とある神社の守り神様 トランペットを吹く少女


今日はいつもより静かな日になるはずだった。


僕は神社の屋根に上って、昼寝兼見回すのが日課だ。


平日の日にはよく来る子供達も学校に行っている時間帯だし、来たとしても午後だろう。


今の時間に来るとしたら、散歩しにきた近所の老人と犬や猫、それから…なぞの長細い箱を小脇に抱えた女子高生。


一見すると、神主がよく僕に見せてくれる、ごるふとかいう遊びに使う道具を入れる箱にも見える。


でも、ここは神社、流石にここでごるふは出来ないし、何をするんだろうと様子を見ている。


すると彼女はキョロキョロと辺りを伺う仕草を見せ、しきりに周りを警戒しているようだが、こちらから見れば不審者のそれだ。


ようやく何かを決心したのか、箱を地面に置き、開けようとする。


中身が気になった僕は屋根の上から体を乗り出して、覗き込む。すると屋根の瓦の一部が剥がれ、それに足を滑らせ落ちてしまう。


大きな音をたてて賽銭箱に落下する僕。


その音に驚いて、彼女も開けかけていた箱を閉じ、胸に抱き抱える。


「な、なに?」


そう言って訝しげに賽銭箱を見つめている。


(失敗したぁ…)


僕はこの神社に祀られている神様、つまり普通の人には見えないということだ。


ようするに今、彼女は突然、瓦が落ちて、賽銭箱から、何かが落下した音を聞いてしまったという事だ。


(完全に怖がらせてしまった…)


僕の想像だと、この後彼女は悲鳴を上げて逃げ、その後、心霊神社として世間のバッシングを受ける、そんな妄想をしていると。


「あの…君、大丈夫?」

「え?」


僕の想像とは裏腹に彼女は心配そうな顔で、声をかけてくれたのだ。


「…」

「どこか痛いの?」

「え、ううん…あのお姉さん。僕のこと、見えるの?」

「う、うんまあね…あっち系の子だと思ったけど…なんか神々しいオーラ放ってるから、話しかけていいか迷ったんだけどね」


まぁ一応神様ですから…


「とりあえず大丈夫なの?」

「う、うん、大丈夫」

「そうよかった。ちなみにあなた何者? どうしてここにいるの?」

「えっと…」


僕は彼女に、僕がここの神様であることを話すと、みるみるうちに顔が青ざめていき、一回飛びのくと助走をつけ、滑り込むような綺麗な土下座を見せた。


後に、神主に聞いたけどスライディング土下座というらしい。


「え? ど、どうしたの?」

「水守様とは露知らず、無礼な言動してしまい、すいませんでしたぁ!!」

「ええ!?」


水守様は祀ってある僕自身の事を指す言葉らしい。よく手を合わせてくるおばあちゃんが言ってるのは知ってたけど、まさか土下座されるとはおもってなかった。


神主なんて水守様じゃなくて水守くぅ~んって軽く言うけど彼女を見て確信した。これが普通の反応なのだ。


でも、彼女をこのままにしておくわけにはいかないので、とりあえず、土下座はやめてもらう事にした。


「落ち着いた?」

「はい…」

「それでお姉さんは、何しに来てたの?」

「ええと、トランペットです」


そういうと彼女は箱から金色に光る細長い物を取り出した。


「これは…なに?」

「あ、そうか見たことないんですよね。これ楽器なんですよ」

「楽器?」


僕は目をキラキラさせながら、とらんぺっとを見ていると、お姉さんはにっこりと微笑む。


「聞いて見ますか?」

「いいの?」

「ええ、本当は一人で練習しようと思ってたんですけど、せっかくだから人に聞いてもらうのもいいかなって」

「はい、お願いします!」


いきます! っという声とともに軽快で綺麗な音色がとらんぺっとから溢れてくる。曲名は「ハトと少年」とあるアニメで流れる音楽らしい。


ひとしきり吹き終えると、彼女はフーと息を吐き、僕の方に振り向く。


僕は彼女に大きな拍手を送ると、大きな笑顔を浮かべて、再び別の曲をふき始める。


今日は静かな日ではなかった。


でも素晴らしい音楽に出会った日になった。


僕と彼女は再び境内に座る。すると近所の子供たちがわいわい集まってきた。気が付いたら日が暮れ始めている。


「さて、私も帰らないと、水守様、また来てもいいですか?」

「もちろん、またとらんぺっと聞かせてください」

「はい!」


っとさっきみたいな笑顔を浮かべると彼女は帰っていった。


その後、神主に話すと


「あ、姫神さんだね」

「え? 知り合いですか?」

「知り合いも何も、うちのアルバイトの巫女さんですよ」

「え…」


まったく知らなかった…いや、まぁ巫女さんは大体同じ格好で見分け付かなかったけど。


すると神主は僕の頭に手を乗せて。


「今世ではじめてのお友達ですね。おめでとう」

「・・・・はい」


後日…とらんぺっとのお姉さんこと姫神さんは、本当に巫女服を着て境内の掃除をしていた。そして屋根の上にいる僕を見かけて手を振る。


僕もそれに応えて手を振り返した。


僕は神社の守り神、最近は姫神さんとの演奏会が楽しみになっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編小説集 とある神社の守り神様 ヒョウコ雪舟 @aratadesu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ