第6話:初めての路上ライブ

「俺には~、俺の道がある~」


 初めての安藤仁の路上ライブは、次第に道行く人の眼が止まり出していった。


 そのしゃがれていない綺麗な歌声、作った曲のリズムと歌詞、その全てが素人のパフォーマンスに思えないほどの完成度だったからだ。


 今、彼の肩に背負っていた紐の本体は新品のアコースティックギターだった。


 仕事で溜めた資金では、新しいアコースティックギターを買っても余りあるくらいだった。楽器店にある張り紙のバンド募集から参加はしたかった。だが、よくよく交渉するとそれに条件が出されていて、既にバンドの活動経験がある人限定になっていた。そこで仕方なく仁は、アコースティックギター片手で弾いて路上ライブを稼ぐしかなかったのだ。


 しかし、道端で人々は、彼の歌声や歌詞、そして何よりメロディー重視の曲の豊かさに耳が引き寄せられていった。初めての活動日から、アコースティックギターの空いたケースへ小銭を放ってくれる聴衆が、後へ絶たなかったのだ。


              ※ ※ ※


「ただいま、母さん」


 母親の瑞奈は待ち構えていた玄関で、さっそく仁を聞いた。


「どうだった、手ごたえは掴めていった?」


「ああ、大いにあった」仁は答えた。「今日から俺は貧困から抜け出し始める期待で得られたくらいの活躍だった」


「本当? それは幸先いいってことね。それでいくら儲けられたの?」


「初日の儲けは、七万円だった」


「まあ、一回一人のライブで七万円なんてすごい収益じゃないの」瑞奈は言った。「それを聞かされたら転職ばかりで仕事は定まらないお父さんもきっとビックリするわよ」


「そうだな、稼いだお金のうち、千円札が三十二枚、五千円札が四枚、一万円札が一枚、後は小銭ばかりだった」仁は言った。「これほどの歌手人気ならば心配ないと、俺では確かな自信を湧いてきたよ。そのお金を持って家へ帰ってきたんだ。親父へ自慢話をできるだろう」


「その話を父さんで聞かせたら、今以上転職ばかりせず仕事は打ち込んで奮闘するかもしれないわね」


「それと、これだけは母さんに告げておきたいことがあるんだ」


「まあ、それって何かしら?」


「母さんに月一万円の食事代が支払えるようになった。だから毎月一万円を差し上げたいんだ。良ければ受け取ってくれるかな?」


「当然、喜ぶに決まっているじゃないの」瑞奈は言った。「本当に一万円もくれるの? 母さんも鼻が高いじゃない」


「そうだな、約束しよう」仁は言った。「俺は学校に通わないから、明日以降も、毎日路上ライブがしたい。そうし続ければ、いずれ肩書になってライブ仲間が手に入ると思うんだ。その日が訪れるまで未来へ信じて歌うよ」


「あなたの即興能力は最大の武器になるだろうから頑張りなさい」瑞奈は言った。

「あなたの活躍を、心から祈っているわ」


 そう言われて、仁は頬と身体でやせ細った母親の顔を爽やかな笑顔で見つめ返した。

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