6.反撃

ダンジョン内で死体を見る機会はあんまりない。

それは、触手ミミズが定期的に巡回し、放置されてる死体を回収するからだ。


視界の代わりに触覚や嗅覚を発達させた奴らは、血の匂いにも敏感だ。

どんなに遠くからでも引き寄せられる。


「いてー」


だからぼくは、手首あたりを軽く斬り、血を垂らしながら誘導した。

ミミズ共を。


すでにエマとライラには、倒した触手ミミズを引きずってもらっている。

本来、そういう力仕事はぼくがすべきなんだろうけど、危険度でいえばこっちの方が高かった。


知っている道を大回りに移動する。

できるかぎり多く引きつける。


それは、どうやら上手く行った。

ぽつ、ぽつ、と垂れ続ける血に向けて、近づく気配があった。


身体を縮こまらせ、ズルズル移動する音がする。

徐々に徐々に、数は増え、距離は縮まる。

まだ遠いけど、その内に接敵する。


「ライラの使える魔術は、初級火炎魔術と、岩壁の呪文、光球呪文……」


ぼくは、ほく自身を落ち着かせるためにも呟き、目的地へ向かった。


よく使っているのは火炎呪文で、光球もそれに次いで使用されている。

岩壁の呪文はほぼ使い所がない。


薄い岩壁を作り出すそれは、戦闘の役にはあまり立たないからだ。

しかし、今は何よりもそれが重要だった。


音がする、ニオイがする、気配がする。

ミミズたちの出すそれらは本当なら簡単にはわからないものだけど、今はもう馬鹿でもわかる。


数が違う、規模が違う、牙の生えた口からヨダレを垂らす様子ですら、もう間近にある。

暗闇で距離感がよくわからないけど、意識としては本当に目と鼻の先にあってもおかしくない。


ギッ、と音がした。

それは、敵が伸ばした舌が岩肌をこすった様子だった。


ゾッとするほど近かった。

勘違いや錯覚なんかじゃない、本当にすぐ傍にまで来ている。


垂らし続けている血、その指の付近に確かめようとする熱を感じた。


「ッ!」


踵を返し、声も上げずに走り出す。

もうおびき寄せとか言ってる段階じゃなかった。


ぼくという「獲物」が逃げたことに気づいて、触手ミミズが甲高い、牙と舌とを擦る奇声を上げた。


ぼくは走っている。

足音を出している。

たった一人分の足音を。

複数人じゃないこともバレた。


興奮の雄叫びが背中で唱和した。

反射的に下げた空間を伸びた舌が通り過ぎる。


「やろうって言い出したのは、ぼくだけど――」


涙目になりながらも。


「ちょっとこれ、危険すぎたかなあ!」


思わず弱音と愚痴をこぼした。


同時に、手にしたナイフを背後に投げた。

手首の血といっしょに投擲されたそれは突き刺さり、触手ミミズの血を新しく作り出した。


きっと致命傷だ。

その反撃は、けど、むしろ敵の熱狂を加速させた。


増えた血のニオイが狂乱を引き起こした。


復讐を意味する咆哮を上げながら、雪崩のように突っ込んでくる。

普段であれば近寄らないような、ダンジョンの出入り口付近にまで。


「おお、やっと来――は、おま、それ!?」


気楽に上げたエマの手は、ワナワナと指差す動作に変わった。

ぼくの背後には、きっとそれだけの威容がある。


「文句は後で! ライラ、呪文ッ!」

「ひえ、えと……た、ただ一時、この厭わしき地下にボズの加護を……!」


岩壁の呪文が紡がれる。

最初はゆるやかに、だけど徐々に速度を上げながら壁が立ち上る。

ギロチンの逆バージョン、刃はついてないけど挟まれたらひどいことになるそれを、ぼくは飛び込むようにして通過した。


「どっせぇ!」


同士にエマが持っていた触手ミミズの死体を投げつけた。

ぼくと交代するみたいに出口へと――待ち伏せしている連中がいる方へと転がった。


ごろんごろんとミミズは転がる。


期待した通り、あるいは、望んだ通り――突進する触手ミミズの群れはそちらへと誘導された。

彼らの視界はあまり機能していない、ただ、濃い血がある方向だけはわかるし、岩壁で閉ざされたこちらは「風が通ってないし血のニオイもしていない」地点であることもわかる。


触手ミミズたちは、待ち伏せ連中の方へと向かった。

地響きのような殺到が逸れて、驚きと戦闘の音が壁向こうで発生した。


「……や、やばかったなあ……」

「なあ、お前、もっと余裕もってできねえの……?」

「ダンジョンに、そんな贅沢は無いよ」

「はわあ……よ、よかった、成功して……」


そう、ぼくがやろうとしたことは単純だ。

怪物たちを引き付けて、カツアゲしている連中へとぶつける。


触手ミミズは血のニオイに惹かれるから、それを利用して引き連れて、最後の最後で方向を変えさせる。

岩壁の呪文で道を閉鎖しながら、「より強い血のニオイがある方向」へと誘導する。

そこには、体格も装備もいい連中が待ち構えている。


敵に敵をぶつける、そういう単純な作戦だった。


「まあ、結果的にうまく行って良かったよ」

「あー、なんか向こう、まだ戦ってんな?」

「がんば」

「張本人がひでえ」

「笑いながら言われても?」

「お前もな」

「けど……ほんと、ほんとに……危なかった……」

「あ、たしかにタイミング的にやばかったね」

「そうじゃ、なくて……」


ライラは杖にすがるようにしながら、どこか困ったように。


「あれだけの数の触手ミミズに突進されたら……この岩壁だと、きっと持たない……」

「え゛」

「あ、マジだ、これ硬そうに見えたけど、実はハリボテじゃね」


ぼくは恐る恐るその岩壁に触れてみる。

名前としてはとても硬そうな呪文名だったのに、実際に触ってみたらそれはとても軽くて脆かった。

見た目だけは本当に岩の壁だけど、槍で二回か三回くらい突いたら壊れそうだ。


「……ひょっとして、思ってた以上にぼくら危険だった?」

「いくらなんでも引き連れすぎだっての」

「量のコントロールとかできないよ!?」

「いい悲鳴が、聞こえる……うふ、ふふふ……良い……」

「ライラは喜びすぎ、というか、音が漏れて聞こえるくらいの薄さだってことに、早く気づくべきだったな、これ」


ミミズの群れと先輩たちとの戦闘は、しばらく続いた。


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