第51話 宗教と愉快な子供達への思想教育


 「今日は、普段良い子にしている皆さんの様子を見に、この方が来てくださいましたよ!」


 沢山の子供達を前にして白い祭服の修道女がそう紹介する――。


 「我がカミヒト教の教主 アマクサ・カミヒト様です!」

 

 子供達の視線が集まる中、俺は矢面に立たされているのだった。


(なんで……こんなことに……)

 

 <レサエムル村>に、新しく出来た施設――孤児院。

 都市を襲った謎の疫病”黒死病”。

 その弊害で親を失ってしまった孤児達を引き取り養護、教育するための児童福祉施設である。

 この施設はフィデスが進めた慈善事業であり、村の大工棟梁 ゲオルグのおやっさんの手によって建てられた教会で――そこでは、既に大勢の子供たちが共同生活を行っていたのだった。

 

 「 「 「 あー、”パパ”だ! 」 」 」


 「――”パパ”!!?」


 俺を観るや否や――子供達が俺の事をそう呼ぶ。

 そして……気がつけば――四方八方、大勢の子供達に囲まれていたのだった。


 「あ痛たたたた!」

 

 俺の両腕を引っぱり、「ねぇ、いっしょにあそぼーよ!」催促する子供達。

 背中から肩によじ登り、頬をつねったり、ぺしぺし叩いたりと――。

 

 俺は、されるがまま……熱烈な歓迎を受けていた。

 

 まるで、大家族の父親。

 ビックダディの休日風景……と俺はそんな気分になっていた。


 「こらこら、皆さん。ダメですよ、良い子にしないと!」

 

 その光景を注意する嬉しそうな一声。

 すると……子供達の「はーい!」と素直で聞き分けの良い声が挙がり、小さな手を離すのだった。

 

 (助かったー)

 

 綺麗な金色の髪を靡かせる若い美女。

 純白の祭服に凛とした振る舞いを見せていた。

 

 「”ママ”ごめんなさい……」

 「いいんですよ、皆さんは”パパ”が遊びに来てくれて嬉しかったですよね……」

 

 この施設を作った張本人 "聖神女"  フィデス・ガリアだった。

 

 そして……。

 なぜ、俺がこの孤児院に訪れたのか、というと――。

 彼女の為である。

 

 ここのところ俺は、村のさまざまな問題を解決するために、東奔西走していた。

 各村の施設の視察や手続きの書類との格闘など――忙しさを極めていた。

 一方、彼女はと言うと相変わらず疫病の治療に専念する日々。

 結果、同じ村の近い距離にいるはずなのに、お互いの顔を見る機会が減っていったのである。

 

 そんなある日、俺は医療現場の全体指揮担当 ”治療魔法師” ミシェル・セカネスから相談を受けていた。

 その内容は……どうやら最近、彼女の元気がないようにみえるというものだった。

 

 彼女は今や"聖神女"と呼ばれ、人々の精神的な支えになっている。

 それ故、彼女が抱える重責も人一倍多いのであろう。

 

 そこで俺は、彼女の久しぶりの休日に、孤児院の視察も兼ねて付き添うことにしたのだった。


 そう、大事な従業員のメンタルケアも会社の長としての大事な務めなのである。

 

 しかし。


 「”パパ”も怒ってはいないから、皆さんでちゃんと謝りましょうね」

 

 子供達に囲まれ、戯れる彼女の様子は――実に楽しそうというか……。


 「ごめんなさい……」

 

 幼い子供達の頭を優しく撫で、あやす光景。

 まるで、聖書の一文。本当の聖母様のような……。


 ミシェルさんの心配は杞憂のように思えていた。

 

 「よく素直に謝れましたね、偉いですよ。 間違いを素直に認め、正せるのは美徳です」

 

 それは、俺がメンタルケアしなくても。

 彼女自身、子供達と触れ合って充分に癒されているようだった。

 

 

 (ん……それにしても……)

 

 少し気になるのは……。

 子供達が俺達を呼ぶ、その呼称である。

 

 ふと疑問に思った俺は、彼女にこっそり耳打ちするのだった。

 

 「あのー、フィデスさん。……”ママ”って言うのは一体……?」

 「ええ、そうなんです……カミヒトさんも知っての通り、この子達は全員、母親の愛情を知りません。ですので、私達がその代わりと言うとあれですが……少しでもその寂しさを紛らわせればと思い、そのようにしているのです」

 

 なるほど、それで先程の彼女の人気ぶり、か。

 きっと、この子達から見たら……フィデスは、母親――いや、それ以上。憧れにも似た存在になっているのだろうか。


 (確かに納得は出来る、出来るんだが……でも、なぁ……)


 「俺が父親ってのは……ちょっと……」

 「あら、そうですか? カミヒト様は子供達からも『敬愛なる父様』と親しまれていますよ♪ それにあの子達も大変、喜んでいる様子ですので、出来ればフリでもいいのでご協力頂けないでしょうか?」


 そう、ちょぴりの悪戯顔を覗かせる彼女。

 俺にはそんな風に視えていたのである。


 (俺が『敬愛なる父様』?)

 しかも、なんか、そのフレーズは危険な香りがするぞ!


 そう思いつつも……。


 「いいですか、皆さん! カミヒト教は人を愛し、赦す宗教です! 皆さんも良き行いをたくさんして立派な大人になりましょうね!」

 「 「 「 はーい! 」 」 」

 

 その子供達の無邪気な笑顔に――。

 俺は断れるわけもなく、その日一日、父親役を引き受けてしまうのだった。

 


 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 

 

 それから、俺達は……。


 「はーい! 皆さん注目! 今日はなんとですねー、”パパ”と一緒にちょっとしたゲームしましょうね」

 

 子供達と一緒に、レクレーションをすることとなった。

 

 フィデスは子供達に向け、高らかな声で説明していた。

 

 「ルールは簡単。この教会内のどこかに卵の殻が隠されています。それを見つけ出し、そこに書いてある質問をパパに伝えられたらクリアです。ちなみに正解者にはエバさん特製のおやつがもらえますからね、頑張りましょうね♪」

 

 その姿は保育士や先生と言っても遜色のない手慣れたものである。

 

 子供達はおやつが貰えると聞き、大いに歓喜していた。

 

 「用意は良いですか? よーいドンって言ったらスタートですよ」

 

 彼女の声を合図に、子供達は一斉に駆け出すのだった。

 

 このゲームは、レクレーションと称した一種の勉強である。


 この世界の子供達は、文字の読み書きや文章を理解できる子が少ない。

 そう、幼稚園や小学校のような教育機関が存在しないのである。

 

 そこで、フィデスやマリーが自分達の仕事の非番、手が空いた時に、この施設に訪れ、先生役をしていた。

 内容はこのような遊びを混ぜた授業で、日々、子供達も楽しく学習し出来ているらしい。

 

 (授業参観に参加する親ってこんな感じだろうか?)

 

 まあ、立場上。親というよりも理事長に近いのだが……。

 

 俺は教育に対しては思う節があった。

 

 例えば日本の明治時代初頭。西洋の文明が入ってきて庶民の生活は一気に西洋化したことがある。所謂、文明開化である。

 なぜ、そんなにも早く生活が一変したのか?

 

 その秘密は当時の日本の識字率にある。

 江戸時代、日本は寺子屋、手習塾など、庶民が文字の読み書きを学べる教育環境が充実していた。だから、大衆への普及がスムーズに行えたのである。

 

 そう、教育はとても大事なのだ。


 俺が忌み嫌っていた天草教団も教育には力を入れていた。

 もちろん、小さな頃からの刷り込み教育、悪い意味で、だが……。

 

 それに以前にマリーが教えてくれた、魔獣の認識問題や魔法と魔術の違い――その件もある。

 

 この孤児院では正しい思想教育を行い、未来ある子供達が自立していけるような環境を整えられれば、と俺は考えていたのだった。

 

 「あったー!」


 教会のあちらこちらで子供の歓喜の声が挙がり、一人の幼女が俺の元へと駆け寄ってくるのだった。

 

 「どれどれ、なんと書いてあったのかな?」

 「えっーとっねー、およめに……しゅるなら……どういうひと……がいいですかー?」


 ……!? はい!? ……なんだ質問は?

 

 俺は、答えに困り、フィデスに助けを求めると……。

 

 「カミヒト様、ここは正直に! 正直に答えてあげて下さいね♪」

 

 思いっきり梯子を外されるのだった。

 

 (どうするよ……全然わからんぞ。……まったく……誰だよ、こんなミーハーな質問を考えたのは?)


 恋愛経験ゼロのおっさんには、非常に辛く、残酷な質問である。

 

 (でも……まあ、うちの村は女性が多いし、きっとこういう恋愛トークと言うものに飢えているんだろうなあ……)

 

 そう考え、前向きに――オッサンなりに――その部分を絞り出してみる。

 

 そして。

 (それにしても……小さな子供には、まだ早いだろ!)

 と結論に至るのだった。

 

 「……お嫁に行くにはまだ早い! 結婚は大きくなってから考えましょう! はい、おめでとう! 景品だよ!」

 「わーい! ”パパ”ありがとう!」


 それからも、続々と――子供達が質問を持って来た……。


 「ん……とねえ……ままのしゅきなところをみっちゅおしえてください」


 「全部! はい、おめでとう! 君にも景品あげるね!」


 俺は事務的に適当な解答でお茶を濁していた。

 

 その間、なぜかフィデスが一喜一憂しているように見えたが……たぶん、気のせいだろう。

 

 こうして、全員におやつが行き渡った頃、窓から日が差し、辺りは薄暗くなる。

 楽しい時間はあっという間と言うように、それは孤児院の視察の終了の合図。俺達は教会の扉の前、大勢の子供達に見送られていたのだった。

 

 「子供達をよろしくお願いしますね……」

 

 フィデスは、常駐の職員 修道女にそう言うと。

 少し寂しそうに子供達、一人一人に別れの挨拶をしていた。

 

 「いいですか、忘れてはいけませんよ。皆さんは家族ですから……」


 ん……なんか、言葉の端々が……。


 「家族なんですから、ずっーーーーーーーーーーーと一緒です」


 大袈裟な気もするが……。

 

 「一人もいなくなってはいけませんよ! いいですか、いつまでも私達の可愛い子供達でいて下さいね!」

 

 きっと、これも俺の気のせいだろう……。




 

 

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