3.魔術

扉をしめてしばらく歩いた後、どっと疲れたようにエマが肩を縮こまらせた。


「こええぇ」

「うん……」

「お前、よくあんな平気なツラできたな」

「そんなに怖かった?」

「普通にやばいって」

「しゃべれない、あんなの……」


エマとライラの二人には褒められたけど、割とよくあることだと思う。


「ああいうのは、よく相手してたし」

「聞いていいかわかんないけどよ、お前って何やってたんだ?」

「ただの農民、だけど、よく交渉事には駆り出されてた」

「へぇ」

「そういうエマとライラは?」

「オレは普通の家、奴隷商人にとっ捕まって放り込まれた」


なんとなく、ガキ大将ポジションにいるエマの姿が思い浮かんだ。


「あたしは、魔女さんの家にいた……」

「うん?」


その言葉は、聞き逃がせなかった。


「ライラ」

「なに……?」

「魔女ってことは、ひょっとして、魔術使える?」

「使える……けど、今は使えないよ……?」

「どうすれば使える? なにが必要?」

「あの、ちょっと、近い……こわい……」

「お、おい?」

「エマ、どうしてそんなに冷静なの!? 魔術なんだよ!」

「お前こそどうしたんだよ、落ち着けよ!」

「あの……今は、無理……」


そんなに世の中は甘く無いらしい。

魔術には、それなりの触媒と装備が必要だった。

簡単に呪文一つだけでは使用できない。


冷静になった後で、ようやくそう聞いた。


触媒については下級魔術なら割と手に入る。

問題は装備だ。魔術を使うための必須品――すなわち、


「杖、かぁ」

「うん……」

「それがないと使えない?」

「あたし、未熟だし……」

「魔術って、そういうもんなのか」


エマは興味なさそうだ。

ライラの肩をつかんでいるぼくとは対照的だ。


「というか、なんか必死だけどよ、そんなに魔術って欲しいか?」

「当然」

「マジで? なんかわかんねえもんだし、他に使ってるやつもいねえからイマイチわかんねんだけど」


魔術に対する扱いは、そういうものだ。

実際、下手な魔術はダンジョン内では使うことはできない。

爆発系の魔術行使なんてもっての他だし、大半の射出系も視界が通っていないから意味がない。けど――


「エマ」

「なんだよ」

「一度に五匹の触手ミミズを倒せる手段があったら、欲しくない?」

「そりゃ、欲しい」

「魔術はそういうもの、しかもほとんどノーコスト、完全に使い得だ」

「へえ」

「その上、僕らが持ってた松明の代わりに、発光呪文で周囲を照らすこともできる」

「まじか」

「あの、そんなに気軽には……使ったりできない……」

「しかも、ライラが寝て起きたらまた使える、そういう便利すぎるものが、魔術だ」

「おお!」

「え、え……」

「ライラ」

「な、なに……?」

「杖を買いに行こう」


断れる雰囲気でなくなったことに、ようやく気づいたみたいだった。

ぼくらは今日獲得した報酬すべてを使って、粗末で簡易的な魔法の杖を手に入れた。


ギルド窓口のおっちゃんは、お前ら正気か? という顔で見ていたけど、黙って取引には応じてくれた。

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