10.ハナミガワ

この都市におけるダンジョンは階層構造になっている。

ただし、縦ではなく横に。


第一階層と第二階層を隔てるものは階段じゃなくて扉だった。

巨大な両開きの扉を開いて次へと向かう。


詳しくは知らないけど、ある程度の条件をクリアしないと、この扉は開かないらしい。

ぼくらは、少し苦労して開くことができた。


そう、どう考えてもぼくらにとって良すぎる条件で、怪しまなきゃいけない取引だったけど、受け入れることにした。

取引に応じた。


案内を買って出てくれた人――ハナミガワって名前の彼女が、そんな悪い人には見えなかったというのが一つ。


「ふむ――」


もう一つは、この人が強いからだった。

ぼくらが少し苦労して開いた扉を、ちょんと指で押すだけで開いた。


想像しているよりもずっと強い。

仮に悪人だとしたら、目をつけられた段階で終わりだ。


不確かであっても善意に賭けるしかなかった。


「ハナミガワさんは、この第二階層には、普段はどう来るんですか?」

「都市から来ることができる」

「都市から……」


見上げたそこは、ここが地下だとは信じられないくらい高かった。

第一階層の狭さとは正反対だ。


ただし、遠くの方はよく見えなかった。

ぼやけて霞んで、何があるのかわからなくなる。


「この洞窟迷宮は横へと広がる、当然、都市よりここへと来れる経路もある」

「なるほど」


このダンジョンは、それだけの広さがあった。

ぼくらが戦っていた第一階層は、外縁部みたいなところだった。


「第二階層とは、もっとも多くが死に至る場所だ」

「それだけ危険ということですか」

「うむ」


見たところは、本当にただ広いばかりの光景だ。

ところどころに支えるみたいに岩の柱があるけれど、それらを別にすればちょっとした郊外のような雰囲気すらあった。

洞窟の上の方には、うっすらとした雲さえ見える。


ぼくはもちろん、エマもこの突然の広さに不審そうにしていた。


「……こんな見晴らしのいいところ、奇襲すらされねえだろ」

「良い着眼点だ。だが、足りない」

「なにがだよ」

「……う……」

「そちらは、気づいたようだな」


ライラは、杖を強く抱きしめ、周囲をせわしなくキョロキョロと見ていた。


「待ち伏せ……されてる……」

「はあ?」

「その通りだ」

「はあ!?」

「どういうことです?」


忙しく驚くエマをなだめながら聞いた。


「第一階層の蚯蚓どもは、どこから来る?」

「え」


触手ミミズたち?

そんなこと、考えたこともなかったけど――


「生息する場所というか拠点が、どっかにあるんじゃないですか?」

「かもしれぬ、だが、先達がどれほど探したところで見つかることはなかった。第一階層の隅々まで地図に書き起こし、調査をしたが、痕跡すらありはしなかったのだ」

「それは――」


言われてみればおかしい話ではあった。

ぼくらはかなり遠慮なしに狩っていた、にも関わらず毎日のように同じ量のミミズが湧いた。


「怪物どもは現れるのだ。前触れもなく、前兆もなく、不意にそこにいる、それが洞窟迷宮における怪物だ」

「え」

「だから、その戦士が言った通りここには何もなく、そして、そのまじない士が言った通り、ここは敵の棲家そのものだ」


どう言えばいいのかわからないぼくらに向け、ハナミガワは変わらない無表情で言った。


「油断をするな、常に襲われるものだと思え。それが、この第二階層における鉄則だ」



 + + +



正直に言えば、そう教えられてもピンとは来なかった。

たしかに触手ミミズは毎日大量に来ていた、それらがまっとうな生き物じゃなくて、まるで発生したように表れたものだと言われても納得できる。


だけど、現実感がない。


だって、ぼくらは最初は八人だった、それが三人に減ったのはあのミミズに殺されたからだ。

敵が幻みたいなものだなんて、受け入れがたい。


「広い、なあ……」


ましてここは、見える果てすらないくらい見晴らしがよかった。

前後左右はもちろん、上から襲われたって対処ができる。


歩いていても、まったくなにも変化は起きなかった。

意識がどれだけ警戒を呼びかけても、身体はここが平和だと訴える。


「眠ぅ」

「エマ、だらけすぎ」

「うぅ……」

「ライラは怖がりすぎ」

「けどよぉ、マジでなにも変化ないぜ?」


ハナミガワは横並びに黙ってついて来ていた。

その表情は変わらず朴訥としてる。


「最初、ぼくらは待ち伏せされて襲撃された」

「うん?」

「油断したら負ける、それは変わっていない」

「あー」


エマは苦虫を百匹以上飲み込んだみたいな顔をした。


「もう、油断なんかしねえよ、もう二度とあんな思いはゴメンだ」

「うん」

「知ってるやつだった」

「え?」

「最初の襲撃のとき、オレの横でくたばった奴、知り合いだった」


まるで懺悔みたいに硬い声だった。


「オレは――なにもできなかった、ただ怖くてブルって震えて、逃げ出した。いや、あの時にお前の声がなければ逃げれたかどうかすら怪しい。オレは……オレはもうゴメンだ。肝心なときに何にも出来ねえ奴になりたくねえ」

「……ん」

「ライラ、撫でんな、慰めんな!」

「さ」

「お前はお前でなに両手ひろげてんだよ!?」

「エマを抱きしめてあげなきゃ、って思ったから?」

「そんなんだからママ呼ばわりされんだぞ、お前」

「言ってるの、エマとライラだけだよ」

「つまり、この班だと三人中二人に言われてんだ、多数決じゃ勝ちだな」

「かちだな」

「ん?」


気づけば、いた。

ぼくらの目の前に。

ただの人のように見えた。


年代はぼくらと同じくらい、ごく普通の服装、たぶん市民階級の子供、戦闘装備はなにもない。

平凡な、どこにでもいるような子供。

街ですれ違ってもすぐに忘れてしまうような特徴のなさ。ニコニコと笑っている。


ただ、場所だけが違った。

こんな人がいた様子は、微塵もなかった。まったく気付けなかった。


ぼくらの警戒をくぐり抜けて、当たり前のような顔でそこにいた人は――


「かちだな」


笑ったまま、言った。

笑顔を変えずに――唇を動かさずに。


「かちだな、かちだな、かちだな、かちだな、かちだな――?」


声は、大きくなる。

一言繰り返すほどに、さらに大きく、さらに盛大に。

けれど、その口は変わらず笑顔のままで、ぴくりとも動いていない。

音量ばかりがボルテージを上げる。


「 か ち だ な ッ ! 」


呆然としていたぼくとエマと違い、ライラだけは血相を変えて胸元から木の根と髪の毛を絡ませたものを掲げ、


「厭わしき地下に一時のボズの加護を……!」


素材を消費し、岩壁の呪文を展開した。

以前よりも熟達しすぐさま生成されたけど、それよりも「口を開く」方が早かった。


笑顔のままの口、その下、当たり前のように立ってた人の、身体を中心を横に裂くように開いた。

上半身を下半身を分かつように、折り曲げるようにして、口が、あった。


その真っ赤な口蓋には乱杭歯が敷き詰められ、唾をヌメらせる。

開いた反動を利用し、


「KAァ――ッッ!!!」


跳んだ。

生成されつつある壁を飛び越え、巨大な牙の群れが襲いかかった。


「――ッ!」

「このッ!」


エマが槍を構え、ぼくが腰を捻って蹴りつけてやろうとするより先に。


「ふむ――」


何もかもが終わった。

剣を振り切った体勢で、ハナミガワが向こう側にいた。

斬撃の痕跡みたいなものが見えた、気がした。


その剣は、


「ち……?」


限界まで広がった口を、


「だなあ!!!?!??」


横一線にたたき斬っていた。

腰に生成された口が最後まで切り裂かれ、地響きと共に倒れ伏した。


「こういうことだ」


まだ呆然とするぼくらと違い、ハナミガワは当たり前のように続ける。


「第二階層での油断は、そのまま死につながる」


ただの市民に見えたその人は、地面に倒れ伏した。

その目には、莫大な恨みと悔しさが凝縮されていた。


人の姿をした、怪物だった。

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