第50話 大農園 ”神の園” 平和の象徴と神の血


 『収穫の季節がきたので、その分け前を受け取ろうとして、僕たちを農夫のところへ送った』 ――  マタイによる福音書 21章 34節 ――

 

 

 そして、もう一つの起爆剤。

 

 それは”洗礼式”とそれを管理するマリーの人事能力だった。

 

 この農場で作業する従業員達の様子。特に……魔法を使い作業をする姿が目に付く。

 土系統の魔法は簡単に土を掘ったり、畑を耕し足し火系統魔法は炭作りや夜間作業の松明などの火起こし役と――そのスキルは至る所で大いに役立っていたのである。

 

 それは”洗礼式”によって、魔法の適正を選定し、マリーの元で管理、指導を行った結果、ここまでスムーズに農業が行えたという事である。

 

 (俺から見たら異様な光景だが……果たして、この世界ではこれが当たり前の事なんだろうか?)

 

 しかし。

 

 「ここでは多くの従業員が、教主様から授かった奇跡””を用いて農作業を行っています。これはマリー様が考案された農業の手法で……」

 

 場内の説明を続けるラセイムの話では、どうやらこれは画期的な事だという感じが見受けられていた。


 (ん……” ” ?)

 

 俺はその言葉に引っ掛かる。

 それは彼女が時折、”魔法”の事を”魔術”という言葉で説明していたからである。

 

 (一体……”魔法”と”魔術”はどう違うのか――)

 

 そんな疑問を持った俺は、その事をマリーへと聞いてみることにしたのだった。


 「カミヒト様、それは……ですね……」

 

 彼女が一瞬、神妙な面持ちへと変わる。

 

 どうやらその話によると……。


 この世界の魔法と魔術はほぼ、同義らしい。

 

 正確には、魔術の中の一つ、聖霊魔術が魔法というのが彼女の解釈とのことだった。

 

 では、なぜ”魔術”という言葉は彼女達しか使わないのか?

 

 それはこの国教、その教えの中に、あるだと彼女は云う。

 ヴァセリオン教では、”魔術”使う者は異端者の証になっているらしい。そして、聖なる”魔法”こそが、彼らの崇める神 ホッアーが授けた叡智であるという刷り込みが行われているのだという。


 つまり、本来、魔法と魔術は実は一緒の意味だが……”魔術”という言葉はこの国では禁句タブーであり、それを口にした瞬間、異端審問にかけられるという事だった。


 (ここにきて、またしても迫害か……)

 

 しかも、魔法を使える者は治療魔法師と同じで稀少な才能。

 それを唯一確認できるのが、ヴァセリオン教の教会だけというのが、この問題をさらに難しくしていた。


 (宗教ってやつは、全く……どこまでもいっても自己権力を求めてしまうもんなんだよな……)

 

 改めて思い知らされる認識。それは、この世界でも一緒だった。

 もちろん、悪い意味で、だが……。

 

 とにもかくにもまだ、希望はある。

 

 それはこの世界に生きる人は皆、等しく魔力を持っているという点だった。

 

 もし、その魔力を身分関係なく、誰もが自由に使えれば――。

 この農作業の様子からも分かるように、現代の農業機械などの代わりになるはずではないだろうか。

 

 そう、”電力”の替わりに”魔力”を使うように。

 

 民の暮らしはもっと便利になるである。


 その恩恵はかなりでかい。

 俺の想像では――やがて……社会と暮らしにかかわる変革が生まれ――いずれは蒸気機関車のよう産業の変革、エネルギー革命と変わるのではないだろうか。

 

 そして、この考えは……。

 もしかしたら他の分野にも当てはまる事ではないだろうか。


 そんな風に考えていた、その時――。


 「ん? ……ラセイム? あれはなんだ?」

 

 俺の視界に飛び込んで来る――畑の上空を飛び回る白い影。

 

 (……鳥か? それもよく見ると……鳩みたいな……)

 

 「教主様、あれは魔鳩ヌエスウという魔獣でございます。この牧場では放し飼いにしております」

 「――魔獣を、か!!? 先程の牧場でもそうだったが……本当に大丈夫ですか?」

 「それは、ですね……」

 

 そう、答えづらそうにするラセイムがマリーへと目配せする。

 そして、ここからマリー自身がそれについて語るのだった。

 

 「この農場”神の園”の特徴としましては魔羊ウルリア魔鳩ヌエスウなどの魔獣を農業に生かして運営させて頂いております。主にこの魔鳩ヌエスウは農作物を食い荒らす魔虫を食べてくれていて、人に危害を及ぼす心配はございません。では、なぜ、これが一般的に広まっていない禁忌とされているのかといいますと……」

 

 と続き、彼女が話す内容。


 それは先程同様、とてもセンシティブものだった。

 そう、またしてもヴァセリオン教の教えが弊害となっていたのである。


 ヴァセリオン教の教えでは魔獣は人を襲う悪しき獣だと伝えられている。

 しかし、魔獣の中には積極的に人を襲うものもいれば、魔羊ウルリア魔鳩ヌエスウのように人を襲わない、比較的おとなしい魔獣も多くいる。

 ようは現代の肉食動物、草食動物と同じである。

 

 しかし、ヴァセリオン教は全ての魔獣を一方的に”邪神の使い”と決めつけ、徹底的に駆除しようとしていたのである。

 そして、それを実行している機関が”冒険者組合”だという。

 

(もしかして、これが都市の農作物の不作に繋がっているのではないのか?)


 この時俺は……とある現代の歴史を思い出していた。

 

 それは、かつて社会主義の最高指導者が行った最悪の政策。

 そのせいで推定死亡者数は数千万人以上出したと言われる人類史上、最大の大飢饉。

 

 その原因がだったという事実を――。

 

 (……それに比べると……ここの農園は……)

 

 魔鳩ヌエスウ魔羊ウルリアを放し飼いにすることにより、魔鳩ヌエスウは小さな魔虫を食べてくれ――魔羊ウルリアは畑の不要な雑草を食べていた。

 それはまるで……合鴨が雑草や農業害虫を食べさせて駆除する――現代の合鴨農法と一緒の原理だったのである。


 話の途中、急にマリーが手を伸ばすと――。


 一羽の魔鳩ヌエスウが、木にとまるかのように彼女の手の甲に舞い降りた。

 もう一方のしなやかな指でその羽毛を撫でてやると、その魔獣ヌエスウは気持ちよさそうに寄り添っていた。


 実に人馴れした様子に――。

 

 魔獣との共存。

 その可能性をこの農場――農業技術から彼女は俺に見せてくれたように思えた。

 

 (……やはりこれは……見直すべきだ……)

 

 この国の常識や思想が本当に民の為になっているか――を。

 

 それは、国民の思想教育から見直す必要がある――と強く感じた瞬間だった。

 


 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 

 それから俺達は、この農園の最後施設と足を踏み入れる。

 

 そこは広大な畑の一角、屋根のない剥き出しの木組みの巨大な建造物がある場所で、その上部には長いつるを伸ばし多数の黒い実を付けた果物が、沢山垂れ下がっていた。


 (まるで葡萄だな……)


 俺はそう思いながら……案内されるまま、その果樹園の中を歩く。


 すると、マリーがその果実の房を優しく手に取り、その一粒を手で摘まみ――。

 

 「カミヒト様。お一つどうぞ……」


 直接、俺の口元へと運ぶ仕草を見せ、俺に試食するように催促してきたのだった。

 

 「遠慮なさらず、さあ……」

 

 いつもより近い距離。綺麗な黒髪が靡き、風にのってハーブアロマの良い香りもする。

 彼女の顔立ちは、いつだって男を勘違いさせるには充分なほどの破壊力を持つ。

 

 そんな姿に俺は大いに困惑させられていた。

 

 なんとも言えない抗いがたき衝動――と同時に餌付けされるような羞恥心が、両天秤となり――やがて傾く。

 俺は辺りをキョロキョロ見回し、ラセイムがこっちを見ていない事を確認――その隙に言われるがままに口を開いてしまうのだった。

 

 そして、彼女の人差し指が俺の唇に触れ――口の中に黒い果実が押し込まれる。


 「お味はいかがでしょうか?」

 

 噛んだ瞬間、口の中に広がる果肉の甘味。


 「……おっ……ん……?」

 

 しっかりとした酸味もあり、より一層甘味が引き立っている。

 

 しかし――。

 

 すぐにガリっとした不快音と、後から追いかけてくる強い渋み。

 

 果実の皮が厚く、種も多い。

 正直、言ってそのままではとても食べづらいフルーツだった。


 「味は美味しいけど……これは……食べずらいな……」

 

 俺は種と皮を吐き出しながら、素直に感想を述べる。

 すると、マリーは少しだけ悪戯顔を覗かせるのだった。

 

 「ふふっ……失礼しました♪ やはり、そうですよね、エバさん達にも試食して貰ったですが、全く同じ感想でした……」

 

(――じゃあ、何で俺に食べさせたんだよ!)

 

 俺はその表情を眺めながら、この庭園に沢山実る果物へと視線を移す。

 

 (村一の料理人でもあるおかみさん達も同じ意見か……でもこれだけ、あるのに破棄するのはもったいないし、どうしたもんかな……)

 

 と、俺はあれこれと暫く考え込む。

 

 (この食材は、料理に使ってもいいし、加工食品しても良いと思うが……)

 

 その時、俺の脳裏に浮かべ上がるフラッシュバック――とある出来事……。

 

 それはとあるパーティーの風景――企業協賛の品と言って、ウン百万の飲み物がポンポン開けられ――お偉いさん達がガバガバ飲む、趣味の悪い情景。

 

(やはり……これを加工すると言ったらあれだな……)

 

 「醸造酒にしてみたらどうだ……」


 何気ない俺の提案に、マリーの表情が一瞬、驚きへと変わり――そして微笑む。


 「なるほど……お酒ですか……良いですね♪」

 

 彼女はそう同意すると――こめかみに指先をあて、拍子をとり始めた。

 

 俺には、彼女のその仕草がまるで、百通りもの思案を巡らせ、その算段をつけているかのように視えていた。

 

 (これは……いけるんじゃないか……)


 そんな確信が俺にはあった。

 

 なぜなら……。

 以前……おかみさん達の宿屋で働いた時、俺はこの世界のお酒を飲んだことがあった。

 その時の感想は、不味いの一言で――それはもう、なに入れているのかわからんくらい独特な匂いと苦み。アルコール度数はかなりキツく、注文するのは荒れくれ者の冒険者だけ――と決まっていた。

 その為、この世界ではお酒を飲むのは男性ばかりで女性は飲まない、というのが慣習となっていたのだ。

 

 しかし、この果実からは良質な葡萄酒ワインが出来る。

 

 しかもこれは、確実に女性の方にも好まれるお酒。もし製造できれば、女性も楽しめるお酒という新たな価値、需要ニーズを生み出すことが出来る。

 

 新たなニーズの独占販売。それは、すなわち競争相手が全くいない市場ブルーオーシャンである。

 

 そうなれば、この村の強力な特産品となり、益々<レサエムル村>は栄える。


 そして、何より……この彼女の反応。それがその無限の可能性を教えてくれていたのであった。

 


 

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