第46話 妄信の果てに……いやいや、そうはならないだろう!!


 一夜明け、旧領主邸の部屋。

 部屋の元の主が使っていたという古めかしいながらも立派なアンティーク調の椅子の上で 俺は……。


 「教主様、おはようございます!」

 

 かけられた女性の声に――。

 

 「……なっ……!!?」

 

 ――転がり落ちそうになるほど、驚愕させられていた。

 

 (……何が起きているんだ!!?)

 

 そこにいたのは穏やかな微笑みを見せる娘。

 全身を漆黒の祭服に身を包み、まるで献身的な修道女の様……だが。


 ――俺はその姿に眉を顰める。


 なぜならその女は……。

 昨日まで村の人々の事を”悪魔”、”邪神教徒”だとかなんとか騒ぎ散らしていた張本人 ラウニ・デュワーズだったからである。


 「その節は大変な無礼を働き……本当に申し訳ありませんでした……」

 

 と、深々と頭を下げ、素直に自分の非を認める彼女。


 「ど、どう……して……いや、一体なにが……?」

 

 まるで昨日の騒ぎがまるで嘘のような……そう思ってしまう程の変わり様だったのである。

 

 (……俺はまだ……寝ぼけているのか?)


 混乱し口籠る俺を尻目に。

 

 「そうですよね。困惑されるのも当然ですよね……」


 彼女は至って冷静な様子を見せていた。

 

 「端的に申しますと、私は目が覚めたのです」

 「……はぁ……?」

 「この”カミヒト教”こそが人々の希望であり、世界を救う唯一無二の光だったのだと――」

 「……な、なるほど……」


 いやいや……どう考えてもおかしいだろう!?

 まるで別人格が喋っているような違和感があるぞ!?

 

 俺はよく知っている。

 宗教に嵌り、妄信した者がどうなるかを。

 そして、それが簡単には改心しない事も――。


 だが……。

 

 「神は私達をお見捨てにはなかった……なぜなら、教主様という救世主を下界に遣わせて下さったのですから……」

 

 なおも彼女は、止まらぬ称賛を語る。

 

 そのあまりの変貌ぶりに。


 (……どういう心境の変化なんだ!?)

 

 もしや……これは演技をしているのではないだろうか?

 と、勘繰りを入れたくなっていたのだった。


 しかし――。

 

 「ああ、主よ! 感謝致します! 私の過ちを正す機会をお与え下さったことを深く深く、感謝します!」

 

 彼女の慈愛の籠った表情と口調。

 その献身的な祈りの仕草を交えながら熱弁を繰り返す様子に……。

 俺の目には、決して演技をしているように見えないのであった。

 

 (相変わらず信仰心というか……いや、この場合は妄信というべきなのか……)

 

 まるでような、そんな印象さえ感じる。


 だが、これは……。

 

 明らかに異常事態だ。

 

 そこで俺は……その原因を問う為、その要因を作った当人に耳打ちするのだった。


 「……マリーさん、彼女ラウニに一体、何をしたのですか?」

 

 近く寄ると微かに漂うアロマの良い香り。綺麗な長い黒髪に彼女と全く同じ服装、漆黒の祭服を身に纏う麗人。

 にっこりと微笑みを浮かべたままのマリー・スクエットは、隠すまでもないという様子で率直に答えるのだった。


 「いいえ、カミヒト様、私は何もしておりません。全ては、これまで貴方様が行った功績と、その素晴らしい教えを一晩中を説いたまで、でございます。その結果、という認識でございます。そうですよね? ラウニさん?」

 「はい♡ おっしゃる通りです、マリー様♡」


 ……なるほどね……それなら仕方ない……。


 ……って……。


 納得できるかぁぁぁああ”あ”あ”ああああ!!!


 絶対におかしいぞ!

 第一、何をしたら一晩でこんなに変わるんだよ!!


 それになんだ!!!?

 功績だ!? 威光だ!? そんなもんはねぇぞ!!

 俺はそんな説法なんかした覚えは、一度たりともないから!!


 「マリー様♡ あの……その……今日も……とっても素敵です♡」

 

 あと……このラウニの反応はなんなんだ!?

 いつの間にか……”マリー”のことを”様”づけで呼んでいるし……。

 

 まさか……こいつ……。


 「ラウニ、どうもありがとう。貴方も充分、可愛いわよ」

 

 何か変な薬でも盛ったんじゃないのか?

 

 普段取りのマリーの微笑み……に反して――。


 (怪しい過ぎる……)

 

 俺は疑心暗鬼の目を向けていた。


 その時……。

 

 「ラウニ! あんた……やっと……目を覚ましてくれたのかい……」


 部屋に勢いよく入ってきた母 エバ・デュワーズと妹マルタ・デュワーズ が第一声、涙ぐんだ声を挙げる。


 「……ママ!……今まで本当に心配かけてごめんなさい……私は本当にママ達にひどいことを……」

 「もう……いいさね……分かってくれた、それだけで十分……」

 「……ごめんなさい……」

 

 たぶん、これはマリーの手引きで、あらかじめ彼女の今の状態を説明していたのだろう。

 そう言って、彼女達は抱き合い――和解の抱擁をみせていた。

 

 「お姉ちゃん……良かった……ほんとに……」

 「マルタも……ごめんね……」

 

 そこには、家庭内の蟠りは消え去り、あるべき形……普通の仲睦まじい親子へと戻った、と――。

 ドラマの最終回のような光景が既に繰り広げられていたのだった。

 

 その用意周到さ、予定調和のとれた状況に。

 

 (くっ……)

 

 俺は困惑していた。

 それはこれ以上の詮索は不要で、何も疑問を呈することが出来ない、というような雰囲気に変わってしまったからである。


 そして……。

 

 そんな俺の心境を知ってか知らずか……。

 

 「エバ様、マルタ様……良かったですね……」

 

 そのタイミングで、マリーが彼女達へ優しく声をかける。

 

 「マリーさんや、何を言うんだい……これも全てあんたのおかげだよ。本当にありがとうね」

 「いえ、これはカミヒト様の指示でございます。私はそれを行ったにすぎません。そうですよね……教主様?」

 「……いや、これは全て……マリーが――」

 「――そうだったのかい。 あんたにも気を遣わせて申し訳なかったね……」

 「……違っ……そのおかみさん……これは……全てマリーが……」

 「謙遜しなくてもいいんだよ。ほんとあんたは謙虚な人だね。ありがとうね……」


 駄目だ……。完全に俺の手柄にすり替えられ、論点をずらされている。

 

 「……おじさん……ありがとう……」


 その涙混じりのマルタの声がとどめとなり……。


 「……ああ……おお……」


 俺はすっかり否定する気が薄れ……只々、愛想笑いを繰り返すしかなかったのだった。

 

 まるで、

 

 (……ん? ……もしかして俺は……彼女の術中に嵌っているのか?)

 

 そう思って、改めて部屋の片隅……そのマリーの姿を一瞥すると――。

 

 「あの……マリー様……その……今晩も……あの……よろしいでしょうか?」


 (な……!?)

 

 何やら頬を赤らめて、恥ずかしそうに耳打ちするラウニの密談の声が聴こえてきた。


 「困った子ですね……分かりました。今晩も私の部屋で大人しく待っているのですよ……」

 「はい、かしこまりました♡」


 (……なんだ!? この会話は!?)

 

 瞬間、俺の視線に気がついたマリーは蠱惑的な笑みを魅せ……。


 そこでようやく俺は気付く。


 これは……やっているぞ!! 完全にヤってやがる!!

 くっ……これでは……ますます、男の俺が聞きづらくなってしまったではないか!!

 

 と俺は、もはや、蚊帳の外。

 この件に深入りするのを諦めざるを得なくなっていたのだった。

 

 暫くして、一度、冷静になった俺は。

  

 (ふー……まあ……理由はともかく……ラウニには手荒なことをせずに済んだ訳だし、ひとまずは……彼女の口からこ村の情報が洩れることはなくなったのだから……。これでよしとするしかないか……)


 彼女達の問題は無事解決した――と俺はそんな思考に至る。

 

 しかし――。


 この問題は、そう簡単ではなかった。

 彼女がこの村に潜入してきたという事は、少なからず、あの神官長が村の存在を認知にしているという事。


 あのクソ野郎のことだ……今後この村に対し、第二、第三の矢を放ってくるだろう。


 既に、村の中に間者が紛れこんでいる可能性がある。

 

 (これは早急に何かしらの対策を立てねば…………)


 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 


 ラウニ達が去った後、旧領主邸には俺とマリー、村内の護衛課 護衛兵 隊長 ユーグル・ドモアン、都市<ボンペイ>の連絡役 領主専属の執事 ティル ・ニクソンの四人でこの村の問題について話し合う事となった。


 主な議題は村の防衛、警備の強化である。


 しかし……。

 

 「なるほどなぁ……」

 

 一連の流れ、話を聞いたユーグルは腕を組み、珍しく考えこんでいた。

 

 彼には村全体の警護の指揮と新しく入った護衛兵達の教練を一任している。

 現在、村では”集団洗礼式”によって各部署に将来有望な人材が続々と登用されている。

 それは、彼の率いる警護課も同じことが起き、護衛兵の人員も徐々に増えつつあるのだった。

 

 にもかかわらず、なかなか思うように練兵が進まないのだと彼は言う――。

 

 その問題点は二つ。


 一つは村の人口が増えすぎている件である。

 ”黒死病”の影響で今もなお、村内の人口は増え続けており、もはや、ただの村の防衛では事足りなくなっている点だった。

 マリーが行ってくれた全住民の戸籍制度には、村の人口は約6千人以上。

 これは小都市に迫る勢いといってもいい。

 

 そう、つまり警護対象が増える以上、村人、一人一人を守るのは不可能――今の村の防衛施設、簡易的な柵で守るだけでは、限界があるという事だった。

 

 本来だったら村の大工 ゲオルグのおやっさんと相談しつつ、大規模な防護壁を構築しなければならないのだが……。

 おやっさん曰く、防衛施設の設計は専門外とのことだった。


 そして、もう一つの問題。

 それはユーグル自身にあった。

 

 彼が言うには戦闘任務において一番難しいのが護衛らしい。

 常に警護対象に気を配りつつ、戦闘しなければならない為、一長一短には身に付かないというのが現状。

 それに彼自身、領主の護衛兵隊長としての経験が浅く、多くの兵士を統率し指揮を執るのが現状、難しいということであった。


 つまり、有能な指揮官とそれら全体の統率を出来るような人物が必要であるという事だった。


 「すまねぇ……兄弟。正直……俺には大戦での戦闘経験がねぇだ……大規模な兵の防衛については、まったくの門外漢だ……」

 

 そう、素直に自分の赤髪を下げる。

 

 その姿に俺は素直に関心させられていた。

 こういう、武士道の塊のようなタイプは自尊心が強く、傲慢なところがあるのではと、勝手に思っていたが……。

 どうやら、彼は客観的に自己分析できる男らしい。


 まあ、それはそうとして……。

 現状の戦力で何とかできないだろうか?

 

 新人の兵達の教練には、冒険者のアレクさん達も手伝って貰っている。

 しかし、彼らの本来の職業は冒険者。本来、魔獣の相手が専門である。


 (参ったな……これは<レサエムル村>ではどうにもならない問題だぞ……)

 

 暫く、考える面々。

 会議はそこで行き止まりを見せるのだった。


 部屋中、手詰まり感が漂う中……俺は。

 

 (そもそも、本当に村にそんな大規模な警戒をする必要性はあるのだろうか?)


 そんな、素朴な疑問が浮かび上がっていた。

 そこで、領主の側近でもあるティル ・ニクソンに率直にその疑問を投げかけてみることにした。

 

 「ティル さんに聞きます。ヴァセリオン教団は今後、暗殺とかの強行手段を使ってくると思いますか?」


 その問いに、白髪の老紳士は少し考え込み、やがて、こう返すのだった。

 

 「正直……ないとは言えませんな。なにせ……悪い噂が絶えないあの神官長の事ですから……」

 「やはり……そうですか……」


 俺は、その時、自分の甘い考えに気付き……改めていた。

 どうしたって、この世界では不当な暴力が猛威を振るう。

 やはり用心に越したことはないのである。


 (ゆくゆくは、ユーグル達に全て任せるとして……現状の急務は、やはり兵をまとめ、全体の指揮できる人物が必要……か……)


 そこで俺は、一旦その件も含めて、領主に相談することとなるのだった。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る