第45話 妄信の果ての修羅場



 ――村中に響き渡る、女の声。

 そこには村人達の人だかりができていた。

 

 「貴方達は全員、騙されているのよ!!」

 

 その大きな声の主の女は、両手を縛られながらも……物凄い剣幕で叫び、抵抗し続けていた。

 

 濃い化粧に派手な装飾品。服装は、明らかに高そうなブランド物の装いなのに、どこか隠し切れない田舎者娘のような……。

 

 (この娘……どっかで……?)

 

 すぐ後ろには警備兵のユーグルを始め、屈強な兵士――数名が貼り付き、逃げられない状況……。

 

 「この村には悪魔がいるのよ!」

 

 ……にも関わらずまるで反省するつもりもない様子。

 まるで、自分は正しい事をしていて、これは不当な扱いだと主張し続けるかのように。

 

 「このままだと貴方達全員、地獄行き確定よ!」

 

 わけのわからない持論、妄言をヒステリックぎみに垂れ流していた。

 

 (こいつは何を言っているんだ……)

 

 その姿に俺は眉を顰める。嫌悪を感じせざるを得ない。

 なぜなら、この言葉に既視感があるからだ。

 そう、悪徳宗教に嵌り、盲目となった信者の姿に――。

 

 「――おい! いい加減、大人しくしろ!」


 男の怒声。その横暴を上から諫めるような声が飛ぶ。

 まるで現行犯逮捕したような警官のような振る舞い。

 それは、危害は加えないまでも強めのユーグルの警告だった。

 しかし……。


 「”ホッアー”様の敬虔なる信者でもある私に向かって、その言い草……わかっているの……あなた、ろくな死に方しないわよ!」

 

 女は意にも返していないような態度をとる。

 まるで、自分は特別な存在に守られているような、そんな不遜な態度をとっていた。


 「ふん! 何が、”ホッアー”様だ! そんなもん知るか!」

 「……なんですって!!? 地獄に墜るわよ!」

 「上等だ! やれるもんならやってみろよ!」


 二人の言い争いに、場内の雰囲気はより一層、険悪さを増していく。


 (……ん? 今、”ホッアー”様って言ったか?)

 

 俺は、ここで、初めて事の重大さに気付く。

 

 (確か……ヴァセリオン教団の崇める神だよな……、――って、おいおい、まさかこの娘、教団の手先じゃないか?)

 

 そう、この<レサエムル村>の存在は内分であり、ヴァセリオン教団にはバレてはいけないのである。

 更に俺達は現在、教団側に顔が割れ……お尋ね者になっている状況。

 もし、これが、ヴァセリオン教団の神官長の手引きだとしたら……。


 (これは非常に不味い状況じゃないか……!?)


 俺はすぐさま……そっとその輪から離れようとした……その時――。

 

 俺の姿に気が付いた村人の一人が声をかけてしまうのだった。

 

 「おお……”教主”様ではないですか! 聞いて下さい! この女が……」


 その一言に周囲の視線がこちらへと集まっていた。

 

 (ヤバっ!)


 「……今……”教主”様? と……そう言ったかしら……」


 女は、ピタリと喚き散らかすのを止め――不信の目をこちらへ向ける。

 

 その視線に焦った俺は……。

 この場を逃げ出すか? はたまた、もういっその事、この事態に首を突っ込むべきか?

 その判断に戸惑い、沈黙を守っていた。


 その瞬間だった――。


 

 「こら、ラウニ! あんたわ! 今の今までどこで何していたんだい!」

 

 

 ――どこからともなく威勢がいい女性の声が聞こえてくる。

 聴衆の人の輪が裂け、その中へと入っていく、二つの影。

 

 まるでお菓子のパッケージのおばさん。うどんを作らせたら天下一品のようなどっしりとした体形の女性。

 

 (これは最悪だ……)

 

 この村の料理係・宿舎管理の責任者 エバ・デュワーズである。

 そして……。

 

 「お姉ちゃん!?」

 

 そのすぐ隣には栗色のポニーテール、丸顔、目のぱっちりした黒い瞳の可憐な少女。

 娘のマルタ・デュワーズの姿があったのだった。

 

 「ママ!? それに……マルタも……良かった……みんな無事だったのね……」

 

 その娘の言葉に――俺はようやく、その既視感の正体に辿り着き、納得の手を叩いた。

 

 (そうだよ! すっかり忘れてた!)

 

 この娘は確か……おかみさんの娘でマルタの姉 ラウニ・デュワーズだ。

 それは以前、『野良猫の寝息亭』でバイトしていた時、彼女の姿を見たことがあったのである。


 二人の姿にラウニは驚いたように目を丸くし、口籠る。

 どうやら本当に心配していたらしい……。そんな風に俺には視える。

 

 そして、その隙に、俺は改めてこの状況を整理するため思考を巡らせた。

 

 ヴァイオリン教団は、俺と、おかみさん、マルタの三人をお尋ね者として捜索している状況。

 このラウニは教団側の人間であり、密偵の可能性が高い。

 彼女は現在拘束され、護衛兵ユーグルにその自由を奪われている――。


 ……一瞬、その彼と目が合い、俺に溜息混じりの苦笑を見せた。

 

 (そういうことか……)

 

 ユーグルはこのラウニがあきらかな不信者だったから、あらかじめ捕まえていたのか……。

 それは機転の利いたナイスな判断だった。


 そして、再会の感傷に浸り、黙っていたはずの当の本人は。

 

 「なるほどね……全て、わかったわ……」

 

 やがて……ポツリと、嫌味さを込める様に呟く。

 

 「よく聞いて、ママ! この村は異端者達の村なのよ!」


 そう、高らかに張り上げた声。

 その言葉に一同の「何を言ってんの、この娘は?」という呆れた息が漏れるのだった。

 

 「あんたは……もう……また馬鹿な事を……。人を悪く言ってはダメって何回も言ってるでしょ! それにこの村の人達は私達に、親切にしてくれたのよ! それをそんな言い方して……もう……」

 「――いいえ、違うわ! 神官長様が言っていたのよ! ママ達が失踪したのは悪魔がそそのかしたのだと……」


 そして……再び、こちらへと向けられるラウニの視線。


 「……そう、……そういうことだったのね……」

 

 彼女は、再度、新たな真実に気が付いたような口調となり……。

 

 「村人を騙し、ママ達を洗脳した全ての元凶、悪魔は……」

 

 突き刺さるような憎しみの眼差しを見せる。


 「――あんたでしょ!」

 

 (――――なっ!!?)

 

 まるで『この人が犯人です』と断定するように。彼女は明確に敵対心を露わにしていた。


 「あなたがこの村を異端者の村へと変えた悪魔なんでしょ!」

 

 (……えっ!!? 俺のせい? なぜ!?)


 「この外道! 今すぐ、ママ達の洗脳を解きなさいよ!」

 

 当惑する俺を尻目に、次々と浴びせられる罵声。

 その瞬間、今度は……彼女を取り囲んでいた村人達が痺れを切らすように一斉に口を開いた。


 「――”教主”様に向かってなんて口を利くだ、この娘は!?」

 「――ふざけないで! 何も知らないくせに何を言ってるのよ!」

 「おねいちゃん、かんじわるい……」


 老若男女、多くの村人達が一斉に彼女を責め立て始める。


 「みんな、騙されてはいけません!! この男は”邪神”の手先なのです!!!」

 「――何をいけしゃあしゃあと! 貴方ね……一体、何様のつもりなのよ!!!」

 

  彼女を中心として村人とラウニの口喧嘩の応酬が繰り返されていく。

 

 それは、最早――。

 

 「皆さん、一回落ち着いて! ねぇ、ねぇ……冷静になりましょうよ!」


 俺の声や――。

 

 「……お姉ちゃん……やめて……違うの……お母さん……が言っている事は本当なの……」


 涙目のマルタの必死の訴えは――。

 

 「マルタ! あんたまでそんなこと言って! どこまで狡猾な悪魔なのかしら! ほら、見て見なさい! みんな、洗脳されているんじゃない!!」

 「洗脳されているのはそっちだろ!!」

 

 もはや、多くの人の声。言い争いの中にをかき消されていく。


 「なんとも、まあ……憐れな人達……。”ホッアー”様の偉大さに気がつかないなんて……」

 「やっぱり……あのヴァセリオン教の者か! この村から今すぐ出ていけ!」

 

 それでもなお、ラウニは火に油を注ぐように大衆を煽っていた。

 

 「そもそも、あなた達の神への信仰心がないから悪魔に騙されるのよ!」

 「何だと……もういっぺん言ってみろ!」

 

 彼女を中心に啀み合い、その罵声の応酬が広がっていく――修羅場と化す。

 

 どうすればいいんだよ、これぇぇええ”え”ええええ!!

 

 燃えに燃えた感情の火は更に膨らんでいき……。


 もう、だめだぁぁああ”あ”あああああ!!!!

 

 収拾がつかないところまで大きくなっていた。


 その時だった――。

 

 

 「皆様、どうかされましたか?」

 

 

 怒号が飛び交う、場内に差込む――艶やかな声。

 その声に場内が静止し、温度が急速的に引き下げられる。

 

 そこに現れたのは漆黒の祭服を纏う女性達。全員、フードで素顔を隠す異様な集団。

 その先頭、彼女達を引き連れたリーダー的存在。フードの下、覗き視える綺麗な長い黒髪。息を呑んでしまうような美貌。

 この村の全体の統括 マリー・スクエット だった。

 

 その彼女の長い睫毛が周囲を一瞥し、瞬く。


 「なるほど……そういうことですか……」

 

 彼女は全てを理解したように、そう呟き――その魔性の口角を吊り上げる。


 「失礼します、カミヒト様……ここは私にお任せ頂けないでしょうか?」


 そう、語りかける表情に、確信めいた自信が見て取れる。

 確かに、彼女はこういう揉め事の専門家スペシャリストだが……、それでも俺は半信半疑だった。

 

 「……ですが、本当に大丈夫ですか? ……これ、何とかなりますか?」

 

 この宗教特有の洗脳にも近いラウニの状態。

 これは厳密には洗脳ではない。

 自らが正当化するという、人間が本来持ち合わせている性分を利用され、刷り込まれたものである。

 故に他人がどんなに必死に説得しようが、変わることのない難しい問題である。


 ――しかし、彼女はそれも織り込み済みで、なお、自分にその一切を一任して欲しいと云う。


 (一体……どうやって……?)

 

 その俺の表情を察したのか――。


 彼女は説得の代わりに蠱惑的な微笑を俺に見せた。


 「――――――!!?」

 

 そして……。


 「ご安心下さい、カミヒト様……すべて、私にお任せいただければ、必ずやこの問題を解決することをお約束します」


 そう、不敵に言い放つのだった。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界のゴミアイテム『聖遺物』で『宗教ビジネス』……のはずが『ルネサンス・宗教改革』~ 追伸、信徒が『カルト教団化』し、国を滅ぼそうとしてます。誰か助けて下さい ~ 誰よりも海水を飲む人 @hizayowai2020

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画