13.価値

たしかに斬った、と思えた。

血しぶきですらも見えた気がした。


ハナミガワの剣は、それを確信させるものだった。

切っ先は、当たり前のように岩肌の地面ですら切断している。


「ふむ、ふむ」


上半身を折りたたむ、剣を振り切った動作から身体を起こし、


「その位置取り、最初から狙ったな?」


剣を鞘へと戻しながらハナミガワは言った。


「言葉にて一撃で決めるかのように小生に思わせ、また、それに足る一撃を行なった。しかし、本命はこちらであった」


無表情だけれど、どこか満足そうに。


「すべては下準備でしかなかった、真に三人の命を乗せた一撃だった」


エマは、膝をついていた。

気にした様子もなく、ハナミガワは続ける。


「その策、その周到は悪くない、また、最後であっても手を開いて小生の剣を受け止めようとしたな? 少しでも受け止め、残る二人が攻撃できるよう誘導した。その諦めぬ生き汚さも好ましい。だが――」


エマは、ただ悔しそうに睨み上げていた。

どこにも傷はついていない、けれど、剣士として直感してしまっていた。


今、確かに「斬られた」のだと。

身体にそう誤認させるに足る一閃だった。


「まだ、足りぬ。頼れる武具も欠いている。意気と策だけでは埋められぬ」

「クソ……」

「あの」


まだ声すら出すのに不自由しているエマに代わり。


「ありがとうございました」


お礼を言っておいた。


「否、小生も楽しめた、礼には及ばぬ」

「礼とか、言うな、この――」

「エマもこうして感謝してます」

「珍しい文化だ」


ツンデレってやつだ。

じいちゃんが言っていた言葉を思い返す。

言っても伝わらないから口にはしないけど。


ライラはエマの背中を撫でている。


「最後にひとつ伝えよう」

「はい」

「そなた等はまだ第二階層に到達したとみなされていない」

「え」

「この第二階層にて、地上へと戻る通路を見つけることで、ようやく真に到達したとなる。それまでは第一階層を根城とする初心者でしかない」

「うっわ……それ……」

「気づいたか、これは相当に意地が悪い策略だ」


ノルマ達成は変わらない。

第一階層を廻る必要がある。


だけど、第二階層に到達するためには、ここを探索する必要がある。


「ここの管理者たちは、叶うならば小生たちに第二階層に至って欲しくはないのだ」


きっと、通路がどこにあるのかを言うことはできない。

下手にそれを口にすればペナルティが課されると、言われずとも理解できた。


代わりに、伝えてくれている。

これが、相当に「意地の悪い」ものであると。


「精進せよ、小生より言える助言はこれに尽きる……」


何度かまばたきを繰り返し、


「……蚯蚓の舌24個ぶんの価値は、これであっただろうか?」


そんなことを自信なさそうにハナミガワは言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る