11.戦闘狂
呆然としばらくしていた。
岩肌の地面には、切断された死体がある。
ただの人間の死骸と違うのは、その切断面の大半が口であること。
流れているのが赤い血であることが、なおさら嫌だ。
「ひとつ、いいですか」
「なんだ」
ハナミガワは何かをメモしていた。
その死骸の様子を観察しながら書き込んでる。
たまに懐中時計らしきものを確認していた。
それが一体なんなのかを知りたい、だけど、それよりも――
「この階層に現れる怪物は、人なんですか?」
「人そのものではないが、そうだ、人の形をした怪物が多く現れる」
「うわ……」
ぼくはもちろん、エマも嫌そうな顔をした。
ライラは倒れた怪物を燃やしたそうに指をくわえてた。
「気づいたか」
「はい、ここでは他の人間を見かけても、それが本当に人間かどうかわからないんですね」
「その通り」
少しだけ、この人がぼくたちをわざわざ第二階層まで案内した理由がわかった気がした。
現れる人間が、敵か味方かわからないからこそ、積極的に「知っている味方」を増やした。
仮にハナミガワが戦ってる最中にぼくらが後ろに姿を見せても、「とりあえず叩き斬ってから考えよう」という選択を取らずに済む。
それは、彼女自身の生存率を高くする。
「このように、近くに人が出現すれば、おおよそ怪物だ、先制攻撃が推奨されている」
「……会話ができる怪物はいますか?」
「ふむ」
はじめて、表情が変わった。
朴訥とした無表情が歪む。
「いる」
嬉しそうだった。
戦意に口元が形作られた。
「そうした対話可能な怪物は、例外なく強敵だ、全力を出すに足る敵手だ」
「それは――」
「ああ、怪物ではなく人間であったのかもしれない。だが、それがどうした?」
この人は、戦闘狂だった。
戦えれば嬉しいタイプの人間だ。
「この第二階層は、そのような場所だ。第一階層と違い、人のような怪物が敵だ」
「……ありがとうございます」
「ふむ?」
「たしかに、言われただけでは納得できません。ここに来た途端、ぼくたちはきっと最初の遭遇で負けていました」
情報だけでは油断する。
というより、実際にしていた。
ここでは敵が出現する。
その敵は人間の姿をしている。
たったこれだけを知ったところで、油断を避けるのは難しい。
「気にすることはない」
ハナミガワはごく平坦に続けた。
「小生としても、後輩が死なぬ方が喜ばしい」
「そうですか、ぼくとしても――」
「あのっ!」
いい先輩ができて嬉しいです、みたいな言葉は遮られた。
「お願いします、どうか、オ、オレと模擬戦を、してくれませんか」
「ふむ」
「オレは、強くなりたいんです」
エマが、強い目で頭を下げた。
「エマ、それはさすがに……」
「いいだろう」
「え」
「ただ、未熟者ゆえ手加減ができぬ」
あ、やばい。
戦闘狂の前に戦闘の機会を転がした。
「小生が斬られても恨まぬが、そちらが斬られても恨んでくれるな」
「是非、お願いします」
「エマ!?」
「や、やめよ……それダメ、ね……?」
ぼくらの言葉は届かなかった。
「こんな機会、次はねえ」
エマは視線をそらさず、ただ槍を構えた。
「三人で自由になる、お前はそう言ったな」
「う、うん」
「だったらオレは、お前らを守れるくらい強くなる、お前らの自由をオレが守る」
「エマ、それは――」
「良い」
それを、その言葉を。
「とても良き言葉だ」
むしろ、忌々しいことのように、吐き出すようにハナミガワは言った。
「だが、内実が伴わなければ、呪いとなる」
まだしもあった余裕のようなものが、稽古をつけてやるという雰囲気が消え失せた。
「その傲慢、祓ってくれよう、先達として」
「やれんなら、やってみろ……!」
戦いは、止められそうになかった。
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