梅香

藍田レプン

梅香

「私、梅の香りが好きなんです」

 と某地方に住む20代女性、Pさんは話し始めた。

「なんか子供の頃から桜よりも梅の方が好きで。というのもですね、近所に一年中梅の香りがする場所があったんですよ」

 それはPさんの家から徒歩10分ほどの、小山のすぐそばにある空き地だったという。

「特に何にも使われてないような、雑草の生えた空き地です。広さはそうだなー、小さな庭付き一軒家くらい? まあそのくらいの、狭くは無いけど子供が遊び場にするには物足りないくらいの空き地だから、みんなとは公園とかマンションの敷地で遊んでたんですけど」

 きっかけは忘れてしまったが、Pさんはある時その空き地に行き、そこから梅のいい香りがする事に気がついた。

「子供だから梅がいつ咲くかも知らなくて、あー、ここに来るといい匂いするな、隣の小山に梅の木があるのかなって思ってたんですよね。まあネタバレしちゃうとその小山には梅の木なんて無かったんですけど」

 そもそも梅の木があったとしても一年中、いつ行っても梅の花の香りがするなんて変ですよね、とPさんは続けた。

「それでその空き地、私のお気に入りスポット、なんて言うんですか? パワースポットみたいな感じになって、大人になるまでよく一人で遊びに行っては梅の香りに癒されてたんですよね。なのに聞いてくださいよ、そこに最近家が建つことになって」

 工事で地面を掘り起こしたところ、白骨化した死体が見つかって大騒ぎになったという。

「死亡推定時期? よくわかんないですけど、それよりも聞いてくださいよ、なんか、その骨の上に大量の梅の木の枝と、なんだったかな、草? みたいなのが布団みたいに被せてあったらしくて。なんか、その幽霊の香りだったのかなーって思うと嫌な話でしょ? どう思います?」

「……その草は、多分葦(よし)だったんじゃないでしょうか」

 私がそう言うと、あーそうそれ! とPさんはすっきりしたような口調で同意した。

「ヨシですヨシ! でもなんでわかったんですか?」

「これは本来井戸の撤去の際に行われる儀式というか、まじないなんですが。『ウメ』と『ヨシ』の葉を井戸に投げ込みます。これでその井戸は『うめてよし』、つまり井戸の神様から『埋めていい』という許可を得られるという、まあ語呂合わせというか、駄洒落なんですけど、今でも行われているところもあるそうですよ」

「へえー、埋めて良し、かあ。面白いですね! 今度地元の友達にも教えてあげよ! あれ、でも……」

「そこに井戸や井戸のあった痕跡は無かったんですよね。先ほどのお話にそういう描写はありませんでしたから。それに仮に井戸があったとしても、投げ入れるのはごく少量の梅と葦。それも死体よりはるか下に埋まっているはずです。でもPさんのお話では死体の上に布団のように被せてあった」

 つまりこれは、その死体を埋めていいという許可を得るための呪術なのだろう。


 ……誰が、何に対して許可を得ようとしたのかはわからないが。

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梅香 藍田レプン @aida_repun

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