14.風呂

ぼくらの今日の戦果は、結局マイナスだ。

24個の舌を失った。

だけれど、それ以上のものを代わりに得た。


「クッソぉ……」


その一つが、このエマの悔しさだった。


「次は、次はぜってぇ勝つ……」

「がんばれー」

「れー……」


ぼくらは風呂に入っていた。

ハナミガワと別れて本拠地に戻り、疲れを癒やすためにそうしてた。


公には一週間に一度だけど、いくらか支払えば自分たちでも使うことができた。


週に一度の方は本当に芋洗みたいな状況だから、逆に汚れることすらある。

なので、できるだけぼくらだけで貸し切りにするようにしていた。


ちなみにお風呂、と言っても蒸し風呂だ。

赤熱した岩が収められたところに水をかけて蒸気を蔓延させる。


蒸し風呂部屋を出てすぐ前には、地下水が流れる場所がある。

いくらか掘って水をためている場所があるから、そこでざぶんと浸かるらしい。


人によっては、こっちの冷たい水だけで身体を洗う人もいる。


エマは、蒸し風呂の後の水風呂がいいとか言うけれど、ぼくには正直よくわからない。

だから、暑くなりすぎたって思ったら、地下水流の近くでごろんと横になるのが常だった。


あと、ついでに洗濯もしておく。

洗剤なんて贅沢なものはないけど、ここで蒸してから、地下水下流ですすぐだけでもだいぶ違う。


ひっどい臭いが、普通に臭いくらいに改善する。


「うぃー……」

「暑い……いい……」

「お前ら、聞いてるか?」


ぼく、ライラ、エマの順番で横に座ってた。

ほぼ裸、ようやくぼくが男であると認められた。


けど、なぜだかエマには鼻で笑われ、ライラには肩を叩かれて首を振られた。

意味がわからない。


「……エマ、入れ墨?」

「ふふん、いいだろ」

「焦げ跡みたい、キレイ……」


なんかそういう言い合いをしてる方には目を向けない。

男の子なので。


「なにか、ヒントはつかんだ?」


ただそう問いかける。


「あん?」

「ぼくには、ハナミガワって人がとんでもなく強いってことしかわからなかった。エマはなにか強さにつながるものを見つけた?」

「……ああ、悔しいけどな」

「それ……ほんと……?」

「なにがだよライラ」

「たぶんあの人……魔術も使えるよ……?」

「はあ!? マジで?」

「魔力視で、エマの動きを追ってた……うん、最後だけしか、やってなかったけど……」

「あれって勘じゃなかったのかよ」


呆然とし、ガリガリと短い髪をかきむしった。

歯を食いしばった様子は、割と怖い。


「エマがわかったのは、それじゃないんだよね? なにがわかったの?」

「……動きだ」

「動き?」

「お前にも覚えはあるだろ、ダンジョンだと特定の動きをすると、やけに力が強くなることがあるんだよ。割とマジかよって疑ってたんだけどよ、今回ので確信した」


そういうことは、たしかに何度かあった。

同じ拳、あるいは蹴りでも、敵がぽぉんと吹っ飛ぶこともあれば、単純な打撃だけで終わることもあった。


こっちの感覚的には同じ威力のはずなのに、結果がまったく違う。

どういうことだろうって、薄々疑問には思ってたけど――


「武器を横に振る、その動きひとつ取ってもそうだ。オレじゃあんな速度は出ねえ。だけど、あのハナミガワって奴の動きを真似たら、とんでもない力が出た。つまり……あー……」

「ダンジョン内限定で、力が乗る動作がある?」

「だと、思う」


ちょっと信じられなかった。


「ダンジョンの中と外で、そんなに違うものなの?」

「違う、よ……」

「おお、専門家」

「えへ……」

「いや、くねくねしてないで教えてよ」

「そーだぞー、オレら三人、生きるも死ぬも一緒だろ」

「うふふふふふぇ……うえへぇへえ……ッ」

「あ、ライラの心の何かにクリティカルヒットした」

「それ、オレらのせいか?」

「それだよぉ……」

「なにが?」

「くりてぃかるぅ……!」


両頬に手を当ててくねくねしているライラを落ち着かせて説明を聞くのに苦労した。

けど、どうやら本当に「ダンジョン内に満ちる魔力を味方につける動作」があるらしい。


ライラからすれば一目瞭然。

ぼくらも魔法使いになったのかと思っていたとのこと。


「オレ、正式な流派の動きとかわかんねえぞ」

「ぼくだってそうだよ」

「どっかに弟子入りとかしなきゃ駄目か?」

「燃やす……?」

「なに燃やすつもりだよ」

「待った、ライラ、それどういう意味で言ってる?」

「えと、湯気みたい、だから」

「湯気……」

「たぶん、見えたほうがいいん、だよね……?」

「ごめん、ちょっと意味が――」


わからない、と言いかけて、思い至った。

ライラが使う炎の魔術は、「赤色の透明な川が流れる」みたいな様子だった。

あの流れが、ひょっとして魔力の流れ、なのかな?


「えーと……」


だから、炎の魔術をいままで以上に使い、いままで以上によくよく見れば、動作を知る助けになる。

なんにも手がかりがないままなら無理だけど、この蒸し風呂みたいに空気に変化をつけてわかりやすくすれば、ひょっとしたら可能かも――


「ん……っ!」


ぼくの言葉に対して、ライラは元気よく頷いた。

けど、少し疑問に思うこともある。


「それだったら光球の魔術でも、似たような効果にはならない?」


要は魔術を使う様子によって、ダンジョン内の魔力を確かめようって話だ。

なら、炎じゃなくて光の方がいい。


「けど……それ、燃えないよ……?」

「ごめん、ぼくもエマも、炎の中では動けない」

「えと、えと……」


どこかすがるようにライラは言った。


「でも、炎、強いし……」

「ライラ――」


エマは据わった目をしていた。


「お前だって、あのハナミガワをぶっ殺したいよな?」

「えふぉ……」

「それはエマだけ」

「はあ?! なんでだよ!」

「だってぼくら、彼女から得たメリットの方が大きいよ?」

「オレが負けたままで良いって言うのかよ!」

「じゃあ、燃やす……?」

「それでライラが勝っても仕方ねえだろ! オレが勝つの! そんで、すげえ、かっこいい、素敵、って言われるのッ!」

「欲望がダダ漏れだ」

「やだ……」


ライラが泣きそうな顔でエマにすがっていた。


「お、なんだよ、なにが駄目だよ」

「あたしたちじゃなくて……あの人と、燃えないで……?」

「どういうこったよ」

「燃えるのなら、みんなで……ッ!」


ぼくら三人が一緒に燃えるのはいい。

ハナミガワだけを燃やすのもいい。

だけど、ハナミガワとエマを一緒に燃やすのは嫌ってことらしい。


「ライラ、なんかお前の中で、燃やすって別の意味になってね?」

「やだあ、あたしも一緒に燃えるぅ……っ!」

「のぼせすぎ、ちょっと外に出よう、エマ、そっち持って」

「了解」

「うー……ッ」

「泣くなって、なんかオレが変なことしようとしてるみてえじゃねえか」

「エマ、もてるね」

「たぶん、お前相手にも似たようなことになるぞ、コイツ」

「はっは、まさかあ」


なぜかライラに強く腕を握られてた。

爪跡が残るくらい強く。


きっと僕の意見に賛成してくたんだと思う。


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