第52話 ”脱農教”は神への冒涜
燦然と飾った豪華絢爛な食卓。
中央には巨猪の丸焼きが置かれ、色彩豊かなの葉野菜が添えられている……まるで王の宴のような料理。
ヴァセリオン教 <ボンペイ>支部 神官長 ゲイション・ローリンコ は、隣に控えている料理長の説明を聞き流しながら普段通りの優雅な食事を楽しんでいた。
そんな最中。
「お食事中失礼します、ゲイション様……”商人組合”のカビオン・シーリア様が大至急、謁見したいと申しておりますが、いかがなさいますか?」
部屋に入ってきた使用人が主へと伝える。
「ふん……食事中だ。待たせておけ!」
神官長は、口に付いたソースをナプキンで拭い、落ち着いた物腰で答えた。
しかし、その直後、廊下をバタバタと歩く音――そして、強引にその部屋の扉が開く。
「……失礼します……」
息を切らし、部屋に入ってきたのは”商人組合”の代表 カビオン・シーリア 本人だった。
「取り込み中だ! 出ていけ!」
眉を顰める神官長は、そう彼を一蹴し、構わず食事を続ける。
その様子にカビオンは一瞬、呆れた顔を覗かせていた。
「ご無礼を承知の上……至急……お伝いしたいことがあります。これはヴァセリオン教にとっても大事な報告です……どうかお願いします……」
カビオンは頭を下げ、必死に訴えを続けるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「で……なんだ? その報告っていうのは?」
食事を終えた神官長が邪魔くさそうに質問を投げる。
「ありがとうございます。……神官長様。ここ最近、都市に入ってきた大量の農作物について、どうお考えになられていますか?」
「……農作物? それが、どうかしたのか?」
と、神官長の不遜な答えに、『やっぱりか……』とカビオンは呆れた顔をするのだった。
「これは……非常に不味い状況です」
その言葉に神官長は眉間の皺の寄せる。
そして、カビオンはその理由を淡々と語り出すのだった。
事の発端は……。
<コステリヤ神聖王国>の最北東 辺境都市<ボンペイ>を襲った謎の疫病にある。
それによって都市の商業は壊滅的な被害を受けていた。
特に深刻なのが、農業である。
この都市は辺境都市という事もあって、農作物の大半は自給しなければならない。
ところが、この疫病のせいで大事な農家が、どこも廃業に追い込まれていた。
この危機に”生産組合”の代表 マルシン・ツンフト と ”商人組合”の代表 カビオン・シーリアは対応を迫られる事となる。
それぞれの組合から災害復興支援金を出し、農業の崩壊をそのギリギリで食い止めていたのである。
しかし、これは焼け石に水だった。
二つの組合の資金だけでは、都市全体の農家を支えることは実質不可能だった。
(もし、都市最大の資金と権力を持つヴァセリオン教団が援助してくれたのならば……)
カビオンは、心の中で愚痴をこぼす。
しかし、これは過ぎたことであり……現にカビオンは何度も神官長に頼み、その必要性を説いてきた。しかし彼、の解答は「ふざけるな!」の一点張りだった。
(問題は、せめて今年分の農作物をどう確保するか?)
そんな迫られてた状況化で。
ある日、都市外から大量の農作物が運ばれてきたのだった。
聞けば、都市の領主が独自に発注した作物らしく……今後、継続的に仕入れていくとのこと。
(どうやって……こんな量を用意でできたのだ? 輸入品か? そもそも外貨が薄い状況では都市内の資金が足りないはず……)
カビオンは、直ぐにこの事に疑問を持つ。
しかし、これは”商人組合”とっては渡りに船。非常にありがたいこと。
”商人組合”は会議を重ね……この件に関して容認するという結論を出したのだった。
これが後の大問題、その引金となる。
それは、この農作物の流通に関する特例措置が取られているばかりか、市場原価よりも六割減の値段で卸せられていたからであった。
どういう事かと言うと――。
普通、都市内に入ってくる農作物の全ては一度、卸し市場へと運ばれ――農業教同団体 ”農教” が承認――その後、市場で仲卸業者の商人が競り落とし、各店舗で販売されるのが一般的である。
しかし、領主が用意した農作物は、卸し市場には入らず、独自のルートで販売されるという措置がなされていたのである。
「な――!? なんだそれは!!!?」
ここまでの話を聞き、神官長は怒りの声を挙げる。
それもそのはず……これはヴァセリオン教の教えに背く行為だったからである。
ヴァセリオン教団が直接運営している農業教同団体 通称 ”農教” またの名を ”VA” と呼ぶ。
この団体は表向き、”生産組合”に属しているが、その実態は全くの別格。組合以上の権威を持つ団体だった。
彼らの主な仕事は生産者から卸し市場へと運ばれ、承認と祈祷することである。
そう、この都市の生産品は全て、ヴァセリオン教の許可がないと商品として売れないのである。
それを彼らの
そして、彼らは……規格の大きさ、形、魔虫の被害が無いかを確認、選別し、綺麗な物だけを市場に出すよう仕向け、さらにその検品と謎の祈禱料によって原価の六割以上の値段を取っていた。
つまり、商品の値段を吊り上げ、中抜きをしているのである。
結果、規格外の農作物は売り物にならず廃棄処分。
当然、市場への出荷数量は減り、それに伴い農家達の収入も激減。さらに農作業の負担も増えると――農家を減らす要因になっていたのだった。
しかし、これは世間一般では良しとされていた。
そもそもの話、都市の政策の方にも原因があった。
それは疫病以前、都市内の農作物の収穫量は充分に足りているという名目で逆に減らす方向性をとっていた。
いわゆる減反政策と同じ内容である。
結果――都市の人々はそのコントロール、物価の高騰に苦しみ、権力者は至福を肥やす。そして、権力者の周りにいる者はそのおこぼれを貰おうと縋る。
この構造は消費者、一般の大衆は知らされていない事実である。
だからこそ、”商人組合”と”生産組合”はヴァセリオン教と蜜月な関係となっている。
それは、ヴァセリオン教団が国教であり、農作物の物流や卸し市場の場所など至る所で彼らと協力関係を結ばないと商売にならないからだった。
しかし、今回、領主が用意した農作物は、その”農教”を通さない形での販売を行っていた。
この事実は、”商人組合”の中で、大きな波紋を生んでいた。
『おかしい? そんな事が許されるのか?』
『これは、規則違反。違法ではないか?』
固定概念に縛られた正当性。偽りの規律に踊らされた商人達。
彼らの様々な意見が飛び交う中。
その農作物だけが、我々が扱う約半分以下の値段で店頭に並ぶ。
しかも、その商品の品質は問題ないどころか……明らかに良質な物である。
当然、消費者は安くて良い方を選び、そちらへと流れていく。
そんな現場から。
『”脱農教”した方が儲かるのではないか?』という声が出てくるのは必然的だった。
そして、これは農業教同団体 通称 ”農教”を存在意義を脅かすことに繋がり……。
カビオンがそれに気がついた時は最早、手を遅れだった。
(それが領主の狙いであり、その仕掛けた罠に私達はまんまと嵌っていたのだ)
「おい! どうするのだ、お前は!?」
事の重大さにようやく気付いた神官長は、カビオンに向け鋭い視線を飛ばす。
「聞いているのか!? どう責任を取るのだ!!?」
(おかしい……、こんな短期間で継続的に農作物を確保できるなんて普通ではない。一体どこから買い付けしているというのだ)
この問題は、その大量の農作物が定期的に送られ続けている点である。
「恐れながら……神官長様。この農作物の出処について何か情報はありませんか?」
「ふん、あるわけないだろう。責任転嫁をするな! そもそもそういう情報についてはお前ら”商人”の方が専門分野であろうが!」
カビオンは『責任転嫁しているのはどちらの方だろうか?』という言葉を飲み込む。
神官長の罵声を片耳で聞き流し、また持病の胃痛が再発するのを防ぐためにも心を落ち着かせるよう努めていた。
(最早、どうにもならないが……今後の計画の事もある……せめて、その原因を特定しなければ)
「一つ整理させて頂くと――この農作物は領主側で用意された物であり、全て都市外から運び込まれているという事ですか……。なるほど、これは変ですね……」
「……何が、だ!?」
「いえ、最近これによく似た情報を掴んでいまして……もしかしたら、そこに秘密があるのではないかと……」
「――それはなんだ! 勿体ぶらずにさっさと言え!」
「はい、どうやら私の部下の報告によると――領主が都市内で始めたゴミ回収サービスなるもの。それを行う際、各家庭のゴミと一緒に
「なんだ……その木箱の中身とは? 何処に運んでいるのだ?」
「いえ、どうやら……徹底的な情報封殺が行われているみたいで……郊外の森林地帯からは、その足取りは負えませんでした……」
その答えに怒り疲れたのか……神官長はこめかみを人差し指で押さえ、頬杖をつく。
「ふん、相変わらず、使えなさだな……。まあ、所詮お前らは商人、そこまでは無理か……」
暫く間を開け、何かを思案する神官長。
「どうされる……おつもりですか?」
その姿はいつもの悪巧みをしているようにカビオンには視えていた。
「決まっておろう……」
そして、ゆっくりと瞬きをし……。
「なら、その中身を盗んで確認するまでだ!」
神官長は下卑た笑みを浮かべるのだった。
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あとがき
お読み頂き誠にありがとうございます。
この回で三章の前半戦は終了です。
農業で言えば、種まきが終了したことになります。
ここから後半戦は怒涛の展開となる予定です。
大収穫と激動の宗教対決を
お楽しみにして頂ければ幸いです。
『面白そう!』と思った方や誤字脱字報告等。
またコメント・感想などお気軽に評価を頂けると嬉しいです。
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