3章 宗教ビジネスと宗教抗争編

第43話 商人組合代表の思惑


 『わたしの家は、すべての国民の祈の家と唱えられるべきである、と書いてある。それなのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしてしまった』 ―― マルコによる福音書 11章 17節 ――

 

 

 <コステリヤ神聖王国>の最北東 辺境都市<ボンペイ>。その都市の機能を一端を担う、三つの職能団体。

 ”三役”と呼ばれる商人組合・生産組合・冒険者組合である。

 都市の人々は各種の職業に就く際、必然的にこれらの組合に所属することとなる。

 故に、この都市では”三役”は絶大な影響力を有していた。


 その一つ……重責を担う商人組合の代表。

 カビオン・シーリアはヴァセリオン教の神殿のとある一室、豪華な扉の前で持病の胃痛に襲われていた。

 

 「痛たたた……」

 

 上等な生地を使った貴族の装いチュニック。その腹部を押さえ、その場で立ち止まる。

 

 (いかん! 皺になってしまう……)

 

 大事な会議前の一張羅に気をまわしつつも……その激痛に耐えきれず思わず、壁に手を着いてしまうのだった。

 

 (どうも……ここ最近、胃の調子が悪い……)

 

 じわじわと迫り来るような鈍痛。その原因は明白だった。

 

 ここ最近の疫病の騒ぎである。

 その影響は我が商人組合内にも深刻な損失を与え、連日その対応に追われる日々が続いていた。

 つまり、この病気は精神的な疲労ストレスからくるものだった。

 

 「カビオン殿……大丈夫ですか?」


 そう、すぐ隣にいる中年の男が声を挙げる。

 いかにも職人らしい筋肉質の体躯。煤だらけの服に皮の前掛けエプロンを掛け、そのごつごつした手の指先は真っ黒に汚れている。


 (よりによって……何と、まあ……心もとない……)

 

 こんな大事な会議の前なのに、まるで仕事の合間に抜け出した格好で来る無作法な漢。

 今回、同席する同じ”三役”の一人。生産組合の代表 マルシン・ツンフトである。

 

 「ええ……お構いなく……」

 

 私は彼の気遣いを軽く、流した。

 彼の性格はよく知っている。一言でいうなら温厚な職人。

 あれこれと策を講ずるような今回の交渉には全く役に立たないタイプの人間である。


 (私の胃よ、どうかもってくれ……)

 

 よって、ここからは先は、私一人が全て交渉をおこなわなければならないのだった。


 そして……もう一つの心労……。


 「遅いぞ! 貴様ら! どれだけ、わしを待たせるのだ!」


 二人が部屋の中に踏み入れると、開口一番、不遜な声が飛ぶ。


(相も変わらずの……物言いですね……)

 

 金の刺繡をこれでもかという程あしらった祭服に、豪華な魔石の装飾を纏う小太りの中年の男。

 ヴァセリオン教 <ボンペイ>支部 神官長 ゲイション・ローリンコが、部屋の奥でまるで一国の王様のように座して待っていた。

 

 「神官長様……大変申し訳ございませんでした。少々、組合内が立て込んでおりまして……こちらへ来るのが遅れてしました」

 「相変わらず、言い訳が下手だな貴様は! まともな言い訳すら用意できんのか?」

 

 不機嫌さを隠しもせず、ぶちまける神官長の様子に。

 

 (その暇すらもないくらい本当に忙しいのですが……)

 

 つい、力のない愛想笑いが出そうになる。


 「――だいたい、お前はこの非情事態に何をしていたんだ?」

 

 このマウントをとるような言葉も彼の常套手段である。

 

 「最近、後援者達のお布施が減っている。すぐに、貴様の方でなんとかしろ!」


 しかも、これは……完全に商人組合の仕事外の要求。

 

 「すぐに……と申されましても……」

 「――なんだ? 何か文句でもあるのか!」


 だが……。

 私はその無茶振りを聞き流すことが出来なかった。なぜなら、彼は<コステリヤ神聖王国>より直々に派遣された政務官であり、ここ辺境都市<ボンペイ>では領主以上の権限を持つ者。彼の前では”三役”の立場などいつでも無に等しく、逆らえば、本国とのまともな商売が出来なくなってしまうからだった。

 

 そう――我ら商人組合と生産組合は、この国教であるヴァセリオン教団に逆らえないのである。

 それがどんな横暴な要求であっても……。


 「……いえ、そのような事はございません、早急にこちらで考慮したいと思います……」


 なんとも歯がゆい、板挟みの上下関係である。


 「それから、あの馬鹿領主が、畏れ多くも我が教団に対して明確な敵対行動を取ってきたことは……貴様らも当然知っておるよな!」

 「はい……」


 この時私は……この会議に参加するにあたって前もって調べていた情報を思い出していた。

 領主の命により都市外に疫病の為の治療施設ができ、既に患者を受け入れているということ――そして、未知の病を治す"聖神女" の存在――更には民衆へ向けての感染対策――と、我々が状況の把握に努めている間に……事の大半は進んでおり――結果、領主側に先手を取られた形となっていたのだった。

 

 「この際、いい機会だから、あ奴には領主としての任を降りてもらうかと考えておる……」

 「――!? 恐れ入りますが……神官長様。彼の家柄でもあるサンジュ=ルクモレン伯爵家は代々、この辺境都市<ボンペイ>と密接に関わっており、有力な貴族の中に強固な支持者がおります。流石にそれは難しいかと――」

 「――なら、どんな汚い事を使っても良い、根こそぎそいつらを潰せ!」

 

 その安直な考えを聞き、私は心の中で盛大な溜息を吐くのだった。

 

 「……神官長様。それは、も含まれているのでしょうか?」

 「――そうだ! 出来ぬのか?」

 「重ねて申し上げますが……我らは商人と職人の集まりです。そのようなことは不向きでございます。……それは神官長様もご存じかと……」

 「――なら、冒険者組合の奴らを使えばよいではないか!」

 「……残念ながら、冒険者組合は暗殺を認可しておりませんし、それに代表のオリバー・サイモンという男は、あれでなかなか頑固でして……あくまでも中立な立場を主張し続けております」

 「ふん、本当に貴様らは……使えない無能共だな!」

 「恥ずかしながらおしゃる通りで……大変恐縮でございます」

 「もうよい! できる範囲でよいから、なんとかしてみせよ!」

 「かしこまりました。善処させて頂きます……」

 

 こんな場違いな要求を、私達に無理やり呑ませようとする辺り……私達に法を破らせ、その弱みを握り、操りたい算段であろう。

 

 (まさしく『同じ穴の狢』になれ、ですか……)

 

 私は彼のそんな考えには、乗らぬよう、話を本筋の都市内の現状へと戻すのだった。

 

 

 疫病による都市内の壊滅的な被害。それは、物流と人流の制限を強いられることとなり、結果――日用品を含める商品、物価の異常な高騰が起きていた。

 その影響により、物が売れなくなっているのだ。

 

 (……現状、"聖神女" とかいう女のおかげで疫病は沈静化してはいますが……)

 

 特に深刻なのは農作物の不足である。

 ここにきて農家の人手不足や作物の不作など様々な理由が重なり、手の付けようがない……。

 現状、お金のない庶民は食べるのにも苦労していた。


 よって……今、最優先に取り組まなければならないのは都市内の

 問題は、この焼け野原になってしまった都市を誰がどう立て直すか――である。

 

 「ですから、神官長様! ……今は、どこも大変で……」

 「だから! わしは、その状況をなんとかしろと言っておるのだ!」

 

 しかし、話は思うように進まない。

 原因はこの神官長が下界の事にはとことん無頓着で、庶民生活のことなど微塵も考えてはいないからである。

 

 (この非常時宣言化で、自分達だけが悠々自適に暮らせればいいと本気で思っている……)

 

 眼に付く、この部屋豪華な装飾品の数々。どれも一流の素材と技術で作られた贅沢品ばかりだった。

 

 「神官長様……出来れば……少しだけ、少しだけでいいのです。商人組合に融資をして頂くことは出来ませんでしょうか?」

 「くどい! 貴様らはこの期に及んで、まだ、このワシから金をせびろうとしているのか?」

 

 今まで我々が優遇して商売していたのは、金持ちのお貴族様ばかりで、常に彼の頭にあるのは、金と権力の二つだけ。

 

 (私達は、もっと早くに庶民へと目を向けるべきだった……)

 

 本来、経済は回ることで成り立つ。

 人々は金銭を通じて物を買い消費しその商品は庶民が仕事として物を作り、商人を通して売る。

 つまり、この都市にいる多くの庶民が消費行動をおこなわなければ、その循環が止まるのだ。

 

 「――いえ、神官長様、違います! これは復興を目的とした投資です! 商人は買い手がいないと商売ができません! まずは、庶民の懐事情を回復させることを最優先に……」

 「――能書きばかり垂れよって貴様は! このわしがわざわざ無能共に餌を与えると思うのか?」

 

 そこで話はまた立ち止まる。

 人を見下すような冷たい視線。

 やはり、彼の眼には上流階級の人間にしか、映るっていないのである。

 

 頑な差別意識と自分の意見を曲げない傲慢さ。

 この神官長の都市の情勢を気にも留めない様子に……。

 話し合いは、どこまでも同じことの繰り返し、中身の無い――並行線だった。


 (――痛たたた……)

 

 また、波打つように痛みが腹部に押し寄せる。

 

 「第一、わしがこんなにも多くの恩赦を与えてやっているのに、なんで信者が減っているんだ! 全く、馬鹿はこれだから困る!」

 

 当然、彼の差別意識が庶民にも広く伝わっている。


 「――おい、貴様! 聞いているのか! この都市の商人組合の代表として、この事態の責任をどう、とるつもりだ!」

 

 (彼が、”聖水”を提供してくれていれば……ここまでの被害にはならなかった……)

 

 「お前らが、ちゃんと馬鹿共を飼い慣らさないからこうなるのだぞ!!」

 

 今後、疫病の弊害により……教団内の有権者がどんどん離反していくだろう。

 そう――ここにきて、その全部の付けが回ってきてしまっているのだ。

 

 神官長の罵倒の合間……私は頭を抱える代わりに天井を仰ぎ、思案する。

 

 今の状況を打開するには、抜本的な経済対策が必要となる。

 それも庶民にも上流階級の人間にも、喜ばれるような仕組みで、だ――。


 (毒を喰らえば皿まで……か……)

 

 そして……。

 私は額に薄っすらと滲む汗を拭い、意を決したように、口を開くのだった。

 

 「ご安心ください……神官長様。私には……」


 そう――すでに失った主導権をもう一度こちらへと引き寄せる必要がある。


 「ほう、……策だと? それは本当に、ワシらにとって有益なものなんだろうな」

 「ええ……全て、私達に任せて頂けるのなら、必ずや……教団への信頼も多額の寄付金も手に入れてみせましょう」

 

 そう、商人組合 代表 カビオンは、精一杯の作り笑みを浮かべるのだった。



 

 〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓::

 

 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。


 ということで、ここから3章の開幕です。

 この話では新キャラ、敵教団側の参謀が登場しました。

 今後、この都市内の情勢を踏まえての直接対決となっていきます。

 

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