3.桜の日

 合格発表の日は、桜が咲いていた。まだ満開になりきらない桜の花は、けれどしとしとと降る雨に花びらを濡らしていた。

 色とりどりの傘が咲いている。佳鈴も母親と一緒に、色とりどりの花のひとつになった。

「ええと、番号……番号」

 手元の受験票と貼りだされた番号とを交互に見て、自分の番号を探す。倍率は何倍だっただろうか、1.2とかそれくらいだったような気はするけれど、その辺りは見ないようにしていたから曖昧だ。

「あ、りんちゃん! あったよ、番号!」

 隣で母の明るい声がして、佳鈴も「え」と母が示した方を見る。352番、間違いない。

「あったぁ……」

 全身から力が抜けそうになって、しっかりと傘を握りしめた。こんなところで崩れ落ちるわけにはいかないし、泣くのもちょっと恥ずかしい。母の方がよっぽどはしゃいでいるのを見ながらぐるりと辺りを見ていたら、傘の花畑から離れた場所に、ひとつぽつんと透明なビニール傘が咲いていた。

 今日はセーラー服の上に、だぼっとした大きなカーディガンを羽織っている。

 くしゅんとひとつ、くしゃみが出た。受験の日に貸してもらった真っ青なハンカチは、佳鈴のセーラー服のポケットに入っている。

「お母さん、あの子いた! ちょっと行ってくるね」

 母の返事も待たずに、彼女のところへ。

 透明な傘の下、近付いてきた佳鈴に気付いた彼女が顔を上げて、笑う。今日もやっぱり、八重歯が見えた。

「番号あった?」

「あったよ」

「そっか。じゃあ、ハンカチ返してもらえるね」

 合格したら返してね。

 なんだかハンカチを返すのはもったいないような、そんな気がした。けれど「これちょうだい」だなんて言えるはずもない。

「おめでとう。四月に会うことがあったら、またよろしく」

 桐花、と誰かが呼んでいた。今行くと彼女は返事をして、佳鈴の前から去っていく。名前を呼ばれた彼女が隣に並んだのは、学生服に身を包んだ、背の高い男の子だった。

 くしゅん、とくしゃみがもうひとつ。少しだけ肌寒い合格発表の日、佳鈴は他人の声で、桐花の名前を知った。

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