第56話 楽して大金を稼げる”コステリヤドリーム”


 

 「今回、我が<ボンペイ>の商人組合が、皆様に耳寄りな情報をお届けいたします!」


 辺境都市<ボンペイ>の中心、噴水広場の前で甲高い声が響き渡る。

 そこには多くの人だかりができていた。

 

 「なんだ? なんだ?」と騒めく聴衆の視線と関心は、山積みとなっている沢山の箱と目の前の商人たちに向けられる。

 そして、また多くの通行人が足を止め、その商人の声に耳を傾けるのだった。

 

 「この度、我が”商人組合”は新たなサービスを開始いたします! その名も! この国、<コステリヤ神聖王国>で人々が誰でも商人になれる、夢のようなサービス”コステリヤドリーム”です!」

 

 その慣れない言葉に……多くの人が首を傾げる。

 それもそのはずである。

 この国ではヴァセリオン教団の認可を受けた者だけが商人となり、商人組合に入ることを許されている。

 つまり、この国において商人とは、世襲制か、あるいは多額の献金、莫大なお布施を納めた者だけが手に出来る特権なのだ。

 それは庶民からしたら到底実現不可能なこと、というのが庶民の共通認識だった。

 

 「そうです! そこのあなたも今日から商売をおこなえるのです!」

 

 なおも商人は、取り囲む大衆に向けて熱弁を振るう。

 彼の前には、買い物帰りの奥様や、暇を持て余した若者。

 群衆を見渡しながら、一人一人に目を向け、饒舌に話し続けていた。


 「これは今後二度と訪れない大きなチャンスです! 商人になるには今しかありません!」


 その様子に、観客の一部から「おお!」という驚きの声が挙がる。

 しかし、それが事前に用意したサクラおとりの声であるっことを――ただ聞いている聴衆は知る由もなかった。

 

 「サービスの内容は実にシンプルです! 今この場で登録をしていただき、一定数の商品を購入します。そして、それを家族や友人など多くの人に紹介し販売。新たな販売員となったいただき、その商品が売れば売るほど、特定のマージンとボーナスが得られるという仕組みです!」


 彼は両手を大きく広げ、誇張した身振りで積まれた箱を指し示す。

 その中には多くの商品が入っているのだろう。

 

 まさに、聴衆の購買意欲を刺激する商人のやり口である。

 

 しかし……。


 「本当に売れんのか?」


 ある男が腕を組みながら素朴な疑問を口にした。

 庶民にとって、その商品が売れるかどうかは怪しいところであり、当然真っ先に浮かび上がる疑問だった。

 

 その声に対し、商人はニヤリと口角を上げる。


 「なるほど……確かに気になりますよね。ならば……それを皆様にお見せしましょう!」


 商人は用意した大きな鏡を群衆の目の前に設置し、三箇所に油を数滴垂らし始めた。

 人々が「何が始まるのか?」と固唾を呑むなか、商人はこう説明を続けていた。


 「一つは現在、我が商人組合が販売している洗剤です。もう一つは今回独自に開発した新商品。そして最近、巷で売られている違法な商品です……」


 そう言いながら、商人は洗剤を垂らし、最後に水で流し始めた。すると、一つを残して二つの油が次々と落ちていくのだった。


 「ご覧の通り、うちの洗剤は油汚れをしっかりと落とします。そして、新商品の方が従来品よりも優れた効果を発揮します! しかもなんと今回! こちらの新商品の洗剤も特別価格でご提供させていただきます!」


 商人は満足そうに説明を続ける。


 「ここで一つ、皆様は疑問に思われたでしょう。おそらく、この商品がこれほどまでに安価で提供されるのかと。その答えは販売コストにあります。この新商品達には広告費用が掛かっていないからです。そのため、節約した分を開発費に充てることができたのです」

 

 確かに新商品の洗剤はより効果的で、その効果は誰の目にも明らかである。

 また、最初に説明した内容。家族や友人など多くの人に紹介し、さらに連鎖的に販売員を増やす口コミで行うことで、広告費用を抑え普段より安い価格帯を実現している。

 

 この事実と革新的なサービスに――いつしか拍手をもって称賛されるほどの評価されていた。

 

 「そして、こちらの全く油汚れが落ちない洗剤についてですが……これは最近、巷で売られている粗悪品です。これは、嘆かわしい事ではあります。非常に残念なことです。我々の商人組合は、行政に対して何度も取り締まりを要請する文書を提出しているにもかかわらず、無視され、全く対応がなされない違法な悪徳商売。まったく我が領主様は一体何を考えているのでしょうか……皆様には、安価で怪しい商品には手を出さないようお願い申し上げます」

 

 そう軽い皮肉を交えながら、商人はやれやれといった感じで肩を竦める。


 「しかし、ご安心ください。我が社の商品は厳格な商品管理のもと、皆様に安心・安全な商品をお届けすることに全力を尽くしております」

 

 その大げさな仕草に対し、やがて人々の中から、笑い混じりのリアクションが返ってくる。

 

「そしてそして更に! ここにいる皆様だけにお得な情報があります! この度、”コステリヤドリーム”ではランク制度を導入いたしました! これは、大量に商品を購入していただいた方が、その売上に応じて”アイヴィーDT”、”デイレクト・デストリビューター”、”クラウン・アホンバサダー”といったランクに上がるサービスで、それに応じた報酬を得られる仕組みとなっています!」


 その驚くべき提案に、多くの人々が驚嘆の声を上げる。なぜなら、最高位の”クラウン・アホンバサダー”は、一般の人々が一生働いても得られないほどの報酬を伴っていたからである。


 自信に満ちた商人の微笑みが伝播していく。


 「この中には……商売に対して多少なりとも不安を感じている方がいらっしゃるかもしれません……しかしご安心ください! 我が商人組合一同が、商売のプロとして皆様を全力でサポートいたします! さらに、定期的にセミナーを開催する予定ですので、ぜひご家族やご友人をお誘いの上、気軽にご参加ください!」


 周囲の疑念は消え去り、聴衆は次第に期待と希望に心を奪われていく。

 

 「そうこれはまさに! 商売仲間を増やすことで、何もしなくても大金が得られるという夢のような仕組みなのです!」


 そして商人は両手を広げ、こう宣言するのだった。


 「さあ、登録するなら今! 早い者勝ちですよ!」


 その言葉を合図に、聴衆は我先へと駆け出す。


 「み、み、皆様! 落ち着いて下さい! 順番に! 冷静に! お願いします!!」

 

 怒涛の足音が商人たち目掛け一斉に集まる。

 そのあまりの熱気に――さすがの商売人も慌てた様子を見せていた。

 

 「――おい! 押すな! 俺が先だ!」

 「――いや、私が先でしょ!」

 

 そんな騒がしい輪の外で、商品の説明を終えた商人は安堵の息を漏らす。

 『少々、煽り過ぎましたか?』――と、そんな表情を浮かべながら、遠方で見守っていたとある男へと視線を送っていた。


 そして……。

 

 その成果を確かめる様に――商人組合の代表 カビオン・シーリアは静かに笑みを返すのだった。


 

 

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