第5話:退所の日と同僚との別れ

「今日限りで、安藤仁は退所する。少し短い期間だったと思うがご苦労様だった」


 そして、職場の会議室で集まった労働者から感謝の拍手をもらえた。


 この場で施設長から今日限り退所することを告げる際、誰からも悪く言われなかった。むしろ、今まで仕事を頑張ってくれたことへ労いと励ましの言葉を戴けたくらいだった。


 安藤仁が職場へ退職する場合、その日がくるまで今の仕事環境へ労働続行するための猶予期間を設けられてあった。ある程度までの収入が溜まった安藤仁には、将来歌手で曲を広めたいという夢へ実現するべくライブの資金集めを目的で入社していたため、辞職をする点でほとんど未練は持たなかった。佐久間新庄にとっては、自分より先に安藤が退職する話に決まっていたことは初めて打ち明けられた時、驚きになっていたそうだ。しかし、彼がこの仕事に務める期間の長さは端から契約でもう決められていた。何時かもっと待遇が良い他社への転職を考えており、その就職先も定まっている。それまでは退社する者同士、今回もお互いに気が合うのも頷けるように感じられ出していた。この仕事場に残される労働の同僚たちは、この二人に頼り甲斐があったため、退社の噂に広がって可哀そうな想いになってしまっていたが仕方のないことだった。


 この仕事の猶予期間を、安藤仁と佐久間新庄の二人では心残りのないように仕事の手は抜かずに最後まで勤め上げていった。二人は、最終日に向けてそれまでは一生懸命に働く態度は崩さなかった。彼らの真面目な仕事ぶりの姿勢が労働仲間たちには評価する形で立派なリーダーシップを発揮し出していたのである。この二人の話を陰で悪く言うものなど誰一人として出てこないほどの見事な労働の信頼ぶりだった。


「さて、安藤仁君、君は転職せずにボーカル活動がしたいそうだね」施設長が言った。「なんでも自分の曲を即興で作ってしまう特技はあると聞いている。上手くいかせたらいい。だけど、もし上手くいかず困ったら、俺たちには君がこの職場に帰ってくることがあるなら待っていよう。この職場は君にとって巣立つまでの故郷だと思ってくれたまえ。君が務めて後にこの仕事場が有名になって世間は知れ渡るまで存分に活躍していきなさい」


「分かりました」仁は言った。「施設長であるあなたの言葉は一生忘れません。これからの活動で、この職場から培われた忍耐をもって励んでいきたいと思います。この職場環境で俺は、皆の励ましに支えられたりして働けてきました。皆さんのご好意を無駄へせず、確固たる意志を持って、未来へ進む夢を持ち続けたいと思います。今まで皆さん、本当にありがとうございました!」


 そう堂々言って安藤仁では頭を下げた。割れんばかりの拍手が、彼の背中に押してもらえた。


 仁では顔を持ち上げる。そうすると、満員の室内になった会議室の隅、佐久間新庄が熱い眼差しへなっているところを見掛けた。彼が分かるように軽く一回、安藤は頭で下げた。

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