第4話:久しぶりの運指

「ちゃんと運指うんしを覚えていた……」


 金曜の夜、安藤仁は仕事帰りで楽器店を立ち寄って支払いへ初めてアコースティックギターの弦を買った。そして帰宅後、慣れない手つきで弦を張り替えて、過去の作った曲へ運指うんしを試してみたら、しっかりと型へ覚えていた。まるで仁を待ち受けていたかのような曲の数々では、彼の感覚に懐かしく想い出された。試しに弾き続けたところ、彼が過去に作った曲の記憶は全部覚えたままの状態だった。この記憶力の高さも彼の特殊なこだわりの才能の現れになるのだろう。


 安藤仁は我ながら驚き感心しつつ、新しい作曲で志してみる。


 歌詞もメロディーも、過去の挑戦した頃のように新しく作り出せた。


 そこで安藤仁はふと考えた。もしかしたら路地端デビューは目前なのかもしれない。しかし、彼は改めて慣れ親しんだ今のアコースティックギターに視線が向かった。デザインも資材も古く、時代遅れしている印象だった。そこに目新しさは微塵も感じられなかった。それに仁では暫く考えた末、諦めて新しいアコースティックギターを買い替えようと判断した。そのために、やはりまず資金集めに労働は、これから彼の仕事の期間で待っていることだろう。


「仁、いい音ね、弦を新しく張り替えたんでしょ」


 そこへ仁が振り返ると、いつの間にか立っていたのは母親の安藤瑞奈だった。


「ああ、母さんか、久しぶりに、ギター弾いたよ」仁は答えた。「弦が切れてから暫く経ったけど、以前通りに作曲の感性は衰えていなかった。今でもギター曲や歌は当たり前のように作り出せそうだ」 


「それじゃあ、ヒット曲を作って一攫千金いっかくせんきんなんてできる?」


「それができたら人生大逆転だな」仁は答えた。「だけど、もう少し用意を済ませてから行動するよ。アコースティックギター自体を新しいものへ買い替えるつもりなんだ。それからでも活躍は遅くないだろう。だからもう少し労働を続けたい」


「仁は労働に嫌がらないから良い子ね」瑞奈は言った。「あなたのペースで考えなさい。父さんも母さんも、あなたを応援している側の味方であるわ」


「分かっている、いずれ家庭のために活躍するつもりだから期待しておいてくれ」仁は答えた。「今日は疲れたからもう寝るよ」


「分かったわ、お疲れ様」瑞奈は言った。「ゆっくり休んで労働の疲れを取りなさい。あなたの活躍を期待しているわ」という優しい声を聞かせた後、母親の瑞奈では、ボロアパートの仁の個室から外に出て行ったのだった。

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