第47話 会議は踊らず、進む
俺とマリー、領主専属の執事 ティル は、今後の予定を話し合う為、改めて領主の城 <イシスール城>へと訪れていた。
「全く! あいつはまた、遅刻か!」
領主が待つ部屋の扉越しから聞こえてくる主の怒鳴り声。
その声に、俺とマリーはお互いの顔を見合わせ疑問の表情を浮かべた。そして、ティル さんに「これは一体?」という視線を送ると――彼は、「またですか……」という、ため息を見せるのだった。
(誰か、俺らの他にも……会議に参加する人がいるのだろうか?)
俺達はこのまま、部屋の前で聞き耳立てていても仕方がないので……その扉をノックする。
――と、領主のまだ少し怒気を含んだ領主の返事が返ってくるのだった。
「お久しぶりです、領主様。どうかされたんですか?」
俺達が中に入ると、少し慌ただしい様子の領主サンジュ=ルクモレン伯 の姿があった。
「ああ、すまないな……予定がだいぶ、ずれこんでしまったが……まあ、仕方ない……早速始めるとするか」
と、速やかに会議が執り行われるのだった。
会議の内容は大きく分けると3つ。
今まさに動いている都市内の政策の確認と、これからの方針。そして、今後の村、事業の課題である。
まずは現在進行形で動いている政策、事業。
ゴミ処理、公衆衛生の向上の政策である。
これは都市内のゴミ収集を村の人々が行う廃棄物処理の公共事業と、各ご家庭にマリーの考案の公衆衛生グッズの営業販売の事である。
その成果は上々で、都市の裏路地にあった沢山のゴミは処理され、すっかり綺麗になっていた。そのおかげで小さな害獣の数も激減し、結果――疫病の対策が功を奏し、感染者が大幅に減ったのだった。
さらに『都市の外に治療施設が出来き、無償に近い治療が受けられる』という内容の御触れが世間に広まり、感染者達が無事、戻ってきたことにより、都市内の不安は払拭され、人々は徐々に日常生活を取り戻していた。
それと同時に各ご家庭でのごみ回収サービスも開始し、利用者の評判を好調。その過程で行っている営業販売の公衆衛生グッズの売れ行きも順調で、中には
俺にとってこれは予想通りだった。
それもそのはずである、こちら側が売り出す商品は、都市内で売られている製品よりは半値以下の価格帯で販売しているからである。
なぜ、そんなにも安く出来るのかというと――。
それは市場に出ている商品が原価に対して価格設定が高すぎるからだった。
やれ、何とか成分配合だとか――安心安全の商人組合のお墨付きだとか――上面だけの謳い文句で色を付け、とんでもない料金でかさ増ししているのが原因だった。
それに比べ、マリーが考案し、村の人が製造を行った商品は、天然由来の製法で余計なものが入っておらず合理的。品質管理も徹底され、従来のものよりも高品質。さらに村の治療費の借用制度のおかげで、人件費が大幅にコストカットされ、この価格が実現出来たのである。
「ここまでは順調と言っていいだろ……」
そう、領主がひとまず安堵の息を漏らす。
しかし、これはあくまでも薄利多売。
「問題はここからですね……」
本当の利益が出るのはここからである。
そう、現在行っている事業は単なる疫病対策の範囲でしかない。
我々が次に行わなければならないのは疫病後の経済復興と都市権力、政治の奪還だった。
つまり、我々の事業で都市の住民の生活を回復させつつ、都市内の各有権者をこちら側に向かせなければならないのという事である。
今まで行った政策は謂わばその為の布石。
ここから話し合われる事業内容こそが、その第一歩となる。
今、都市の中で最も深刻的な問題。それが食糧問題である。
”黒死病”のせいで、農作物の収穫量が激減し、値段が高騰している。
都市外からの買い付けも辺境という立地の影響で、思うようにままならず、他国からの輸入にも輸送費の問題で莫大な予算が必要となる。
つまり、すぐに回復することなどは到底不可能な難題だった。
……だが……。
「な……!!? すまない……マリー殿……私の聞き間違いか……もう一度言ってくれまいか?」
領主はわかりやすく自分の耳を疑っていた。
「はい。うちで取れた作物を早速、都市内の市場に卸したいのです。宜しければその許可を頂けませんでしょうか?」
再度、マリーの言葉を聞いてもなお、戸惑いを見せる領主。
それもそのはずである。
配られた資料に書かれた収穫量。桁外れの数字の羅列。
こんな短期間に多種多様の作物を大量に準備出来るなどの常識外れ、理解し難い話だった。
「これは……本当に出来るのか……」
その領主の問いに、マリーはいつもの微笑みを浮かべていた。
「ええ、領主様が今すぐにでもおっしゃられるのなら可能です」
再度、その言葉に驚き、部屋の温度が上がる。
彼女が冗談を言っていない事は、今までの働きぶりから明白で、領主を含めこの場にいる全員が、それを知っていたからである。
彼女が独自に進めていた大規模農園。
その内容が説明されている間、一同はまるで狐に化かされているような顔をしていた。
どのようにして、これほどの収穫量を確保したのか――それは後で、俺が視察し、確認する事でなり……。
「正直、これが……噓か真か半信半疑だが……もし、これができるのなら願ってもない事だ。マリー殿、改めてこちらからもお願いしたい……」
こうして、すんなりと都市内の食料自給問題の解決策が成るのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから話は……いくつかの政策、事業を確認した後、<レサエムル村>の警備問題へと移る。
村の一番の課題。
防衛力の強化と全体的な指揮を執れる優秀な人材の雇用である。
「なるほど……な……」
そう言って、難しそうに腕を組み考え込む領主。
(やはり……難しいのか……)
俺が、そう思うには訳があった。
それは事前に執事 ティルさんから説明されていた都市<ボンペイ>の情勢について、である。
この都市<ボンペイ>及び、領主の城 <イシスール城>には多くの兵士が常駐している。
それは都市の門兵や場内の治安を守る警備兵など。相当数の兵がおり、各隊長クラスがその指揮を執っているのだ、という――。
しかし、この問題は、ここ<ボンペイ>も<レサエムル村>と同じ状況である、という事だった。
どういう事かというと――都市にも大規模な軍の指揮を執れる人材が不足しているという内容だった。
その話に、俺には思い当たる節があった。
ユーグル・ドモアン。彼が若くしてこの城の隊長の一人に抜擢されていたことである。
彼は確かに腕が立つが、大人数を指揮するにはあまりにも……経験不足な点である。
ティルさん曰く、主要な兵や指揮官クラスは、先の大戦で王都に召集令により駆り出され、そのまま帰って来ていないのだという。
いわゆる徴兵制度である。
俺はその話を聞き、途中で何とも言えない不安に駆られていた。
それは国間の争いとこの国の内情――戦争があるという現実の再認識。
そして、それはこの辺境都市にも例外ではないという事である。
(ここにきて、またしても戦争か……)
平和ボケした日本で生きた俺には、すんなりと受け入れられない事。だが……これは目を逸らす事の出来ない現状である。
彼の話によると、幸い――この都市<ボンペイ>は立派な外壁に囲まれ、領主の城 <イシスール城>は強固。更に辺境都市ということもあって他国からの侵略もほぼないとのこと。
したがって、大規模な魔獣の災害以外は取り立てて、急ぐ事案でもないというのが都市の軍事状況だった。
「妥協案としては……”冒険者組合”か……」
重々しい空気の中、領主がポツリと呟く。
(やはり……)
俺は城内で人員を割けない以上、冒険者に頼むしかない、という同じ意見に達していた。
「その場合……果たして適任者がいるのか? という点と……長期任務による依頼料。まあ……そこはなんとかできるが……問題は”冒険者組合”が立場上、中立を取っているという現状だな……」
そう、分かりやすく渋い顔をする領主。
その表情からこの問題は、簡単な事ではないというのが推測できる。
現に、村ではすでに”冒険者組合”所属のアレクさん達<
しかし、これは領主が頼み込んだ上で、”冒険者組合”側が出来る最大の譲歩だったと俺は推察する。
(確かにこの問題、”冒険者組合”の協力が見込めれば、事態は少し進展すると思うだが……)
彼らもこの都市の顔役の”三役”の一角である。そう簡単に、領主側につけない事情があるのだ。
彼らがこちらに協力しやすい体制を作るか――あるいは、そうせざる得ないような状況を作る――。
(どちらにせよ何かしらの手が必要か……)
その時、俺はあることが頭をよぎる。
(ん……? 有権者を集め、資金を募り、交流の中で体制の決起会を行い、あわよくばビジネスチャンスに繋げる……?)
散々、参加した事のある――いや、正確には嫌々させられていた
(そうか!
「領主様。これは一案ですが……」
そして、俺は領主にその内容を説明するのだった。
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