第44話 教主はこの村の現状に思いを巡らせる

 

 「教主様、おはようございます!」


 村人達とすれ違う度に――そう、声かけられていた。

 それも一人二人の騒ぎではない。

 村中、数え切れない衆人に、である。

 

 周囲には、木造の建造物が立ち並び、旧領主邸から広場を中心として既に街道が整備された<レサエムル村>。その様子を視察中のことだった。

 

 皆一様に、護衛に囲まれた俺の姿を見つけると――丁重なお辞儀を見せる。

 

(参ったな……)

 

 その対応に思わず、不細工な愛想笑いが漏れ出るのだった。


 あの日――フィデスの宣言以来……俺は気軽には外出をできなくなっていた。

 それは村人の俺に接する際の対応がより一層、強まっていたからである。

 

 (これはもう……拝礼、神のような崇拝に近い……)


 次々と伝播するように拝まれる。そんな村の中を。

 俺はその考えから逃げ出すように無理やり別の事へと意識を向けていた。

 

 相変わらず、至る所で鳴り響く、金槌の音。

 村内は沢山の人々の活気に満ちていた。

 

 そう、この村は今もなお、発展を続けているのである。

 連日の集団洗礼によって人は増え続け、従業員の数に比例して土地面積は幾度なく、拡張され……。


 (だんだん、北欧の古都に似てきたな)

 

 ほぼ、間違いなく村の開発のモデルは、都市<ボンペイ>のあの噴水広場。

 <レサエムル村>は、まるで風船が膨らむように、みるみるうちに成長していたのである。


 そして……それはなにも、村の外観だけではなかった。

 

 「――おい! 坊主! これは一体どういうことじゃあ!」


 ――唐突に木霊する聞き馴染みのある野太い声。

 

 こちらへと小走りで歩み寄る筋骨隆々の髭達磨。

 

 「――!? おやっさん!? どうかされましたか!?」


 村の大工職人棟梁 ゲオルグ・ツンフトである。


 「どうした! も、なにも……お前さんが寄越したあいつらの事じゃ!」

 「なにか、問題がありましたか……?」

 「――いや、その逆じゃ、あ奴ら……優秀過ぎるぞ!」


 その突拍子もない解答に、俺は肩透かしを食らう。


 (びっくりしたー)

 

 どうやら……ゲオルグおやっさんの話によると――。

 

 人員不足の彼の<ゲオルグ手工業ギルド>に、大工関係のスキルを持っている人間を選定し、送ったところ……彼ら全員が目を見張るような働きを見せたのだという。


 「教えたそばから、どんどん技術を吸収しおるし、それに近頃じゃあ、自分達で勉強会まで開く始末じゃ……」

 

 俺の【神眼】は他者のステータスとスキルを覗き視ることが出来る。

 その効果はユーグルの件で検証済みだったが……。

 

 これは疫病の影響で職を失ったことと、本来持つ職能の適正が相まった――結果、異常なモチベーションに繋がっているのだろうか?


 「本来、徒弟制度と言ってな、3年間以上、修業させてから現場を任せるのじゃが、この調子なら一年たたずで職人マイスターを取れる者が出て来るじゃろう」


 その予想外の言葉に俺は驚く。

 確かに洗礼式で【幾何学】や【工作】などの大工にむいてそうなスキルを持つ者に職を勧めたが、まさかそこまでとは。


「出来れば、まとめて全員、うちのギルドで面倒見たいと思うぐらいじゃ!」


 数々の職人マイスターを育ててた、このゲオルグおやっさんが言うのだから間違いのだろう。


「それに新規住民を増えている事じゃあし、どうだ 小僧! この際、村をさらに広げてみないか!」

「ええ、問題ないですが……」

「よし! わかった! それはこっちで勝手に進めておくから心配するな! ああ、それと――生産組合の関係の知り合いに、何人かこの村を紹介して欲しいという話が来ておるがどうじゃあ?」

「えっ、わ、わかりました、そちらは一度、マリーさんとティルさんに相談してみますね」

「おお! それは助かる! 全く……忙しくてしょうがないわい!」


 と言って……すぐさま踵すを返し、彼は嬉しそうに仕事へと戻っていくのだった。


 相変わらずの豪放さ。終始、その勢いに圧倒されていたが。


 俺はその普段通りの対応が妙に新鮮で嬉しく感じていたのだった。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 

 その後も……俺は村の様子を見て周る。

 その時、気がついたのだが、このような変化は、何も<ゲオルグ手工業ギルド>でだけではなかったである。

 

 集団洗礼によって、村の各部署に振り分けられた人材。それは村の発展に大きく貢献し、その生産性は飛躍的に上がっていたのだった。


 そして、その効果を最大限発揮させた最大の要因、それは、マリー・スクエットがおこなった政策――組織内における役割や職務を分ける役職の振り分けである。

 

 その最大の利点は、従事者の役割の明確化で、簡単に言えば肩書によって本人がやるべき仕事や責任をわかりやすくし、指揮命令系統や組織運営をスムーズにしたという事である。


 彼女が行った村での体制化は以下のとおりである。

 

 

 教主 カミヒト・アマクサ

 

 全体の統括及び、経済・農業・人事・商品開発課 ”魔女” マリー・スクエット

 

 特殊治療魔法師 "聖神女"  フィデス・ガリア

 

 疫病対策課 治療魔法師 筆頭 ミシェル・セカネス


 都市<ボンペイ>の連絡役 領主専属の執事 ティル ・ニクソン

 

 村内の護衛課 護衛兵 隊長 ユーグル・ドモアン


 村外の魔獣駆除・食料調達課 冒険者 アレク・ネノス


 繊維・衣服課 裁縫師 アンナ・セカネス

 

 建築大工課 大工棟梁 ゲオルグ・ツンフト


 料理係、宿舎管理課 村の住民代表 エバ・デュワーズ

 

 

 最初、マリーからこの提案書を渡された時、『これはいくら優秀な彼女でも、あまりにも負担が大きすぎるのではないか?』という疑問が浮かび上がった。

 そこで俺は彼女を呼び出して素直にぶつけてみるのだった。


 「大丈夫です。この人員はあくまでも仮でし、それに手が足りなくなった部署はその都度、仕事の振り分け、人員の調整をおこないますので……」


 俺はその完璧な応対に一切の異論は出なかった。

 実際すでに、この村の統括しているのは俺ではなく、このマリー・スクエットである。彼女の仕事ぶり、手腕には村中の絶対的な信頼がある。

 

 それに、彼女と一緒にこの村へと来た女性集団……その存在。

 彼女達もかなり優秀で、その元でよく働いてくれていたのである。

 皆、マリー・スクエットの仲間、手足というところだろうか。


 彼女達が今、村で進めている事業。それは村だけではなく、都市内ではゴミ回収の公共事業と衛生グッズの無料配布、旧スラム街ではゴミ分解、再生肥料施設。さらにそこから離れ隠された地に大農園と――着々と進んでいる。

 

 そう、彼女達は最早、必要不可欠な存在で、村の中枢を担う一大派閥となっていたのである。


 村中のあちらこちらで見受けられる、信徒達が着る真っ白い祭服とは正反対の黒い外套――まるで”魔女”の集団。

 現在、<レサエムル村>は白と黒の祭服が混在する、異様な光景が広がっていた。

 

 俺の見る限りでは、そこに隔たりやわだかまりはなく、業務をおこなっている。

 その光景に俺の内心はホッとさせられていた。

 

 中世ヨーロッパの”魔女”の迫害も例があったが……。


 (フィデスのあの演説の影響もあるのだろうか)

 

 俺の心配は全くの杞憂だったのである。

 

 「そうですか、分かりました。大変な時はいつでも言ってくださいね」

 「お心遣い感謝いたします。恐縮ながら、ひとつ進言させて頂いてもよろしいですか?」


 この時俺は(ん……、なんか仰々しい言い回しだな)と感じていた。


 「貴方様は、今やカミヒト教の教主でございます。私共への振舞いもそのようにして頂けると助かります」

 「ええっと……つまり、丁寧な言葉遣いを辞めろということですか?」

 「左様でございます。私の事は今後、マリーとお呼び下さい」


 俺は少し黙考する。

 確かに最近……俺の言葉遣いに違和感ある反応を示す村人がいたのだ。

 

 この世界の上下関係は、もう少しラフな方が自然なのだろうか?

 確かに貴族社会があるくらいだし、もしかしたら逆にそれが、無作法になるかもしれないな。彼女が言うぐらいだし……。


 「分かりま……いや――わかった……これからもよろしく頼む」


 不慣れな俺の言葉遣い。

 それを聞き、彼女は魅力的な微笑を浮かべるのだった。


 「かしこまりました。お任せください、教主様」

 

 なんか……仮面を剥がされたような羞恥心がある。

 

 (俺としては、この"教主"というのはやめて欲しいのだが……)

 

 村人たちの熱に、俺は「もう、どうにでもなれ!」という、自棄糞やけくそになっていたのだった。


 そして、もう一つ……村の起爆剤となる存在があった。

 それはマリーが造る特製の薬『魔薬』である。

 

 これは疫病に対しての延命処置として、使った薬だったが、その用途は多岐にわたっていた。

 【HP】と【MP】の回復。

 まあ、多少の依存性はあるものの……特に危険な副作用も特になく、滋養強壮剤のような使用の飲み物にもなる。

 

 そう、これはまるでエナジードリンクである。

 

 しかしその効果は、現代のそれとは比べ物にならないくらいで……。とんでもない疲労回復効果があり、不眠不休で働くことが出来る程の代物だった。

 

 (程ではないが……独特な中毒性があるし……ヤバいかな……)

 

 すでに嗜好品として村の一部で広まりつつ、ある『魔薬』。

 その効果を自分でも実感し……ちょっと恐ろしくなった俺は、村の皆に必ず休息を取せ、『過剰摂取は控える様に』と御触れを出すのだった。


 (まあ……人体への害はないのだし、労働者の嗜好品としてなら、いいのか……)


 歩きながらそんな考えを巡らせていた……。


 その時――。

 

 「ちょっと! 貴方達、なにするのよ!!!」


 ――突如、女性の悲鳴にも似た、叫び声が村中に響き渡るのだった。



 

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