7.決意
その後はこっそりと、けど手際よく触手ミミズの死体をダンジョンの奥側へと引きずり込んだ。
先輩方が倒したものを、こちら側へと運び、そこでゆっくりと舌を切り取る。
討伐の証だった。
先輩方が苦労した成果を、ちょっとばかり横取りする。
彼らの成果をぼくらのものにする。
全部は無理だけど、それなりの数を手に入れた。
気づいたのか罵詈雑言が聞こえるけど、まあ、気にしない。
ただの負け犬の遠吠えだ。
そう、ここはとても狭いダンジョンで、彼ら先輩方は体格が良かった。
その上、ちゃんとした装備なんてしていれば、とてもじゃないけどダンジョン奥へと来ることなんてできない。
移動するだけで、ミッチリと詰まってしまう。
皮肉な話だけど、ぼくらにとっての安全な場所は、このダンジョンだった。
先輩方は強い、それこそあれだけの数の触手ミミズの群れをものともしないくらい。
だけど同時に、大人みたいな体格に装備をしているくらい強いからこそ、このダンジョンに潜ることができなかった。
そうして、ぼくらは「安全な場所」で作業を続ける。
もちろん、できるだけ顔や姿を出さないようにしながら。
ダンジョン側が暗く、入り口付近が明るいからこそ、こっちの姿は向こうからはよく見えない。
外に出た後で復讐される恐れも少ない。
悔しさの意思表示としての罵倒を言うくらいしか、彼らにはできない。
「ぷ、ぷぷ――」
「さあ、もう別の出口から出よう」
笑いを堪えきれていないエマの背中を押した。
「お仕事、おつかれさまでした……」
こんな時に限って真面目にコソっと言うライラの言葉に、今度こそエマは耐えきれずに爆笑し出した。
案外、笑い上戸なのかもしれない。
ぼくとライラで引きずるように、ヒーヒーと腹を抱えて笑うエマと一緒に移動した。
ちなみに――得た舌の大半は、その別の出口の付近に放置した。
きっと困った級友たちが勝手に取って行く。
そうやって、ぼくらが今日に限って大量の成果を得た班だ、って状況を回避した。
ぼくらはあくまでも、ちょっとだけ優秀な班であり、先輩に大量のミミズをぶつけて、成果を掠め取って大爆笑するような者たちではないのである。
「もったいねえなあ」
「仕方ないって、外で敵を作るよりはマシ」
「ん……そっか……駄目だね……」
「オレらが派手に装備とか良くなったらバレるっていうのはわかるけどよ、ノルマ達成とかに使ってもよかったんじゃねえか?」
「それこそ駄目だよ」
「なんで?」
「あの監督官は奴隷だ。情報提供を求められたら従っちゃう」
「ああ、そういうのもあるか」
「あと、ぼくらが魔術を使って上手いことやってるのをバラしたの、きっとあの監督官だし」
「は……?」
意外な顔をされたことの方が意外だった。
「監督官以外から情報が漏れることなんて無い、ぼくらは他の人たちとあんまり交流していないし、杖を手に入れたギルドから情報が伝わったとも考えられない。噂が伝わる経路は、彼からしか無い」
「うっわ、あのヤロウ……」
「……」
二人は嫌な顔をするけど、仕方がない部分があるんだとは思う。
というか、こういう他と交流のない密閉した場所では、他を蹴落としたがる奴が絶対に出る。
優秀な奴としての地位を築くのは大変だけど、自分よりも下の奴を貶めて破滅させるのは、とても楽な作業だからだ。
たいていの小狡い悪人は、苦労なしのメリットを得たがる。
「信用できる人は限られている」
ぼくは、エマとライラに向けて言った。
「なんせ、無理やり連れてこられて命がけで戦えって言われてる、誰だって嫌に決まってる、なんとか抜け出そうとする、それこそ他を騙して罠にはめても」
あの監督官がやろうとしたのは、それだ。
ぼくらがどれだけ怪物を倒しても、得られるメリットはない。
ぼくらという情報を売って利益を出したほうが得だった。
ある意味では当たり前のことだ。
だけど、その当たり前に従わなきゃいけない理由なんてない。
「ぼくは二人を裏切らない」
「お」
「……ふへ?」
意外なことを言われた風のエマと、きょとんとしたライラの目をまっすぐに見る。
「二人はぼくをどれだけ裏切っても構わない、だけど、ぼくから二人を裏切ることはない。最後まで二人の仲間でいる」
「な、なんだよ、それ」
「え……」
「ただの宣誓だよ、ぼくがこうするって宣言だ」
ダンジョン入口近くに設置されたぼくらの部屋は暗かった。
外は遠い、危険は近い、出される料理は相変わらず不味い、だけど、それでも意思を示すくらいのことはできた。
耳鳴りがするくらい静かな、風の音すら届かない場所で、ぼくは、ただ言葉を伝える。
「三人で、外に出よう」
それは、誰よりもぼくがぼく自身に向けて言ったものだった。
「三人で、自由になるんだ」
もう二度と、決して縄で束縛されないと。
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