他の班からとんでもなく深い恨みを買う危険性もある。
他班が「なんかよくわからない水を買ったんだよね、ジャとか何とかの霊水とかって奴、バカ高いあれ誰が欲しがるんだ」とか言い出したら、迷わず襲撃に向かう。
「そ、そもそも、どうしてこんなピンポイントにぼくらが欲しいものがあるんですか?」
「そうだよ、絶対に誰も知らないはずなのに……」
「うん、欲しくても、こんなの、無理……」
「お前らがダンジョンに真面目に入ってるからだろうな」
ぼくらが意味が分からず首を傾げていると。
「ごくたまにだが、ダンジョンには宝箱が出ることがある。そこで手に入るのは、ダンジョンで探索している奴らが心から欲しいものが入ってる、って話だ」
たぶんこれ、有料の情報だった。
それでも言ったのは、こっちの熱意と殺意のためだ。
「ひょっとしたら、お前らが頑張れば宝箱から手に入るんじゃないか?」
そうして、ぼくらの探索意欲に火をつけた。
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