第2話 馬車の中で
どこかの駅に着いた。終点のようだ。馬車は出発駅の駅員に前払をしないと乗れないらしく、私は払っていることになっていた。何処にも行くあてもなくウロウロしていると先程の中年の紳士が声をかけてきた。
「お嬢さんはどこにも行くところがないのかい?」
「はい、ここには初めて来たので勝手が分かりません」
「そうであれば私の屋敷に来てくれないかい?」
「いいのですか?」
「私はこの国の公務員をしているジャバルと申します。あなたのような方を探していました。あなたがよければ、ぜひとも来て欲しい」
私に対して『どこかに行け』とか『もう来ないでくれ』ということは多々あったが来て欲しいとは、これまで一度たりと言われたことはない。
迎えが来るというのでジャバルさんと待っていると、乗合馬車とは違い、豪華な馬車がきた。
「旦那様、お待たせしました」
「ゴルドン急なことですまない」
「いいえ、これが私の務めですから」
「国際会議が1日早く済んだから予定より早く帰ってきてしまった」
「供の者はどうしたのですか?」
「ああ、置いて帰った。あいつらはいちいちうるさいからな」
「今頃コビッチは怒ってますぞ」
「たまにはやつにも刺激が必要だからな。会議中鼻提灯だったぞ。まああれだけ意見がまとまらなかったら眠くなるのもわかるがな。あの国はいつかきっと暴走するぞ。また国防に力を入れるよう予算をやりくりしないといけない。頭が痛いことだ。あいつ一人では無理だろうからお前も力になってくれ」
「申し訳ありません。不肖の息子でして鍛え直しておきます。ところでそちらの面白い仮面のお嬢様はどちら様ですか?」
「こちらの方は馬車で一緒だった人だ。ぜひ来て欲しいとお願いして我家に来てもらうことになった」
「今はいいですが、他の方に会うのに仮面を外してもらったほうがいいのではないでしょうか?」
「いや、いい。恥ずかしいそうだ。素顔は知っている。問題ない」
「そうですか。旦那様がいいのであればかまいません」
ジャバル様が私のカバンを珍しそうに眺める。そんなに安物が珍しいのだろうか。
「あの~安物は珍しいですか?」
「それは安物ではないでしょ?」
「いいえ、これは高校進学のときに買ってもらったのですが、親から一番安いカバンの中から選ばされたものです」
「あなたのいた日本という国はすごいのですね。それは動物の皮ではないものから作られているようですが、見た目もすばらしいですし、なにより量産できそうですね。また見せてください。ところでそのカバンの中には何が入ってるのですか?女性の持ち物を見せていただくのは失礼だと重々分かっていますが、興味の方が勝ってしまって、嫌であればいいのですよ」
「かまいませんよ。学生カバンですから教科書と筆記用具しか入っていませんから」
筆箱に興味を示されたから、シャープペン1本と鉛筆が1本に消しゴムしか入っていないが、シャープペンに興味を示され、実践してほしいというので、シャープペンで書いて芯を出して字を書き、鉛筆でも字を書き、そして消しゴムで消すというなんでもない作業をした。
「このシャープペンというのは便利なものですな。見たこともない。ただ、この国の生産能力ではまだ作ることができないですね。将来の宿題とします。だがこの鉛筆と消しゴムというのはなんとかなりそうだ。私の工房で作ってみたい」
ジャバルさんは私のカバンをまるで宝箱を見るようにキラキラした目で見た。
ジャバルさんは教科書をまじまじと見ながら
「この本の字は何語ですかな。初めて見る言語ですな」
「え!ご存じないですか。これは日本語ですけど?」
「それはどこの国の言葉ですかな?」
「日本ですよ。そこに書いてある漢字とひらかなやカタカナは、私と皆さんが話している言葉と同じですよ」
「いいえ、あなたの言葉は正当キロハル語ですよ」
「え!ここはなんという国ですか」
「キロハル王国ですよ」
「?」
そういえば私は日本語を喋っていない。でも彼らの言葉も分かるし話せる。
「その本を少し読んでいただけますかな」
「面白くないですよ。古典のさわりですが……」
『祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、 盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風 の前の塵に同じ……』
「どういう意味ですか?」
「簡単に言うと『世に栄え得意になっている者も、それは長く続かず、いずれ衰え滅びる』みたいな感じです。すみません古典はあまり得意ではないのです」
「いやー、感動しました。それに考えさせられました。私も自分の地位にあぐらをかいていてはいけませんな」
なんだかんだと教科書とノートを見せることになった。英語の教科書については知らない単語もあったようだけど理解されていた。数学に関しては数字と記号は同じだったので理解をしてもらった。
そういえば、乗合馬車にいた人たちといい、駅にいた人たちといい、不自然に感じなかったのは私と近い顔立ちだったからだろうか。でもやはり、私に対してこれまでみたいに敵意の目を向けられなかったことが大きい。
私のいた2151年の日本はどこもかしこも豚顔だらけだった。両親も黒豚と白豚だった。私は美的感覚がおかしいのだと思っていた。
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