第7話:楽譜との出会い

「そこの少年、素敵な歌の披露じゃないか」


 アコースティックギタ―一本の伴奏で、彼の素晴らしい歌を披露していた時、聴衆の中から一人のおじさんの声で仁は呼ばれ出したのだった。


 路上ライブを初めてから数日経っていた。一日の内で仁の収入は多い時で十五万円、少なくとも五万円以上を稼いでいったのだ。どの歌も、仁はその場から即興で作ったものばかりだった。


「褒めてくれてありがとうございます」という仁ではお礼を忘れなかった。「良ければご感想を下さい」


「この曲には、君が即興して作ったと説明していたよね、その日限りの歌なのかい?」


「いいえ、俺では一度その場から作った歌を何時までも忘れず覚えておけるんです」


「それはすごい能力だ」といった感心するおじさんの態度に、仁は照れくさくて仕方なかった。


「その曲は、君にしか知らないんだね」


「そう言うことになりますね」仁は言った。「俺一人が知っている曲ですから」


「君の作った曲を、他の人へ演奏させることができるんじゃないか?」


「確かに俺ではいずれ将来バンドメンバーを作りたい気持ちです」仁は言った。「今は一人で活動中の身だけど、夢はデカく持ちたいと望んで思っています」


「君の作る即興曲を、どうやって他の人へ伝えるんだ?」おじさんは言った。「譜面を書いて、渡してあげるつもりなのかい?」


「生憎、生活が貧しい俺には譜面が書けません」


「だったら君、これを見たまえ」というおじさんは懐から楽譜を取り出すと、仁に見せてくれた。それは知らない歌の楽譜であった。音符から歌詞、コード進行まで事細かく書かれてある。どれも仁には知らない記号みたいだった。


「すみません、この曲を俺では知りません」仁は言った。「もし、この場でこの曲を披露して欲しくても、おじさんへ歌うことができません」


「だったら、これを聞いてくれ」というおじさんは懐からスマホで取り出すと、操作して誰かのライブ中継の歌を動画で聞かせてくれた。アコースティックギター一本を使って演奏した豊かなサウンドと歌詞であり、仁の関心は食い入るようで音楽を聞き入っていった。それを頭の記憶の内でたたき込むと、仁はおじさんに質問した。


「この曲のタイトルはなんですか?」


「『いくつもの星を数えて』という曲だよ」おじさんは言った。「この曲を覚えて、譜面を解読するきっかけとすればよい。そうすれば、君にも楽譜が書けるようになれるものかもしれない。もし何時か興味があったら、君にスマホは買ったり譜面で買ったりして勉強するとよい。そうすれば、君の世界はもっと大きく開けるだろう」


「分かりました、俺では今まで作った曲をいずれ譜面へ起こしたいと思います」


「君には一体何曲歌が作ってあるか知らない」おじさんは言った。「だけど、それは形に残すべきだろう。その方が、君に作った歌は喜んでくれるはずだ」


「確かに、今まで俺は百曲以上作ってきたけど、それで全て自分の記憶の中を残したままの状態でいました」仁は言った。「それが形に残せることは重要だと思います」


「百曲以上とはすごいな、正直言って感心するぞ」おじさんは言った。「だったら白紙の五線紙を買って、家で作った歌を書いてみなさい。この譜面は特別君にあげよう。即興曲が覚えて置けるくらいなら、今聞かせた曲は忘れず耳に覚えているかね?」


「もちろんです、この曲を忘れません」


「この曲をお手本の参考で、君だけの歌を書いてくれ。きっとそれを見た人では、君のバンドの曲に興味が示せるはずだ。そうすれば、君の曲を演奏したいと思わせる人も中からゴロゴロと出てくるだろう。是非、記譜を試してみたまえ」


「おじさん、本当にありがとうございます、戴いた楽譜は大いに参考とさせていただきます」といった仁では礼を言うと、おじさんへ頭を下げた。その仕草に満足したおじさんは、笑顔で最後こう答えた。


「君の更なる飛躍と活躍を期待しているぞ」というおじさんは、路上からどこかに歩き去って行った。

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