4.どんな人が好き?

 一年生は、偶然にも同じクラスだった。高垣たかがき佳鈴と添島そえじま桐花、偶然にも出席番号が後ろと前で、佳鈴は席替えするまでずっと、桐花の丸い頭を授業中に見ていた。

 でも、二年生。佳鈴は理系で桐花は文系で、クラスは離れ離れ。それでもこうして遊びに行こうと桐花を誘っては、佳鈴はデートの練習だと浮かれていたけれど、桐花はどう思っているのだろう。

 種は芽吹いた。

 消しゴムをもらったときに、ころりと種が転がった。合格発表の日、種は小さくふるえて裂けて、きっと芽を出した。

 一年生で同じクラスで、桐花の後ろの席にいて、振り返って彼女が八重歯を見せて笑うたびに、水を与えられて潤った。

 茎が伸びて、蕾をつける。いつしか咲いた花が、冷たい風に揺れていた。

「佳鈴さん?」

「え? ごめんね桐花ちゃん、なぁに?」

 気付けば目の前にはケーキの皿がある。真っ白なクリームの平原の上、ちょこんとのっているのはつやつやの赤いイチゴ。どうも無意識にイチゴをフォークでつつき回していたようで、手にしたフォークの先には赤いかけらがくっついていた。

 恥ずかしいというか、子供っぽいというか、行儀が悪いというか。桐花はどう思っているかなとちらりと彼女を見れば、視線があう。

 平気な顔をして角砂糖をひとつしか入れていないコーヒーを飲み込んだ、桐花の白い喉がごくりと動く。なんだか別の生き物みたいで、少しだけどくりと心臓が跳ねた。

「ぼうっとしてたみたいだから」

「あ、えっとね……あ、そう! さっき通路でかっこいい人とすれ違ったなって!」

 うそつき。

 心の中で冷めた目をした佳鈴が、佳鈴を責めている。かっこいい人がいたかどうかなんて、佳鈴はちっとも覚えていない。他の男の人よりも誰よりも、かっこいいのは桐花なのだから。

 消しゴムをくれたり、ハンカチを貸してくれたり。でも笑うと八重歯が見えて、かっこいいのが影をひそめて幼く見えて。

「佳鈴さんは、かっこいい人が好き?」

「うん、好きだよ」

 桐花ちゃんみたいにかっこいい人。そうやって続けられたらいいのに、その言葉は佳鈴の喉の奥に貼り付いてしまって、ことばにはならなかった。

 これは。この花は。この感情は。

 誰かにこんなことを思ったのは初めてだった。今までの「好き」なんてちっとも本物じゃなくて、子供のままごと遊びみたいなものだったのだと、今更思う。

 けれどこれは、言ってはいけない。言ってしまえばきっと、今こうして目の前で笑っている桐花がいなくなる。

「ふうん。圭祐けいすけみたいな?」

 ずきんと、痛い。

春日野かすがの君? 春日野君は……かっこいいね」

「そっか。それ聞いたら圭祐、喜びそうだ」

 合格発表の日に桐花の名前を呼んでいた、背の高い男の子。今は佳鈴と同じクラスだけれど、圭祐と桐花が一緒にいるところを佳鈴は何度も見ている。

 確かに、顔はかっこいいとは思う。別に、嫌なことをされたこともない。むしろ親切かもしれないけれど、かといって桐花ほどではない。

「ねえ、本当に春日野君と付き合ってないの?」

「ないない。腐れ縁だもん。幼稚園からずっと一緒なだけ」

 また、桐花がコーヒーを飲み干した。

「私はかっこいいより、かわいいが好きだから」

 ねえ、それなら、私は。

 ことばはまた喉に貼り付いて、音にならない。桐花の言う「かわいい」が、佳鈴に向けられたものではないと分かっている。

 だって、佳鈴は女で、桐花も女だ。これは口に出すものじゃないんだと、佳鈴だって分かっている。

 なりふり構わずあなたが好きだなんて、性別なんて関係ないだなんて、言えるのはきっと物語の中でだけ。テレビとかの中でだけ。

 現実は、こんなにも難しい。たったひとことの「好き」ということばすら、特別な意味を含めずに、平坦に伝えなければならないなんて。

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