23 宣誓

 生徒会執行部が企画運営するクイズ大会は、すでに始まってしまっていた。私は敗者となった、あるいは最初から観戦に終始していた生徒たちの中に混じって、体育館で動くその集団を見ていて、気づいた。

 参加者側に、悠里の姿があった。生徒会執行部だから悠里はクイズ大会に出場できないものと思っていたけれど、そんなことはないらしい。

 この文化祭における問題のクイズは、生徒たちがあらかじめ専用のアプリに入力したものが会長によって選出され、それがランダムで出題されるらしい。つまり、問題を知るのは会長だけで、そして運が良ければ本人が考えた問題が出題され、有利になるということだった。この大会に賭けている生徒は五十や百も問題を考えて勝利を収めようとするツワモノもいると、以前初音が話していた気がする。確か、ジンクスがどうとか――


 そんな私の思考をよそに、大会は進んでいく。三択ゲームである問題を、体育館の中央左右に移動することで答える解答者も、すでに五人に絞られていた。そして、その一人に悠里が残っていた。


「きゃー!」


 周囲の女子たちから歓声が上がる。見れば、こちらに向かって悠里が手を振っていた。私に、だろうか。いや、多分それはないだろう。あんなさわやかな笑みを悠里が私に向けるとは考えにくい。

 私は首を巡らせて、悠里が手を振った相手を探し、見つけた。

 体育館後方。悠里から見て私のさらに後ろに、換気のために開かれた扉近くの壁に背中をもたれさせた玲音が立っていた。

 けだるげな、けれど確かな熱をはらんだ玲音の視線が私と交わった。瞬き一つ。

 いたたまれなくて私は視線を逸らす。体育館前方にて、この大会の主催者である生徒会長がマイクを手に口を開く。


 問題が出題されて、五人の生徒はそれぞれ行動を始める。悩む素振りも見せずに移動する悠里、その場にとどまって考える男子生徒、首を傾げなら悠里とは違う答えを見出した女子生徒、それから、手を取り合って相談する恋人らしき男女。

 五人がそれぞれ分かれて、悠里はただ一人、体育館の真ん中に立った。


 そして、運命のアナウンスが響く。


 様々な思いを載せた結果発表の末笑ったのは悠里だった。


 歓声の中、悠里が真っすぐ舞台を目指す。その足取りに迷いはなく、そして悠里の顔にはわずかな覚悟がにじんでいた。


「おめでとう」


 生徒会長と固く握手をした悠里がマイクを受け取り、舞台下を見下ろす。その目は、真っすぐ玲音に向けられていた。

 歓声が、落ち着いていく。

 近づく静寂が、私の心をかき乱す。

 まさか、と思った。焦燥に叫び出してしまいたくて、悠里を止めたくて、けれど私は蛇ににらまれた蛙のように、悠里に流し目を送られただけで動けなくなった。

 動いてくれるな――眼鏡の奥で細められた目が、そう語っていた。


 そして悠里が、口を開く。


 走馬灯のように高速でめぐる記憶が、一つの会話を呼び起こす。






『花蓮はクイズ大会には出ないの?』


『出ないけど、なんで?何かすごい特賞でもあるの?』


『ないよ。でも、花蓮にとってはすごく重要かもね?』


 いたずらっ子の笑みを浮かべた初音が、私の脇腹を肘で小突いてきた。


『私にとって重要ってどういうこと?』


『この学校のクイズ大会にはジンクスがあるんだって。大会優勝者がみんなの前で愛を叫んで、その後、文化祭三日目に開かずの教室で二人っきりで愛を伝え合うことで、末永く結ばれるんだって』


『……ふぅん』


『ちょっと花蓮、乙女としてその反応はないよ⁉花蓮だって愛しの彼と幸せになれるかもしれないんだよ?ほら、ジンクスを知った上で大会に出て優勝すれば、嫌でも告白しなきゃいけないって気分になるでしょ?』


『嫌。そんな風にみんなの前で告白なんてしたくない。だってそれって、見世物になってるみたいでしょ』


『そう?みんなの前で愛を誓いあうって、すごく素敵だと思うけどなぁ』


『大体、私にも玲音にも厳しいよ。多分玲音は、そんな告白をされたら逃げるよ?』






 えー、そうかな――つまらないと唇を尖らせる初音の言葉を思い出す。

 私には、この後の未来が分かる気がした。

 悠里の行動も、それに対する玲音の対応も。

 だって私は、ひょっとしたら悠里以上に、玲音のことを見続けて来たから。後悔に押しつぶされそうになりながら、嫌われたくないと思いながら、玲音の行動や考え方を知ろうと努力してきたから。

 だから――


『僕、久世悠里は、坂東玲音のことを愛しています。例え受け入れられなかったとしても――』


 目を見開き、呼吸すら止めてしまったように、動きなく玲音は悠里を見つめていた。強く、強く思いを込めた言葉が、槍となって玲音に突き刺さる。両思いだと、わかって。けれど氷像のように動かない玲音は、悠里に反応を返さない。

 ふっと、悠里が体育館全体を見回す。覚悟を確かめるように言葉を区切って、息を吸う。それはあるいは、玲音のための空白の時間だった。

 玲音が、夢から目覚める。現実へと、その意識が舞い戻る。


『——僕が彼を生涯愛することを、ここに宣誓します』


 体育館中に響き渡った悠里の宣誓と共に、玲音が開けっ放しになっていた扉から姿を消した。

 場が凍り付いた、一瞬のことだった。


 そしてざわめく体育館内には、「嘘」とか「まじかよ」なんてどこか否定的な響きを含んだ言葉が広がり――

 パチパチパチ、と大きな拍手が、生徒たちの空気を飲み込んだ。

 生徒会長にならうように、一人また一人と手を叩き、悠里の勇気と新たなカップルの誕生を祝福する空気が生まれていく。

 熱に浮かされたように微笑む悠里は、けれど玲音のことを正しく見れていない。


 たとえ玲音が悠里のことを好きだからって、こんな形で告白されて、玲音が悠里を受け入れるとは思えなかった。


 ねぇ、悠里。あなたにとって同性の人が好きだって言葉は、そんなに軽いものなの?


 その価値観の相違は、きっと二人の間に埋まらない溝をつくる。


 けれど、だから。

 私は広がる拍手に背中を押されるように、体育館を飛び出した。


 生じた溝を、埋めるために。

 玲音が幸せにあるために。

 互いに好き同士な二人の運命を、悲劇に終わらせないために、走った。

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