12.模擬戦(決死)

口だけの怪物が倒れ伏す横で、二人は構えた。

素人判断だけれど、それだけで確実な差が見て取れた。


自然に、力み無く、ただ鋭さを感じさせるハナミガワに対して、エマのそれは不自然に背中を曲げ、全身に力を入れ、荒々しかった。


「……」


駄目だ、とわかった。

エマの構えは第一階層の、ぐねぐねと狭い洞窟内ですぐさま敵を攻撃するためのものだ。

全身をたわませて、すぐさま動き、場合によっては壁や天井ですらも足場とするための戦い方だ。

第二階層みたいに、広々と自由に動ける環境でのものじゃない。


勝てないのはもちろん、ただ一方的に敗れる。

あるいは手足の一本くらいは落ちてしまう、最悪の場合は死亡する。


エマが勝てるかもしれない可能性があるなら、エマがそういう敗北をするかもしれないって可能性もある。

どうなるかなんて、わかったものじゃない。

戦いに絶対なんてものはない。


「エマ」


だから、力んで集中し、返事もよこさない彼女に向け。


「君がひどい負け方をして死んだりしたら、ぼくはライラを殺してから自殺するから」


そう伝えた。


「!?」

「ふえ……?」

「三人で自由になると言った。命だって一蓮托生だ」


本気だった。

少なくとも、その程度の覚悟は乗せるべきだ。


「あ、ライラ、勝手に巻き込んでゴメン。撤回するつもりはないから、離れるなら今の内だよ?」

「んー……」


少し悩んだ様子を見せたけど、小首を傾げ、彼女は笑った。


「……どうせなら、あたしと一緒に燃えよ……?」

「それなら良いの?」

「ふへ、三人で、燃えて、終わる……えへへ……」

「ねえ、それをすごいハッピーエンドみたいに幸せそうに言うのは怖い」

「はッ――」


エマから吐息のような、笑いのような音が漏れ、その全身から無駄な力が抜かれた。

硬さが抜けて、俊敏を得る。


「ふむ……」

「どうした、オレが羨ましいか?」

「たしかに、小生には無いものだ」

「だからどうしたってツラだな」

「情などいらぬ、剣を重くする」

「同感だ」

「ふむ?」

「オレが負ければ二人が死ぬのは、言うまでもない当然だ、オレはそう受け取った!」

「ならば、叩き斬ってみせよう、三人の命であっても変わらずに」

「は……」


槍の切っ先が、動いた。


そう思えた次の瞬間にはエマは動いた。

槍の王道である突きじゃなかった。


柄の端を握り、横に振った。

それは――つい先ほどハナミガワが怪物を倒した動きだった。

ぼくからすればほとんど見えていなかった動きを、エマは正確に捉え、己のものとした。


短槍とはいえ剣よりも長いそれで、ハナミガワが行なったような一撃を放ち。


「見事」


当たり前のように、防がれた。

放たれた反撃を、ハナミガワは斬った。

木製部分ではなく、鉄製の穂先を切断し、甲高い音を響かせた。


銀色が宙を舞う。

エマは槍を失った。


けれど、ハナミガワの剣は止まらない、翻って振り下ろされる。

今度こそエマを斬るために。

その顔は戦いの喜びに縁取られ、殺傷へのためらいは微塵もない。


瞬間、短剣を投じるべきだ、と思った。

実際に指も動いていた。


ハナミガワは三人の命を斬ると言った。

なら、その剣に対抗するべきだ。自身の命を守るためにそうすべきだと、そんな理屈が脳裏をよぎった。


すぐに、潰す。

たかが槍の穂先が斬られたくらいで、何を考えている。

その程度で信頼を揺るがすな。


彼女は、まだ諦めていない。


「ほらよッ」


エマは、蹴った。

振り切った動きをそのままに続けたそれは、事前に計画していなければできないものだった。


地面近くにあったもの。

口だけの怪物の、その上半身を蹴った。


両手をばたつかせ、白目を剥きながらそれは跳ぶ。


攻撃じゃなかった、ただ浮遊させたただけだった。

当たったところでダメージにはならない、ゆるりとハナミガワに向けて放物線を描く。


「む――」


ハナミガワは攻撃の動きを止め、後ろに下がってやり過ごす。

当然の警戒、当然の反応。

その顔には、疑問が浮かんだ。


攻撃じゃないなら、一体なにかと。


答えは、単純だった。

エマは「視界を悪く」した。


エマの全身に、荒々しい力が漲り、すぐさま跳ねた。

第二階層のここで、第一階層のような戦いを相手に強制した。


怪物の身体をブラインドにした、突進。

敵の足は止まり、こちらは動いている、力を乗せた一撃を加えることができる状況。


「――ッ!」


ものも言わず、全身全霊の突きを放つ。

半端に欠けた槍が轟音を伴い直進する。


それは、怪物の身体を貫きながら、そのままハナミガワへと到達――


「ふむ、悪くない」


することはなかった。


虚を突いた一撃を、剣が止めた。

怪物を通って抜いた攻撃は、ハナミガワが拝むように立てた剣に受け止められていた。


剣が槍の鉄を割る。

そのまま、再びのように鉄を裂き、柄を突き進み、怪物すらも縦に切断し――


「シャァッ!!」


気合の声と共に、エマを斬った。

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