第9話 セリカ姫視点(1)
古代エルフ語が分かるオットンに、森の精霊様と交渉してもらい、何とか森の泉から湧き出るエリクサーを分けて貰える事となった。
本当に良かった。
森の精霊様が、慈愛溢れる優しい気持ちを持っていらっしゃる方で。
そして、ふと、揺れる馬車の外の景色を見てみると、
いつの間にか、まるで、森の精霊様に危害を与えようとする者達を排除するかのように、森の魔物が集まって来て、精霊様が通る道を警備し始めている。
どうやら、森の精霊様は、魔物にも慕われているようだ。
慈愛溢れる森の精霊様なら、怪我した魔物も、分け隔てなく治してしまいそうですし。
そして、暫くすると、この森に似つかわしくない、銀色の子犬と、白と黒のブチ猫がやってきて、まるでスキップしてるような軽やかな足取りで、森の妖精様と一緒に、馬車を先導し始めた。
挙句に、幸運の鳥と言われてる、青い鳥まで登場したのには、本当に驚いてしまった。
この、森の精霊さんが治めているであろう、魔の森は愛で溢れているのだ。
多分、今までも、心の清らかな人は、森に招いて、心が真っ黒な人は、森から排除していたのであろう。
まあ、この森に訪れようとする人って、金儲けの為に、エリクサーを手に入れようとする人ばかりだから、精霊様が拒絶するのは当たり前なのだ。
大賢者アルツハイマーも、最初に、この森に訪れた時は、邪念がなかったのだろう。
だから、森の中心にあるという泉まで辿り着く事に成功したのだが、150年も月日が経てば、人の心も汚くなってしまうもの。
何故、大賢者アルツハイマーが、今回、魔の森に拒絶されて、レッドドラゴンに殺されてしまったのか、今だったら分かる気がする。
森の精霊様は、心が清らかな人が好きなのだ。
私を襲った兵士に、森の精霊様が見えなかったのはその為。
多分、大賢者アルツハイマーが、レッドドラゴンを退けたとしても、心が汚れてしまっていた大賢者アルツハイマーには、森の精霊様が見えなくて、森の泉には辿り着けなかったと思うし。
そして、大賢者アルツハイマーの日記によると、魔の森南側から1週間程度で泉に着くと記されていたのだが、何故か30分程度で泉に着いてしまったのは驚きだ。
やはり、森の精霊様自らが、泉に招かれる場合は、魔法的な何かが作用して早く到着するのかもしれない。
そして、泉に到着すると、森の精霊様は泉の周りを、まるでダンスでもするかのように飛び回り、七色の羽根と、金色の鱗粉、それから透明度が高い泉の水が反射し、キラキラと幻想的な、まるで物語の一場面を切り取ったような光景を目の当たりし、とても感動し、興奮してしまう。
そして、興奮さめやまぬうちに、中に入れた液体が劣化しないという、キラキラと光り輝く魔道具の瓶を渡されて、泉の水をすくうように、森の精霊様に促される。
そして、魔道具の瓶に泉の水を入れている最中、ふと、考えてしまったのだ。
この泉の水を、今、この場で飲めば、私の詰まった魔法循環回路が治るのではないかと……。
私は、膨大な魔力を有して生まれてきたので、将来は大魔法使いや、聖女、はたまた賢者になるのではないかと、将来を期待されていたのだ。
自分も、そのつもりで生きてきたのだが、5歳の誕生日から、魔法の先生について、魔法の練習を始めたのだが、実際には、魔力の放出は疎か、簡単な生活魔法でさえ発動する事が出来なかった。
国民に、体に膨大な魔力を有してる事が知れ渡っていたので、人々の失望も大きい。
残念王女、無能王女、顔だけ王女とかいう陰口も聞こえてきた。
そんな陰口を聞いて、とても悲しくなったのだが、それ以上に、自分に腹が立った。
何が、将来は人の役に立つ魔法使いになろうだ!
私は、庶民が使うような生活魔法でさえ使えないのに!
当たり前のように、自暴自棄となった。
世の中の全てが、嫌になる。
人と顔を合わせたくない。
人と会うと、陰口を言われてる気がするし、そんなふうに思ってしまう陰気な自分自身が嫌になる。
だけれども、そんな気持ちなままで生きて行くわけにはいかない。
ダメだ! いつまでメソメソしてても始まらない。
自分の出来る事を全力でやろう。
私は、国民の模範とならなければならない、第一王女なのだから。
そんな風に思えるようになって来た時に、魔の森のレッドドラゴンが消えているという情報が、王国に入って来た。
現在、カーランド王国とローランド帝国は、戦争の最中。
しかも、父親であるカーランド国王は、病に倒れてしまっている。
今なら、魔の森のエリクサーが手に入るのでは?
そんな話が、カーランド王国の軍議に上がる。
そして、大賢者アルツハイマーの日記によると、森の泉には、高貴な精霊が居て、その精霊に許可を得て、ようやくエリクサーを分けて貰えると記されていた。
ならば、カーランド王国としても、高貴な血筋の王族を送り出さなければという話になったのだ。
そして、白羽の矢が立ったのがカーランド王国第一王女の私だったのである。
私以外の兄や弟、妹達は優秀。
逆に、全く魔法が使えない私は、カーランド王国の不良債権。
最悪、魔の森の魔物に殺されても、王国は痛くも痒くもない。
そんな理由で、私は魔の森に送り出される事となったのだが、私は逆に、これがチャンスとさえ思った。
私は、ずっと、何の役にも立たない自分に嫌気がさしていたのだ。
例え、森の泉に辿り着けないで、エリクサーを手に入れられなくても、王族の誰かが行かないといけない。
そしたら、私が行くべきなのだ。
全く役に立たない私でも、唯一出来る仕事。
しかも、大役である。
全く、期待されてない私にしか出来ない仕事。
優秀な兄や弟、妹達を、危険な魔の森に行かせて、死なす訳にはいかない。
死ぬのは、何も無い、魔法が使えない私でいいのだ。
最後に、誰かの為に少しでも立ったと思えれば、それで良い。
まだ、大人になったら大魔法使いになれると思ってた子供の頃、人の役に立てる魔法使いになろうと思ってた。
そう、人の役に立てるのは今なのだ。
魔法が使えない、欠陥品の私が唯一できる仕事。
王族じゃなきゃできない、私だけの大役。
やっと、人の役に立てる。
何故だか、涙が勝手に溢れてくる。
死にたくない……違う。私は、死にたくなくて、涙が溢れているのではない。
私は、初めて人の役に立てるのが嬉しいのだ。嬉しくて涙が止まらないのである。
とても難しいミッション。大賢者アルツハイマーでさえ失敗したのだ。
だけれども、失敗する気など更々ない。
必ず、エリクサーを手に入れて帰ってくる。カーランド王国を滅亡させない為に、お父様の病を治す為に!
そんな風に思ってたのだが、実際は、ローランド帝国と通じていた護衛に裏切られ、森の魔物じゃなくて、自国の兵士に殺されそうになってしまう。
結局、誰の役にも立てなく死んでしまうのか……
目の前で、裏切り者の兵士に、剣を突き付けながら、ぼんやりと思う。
そんな風に思った時に、突然、可愛らしい精霊様が目の前に現れたのだ。
そしてあっという間に、裏切り者の兵士を倒してしまい、それだけではなく、私を守る為に殺されてしまった兵士を、全員、生き返らせてしまった。
しかも、心優しい精霊様は、泉の水まで分け与えて下さるという。
そして、今のなのだが、厚かましく、卑しい心を持つ私は、あろう事が目の前にあるエリクサーが湧き出る泉を前にして、このエリクサーを飲めば、詰まった魔力循環回路が治るのではと、思ってしまったのだ。
なんと浅ましい。
やっと人の役に立てる。
父親の病気を治せると思っていた筈なのに。
それなのに……
私は、やはり卑しい人間だったのだ。
神様は、しっかり見ている。
なので、私の魔力循環回路は詰まって生まれたのだ。
こんな卑しくて、浅ましい心の人間に、人を幸福にも不幸にもできる魔法を使わせる事など出来ないのだと。
そんな事を、泉の前で、フッと思っていたら、
突然、
背中を、強い力で押された。
「エッ!?」
後ろを振り返りながら、泉に突き落とされる。
ドボン!!
余りに突然の事で、溺れそうになり、私はエリクサーが湧き出る泉の水を、たらふく飲んでしまう。
そして、足が着く事に気付き、立ち上がると、
森の精霊様が、悲愴な表情をして、心配そうに私の顔を見ていた。
「精霊様!?」
ーーー
セリカ姫視点(2)に続く。
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