第42話 この宣誓と教義を以て、カミヒト教は成る



 『神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである』 ―― ヨハネの福音書 3章 17節 ――


 

 旧領主邸の自室。

 俺は、集団洗礼の準備の為、荘厳な祭服アルバに袖を通し、白の紐ストラを首にかける。

 

 この村の代表者として威厳のある姿、立ち振る舞いを示さなければならない……のだが……。

 その内心は御乱状態だった。


 (……誰か……俺を殺してくれぇぇええ”え”えええ!!)

 

 恥ずかしさに見悶え……頭を抱えては部屋の隅を右往左往する。

 

 いい年こいて、女性の膝で号泣など……マジで死ねるぞ!!

 これから……どんな顔してフィデスに会えばいいんだぁぁぁぁあああ”あ”あああ!

 

 壁に頭を打ちつける奇行をしては、気を静める。

 そんな事をずっと繰り返していた――その時。

 

 突如、部屋の扉を叩く音が聞こえてくるのだった。


 (――来た!)


 「カミヒトさん、ご準備出来ましたか?」

 

 そのいつもと変わらない彼女の声に、俺の口から心臓がちょっと……出た。

 

 「そろそろお時間ですので……早めにお願いしますね」

 「わかりました! 今、すぐ行きます!」

 

 俺は軽く深呼吸し、再度、気を落ち着かせ……部屋を出る。

 その扉の前で待っていた彼女は、既に真っ白な修道服に着替えていた。


 「カミヒトさん? おでこ……どうされたのですか?」


 と第一声、心配の声をあげるフィデス。


 「大丈夫です。気になさらず……さあ、行きましょう……」


 と、俺は精一杯の作り顔で誤魔化すのだった。


 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 

 (……落ち着け、神人よ……)


 俺達は屋敷内の階段を降り、通路を下って……。

 

 (……いつもどおりだ、平常心……いつもの仕事モードだ)


 聖堂へとつながる、渡り廊下を素通りする。

 

 ん……?

 

 

 彼女は屋敷から外へと通じる扉を開け……晴天の空の下、村の中心広場へと出るのだった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 俺が屋敷内で籠って仕事している内に、村の大工の棟梁 ゲオルグ・ツンフトは、周辺の木々を伐採し、<レサエムル村>は大きく開拓、発展させていた。

 それは最早、当初の廃村だった面影はなくなっており、村としての立派な街並みが形勢されていたのだった。

 

 その整備され、開けた場所。

 皆が憩いの場として利用する村の中心地――、広場。

 

 (なんだ……これ!!?)


 そこに、ずらりと集まった群衆。

 

 (……軽く、百人以上……いや、もっといるんじゃないか?)

 

 沢山の視線に、俺は困惑させられていた。

 

 (……もしかして……村の全員が集合しているのか!?)


 <レサエムル村>は現在、疫病患者やその従事者、さらに公共事業の従事員など集団洗礼を通して、多くの人材を採用している。

 その数、約千五百人以上……と、これが一つの村とするなら、大きすぎる人口である。

 

 そして、何より……眼前に聳え立つ、簡易的な木組みの壇上……。

 それがまるで……この日の為だけかのように用意されていたのだった。

 

 「カミヒトさん、こちらへお願いします」


 そう言って彼女が、その壇上へと案内する。

 

 俺はその状況に、素直に従うしかなかったのであった。

 


 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 改めて上から見る、眼下の光景。

 やはり、村の従業員はもちろん、元疫病の患者など……<レサエムル村>に関わる全ての人達が集められていた。

 

 明らかに洗礼式ではない、そのいつもと違う様子に……。

 

 (一体……何をさせるつもりなんだ!?)

 

 俺はすっかり、疑心暗鬼状態にさせられていた。

 

 壇上に立たされる俺と――隣に寄り添う、フィデス。

 

 ……何が始まろうというのか? 全く心当たりが無い……。

 

 俺が(これは、何事なんですか?)と、そんな視線を送ると――。

 彼女はニコリと微笑むのだった。

 

 ……一歩前。また一歩と、彼女は前へと踏み出していき……。

 群衆達が一番見やすい位置、日の当たる矢面へと立つのだった。


 「本日はお忙しい中、お集りいただき誠にありがとうございます」


 その透き通るような声に――騒めく周囲が、一斉に聴衆へと変わる。


 「今日は皆様にご報告があります……」

 

 こんな大勢の人の前で、堂々たる振る舞いを見せる彼女。

 その後ろ姿……靡く金色の髪。

 

 ここにいる全ての視線は自然と釘付けにさせられる光景。

 

 そして、彼女は胸に手を置き……祈るように厳かに語り出すのだった。

 

 「私達はこれまで多くの困難に苛まれてきました……」


 どこかで聞いたような言の葉が舞う。

 瞬間―― 日射しが雲に遮られ、辺りに巨大な影を落とす。

 

 「それは私も同じです……」

 

 これは、彼女の話だが……俺は決して他人事のようには思えなかった。

 なぜなら、ここにいる全員が直面し、身をもって体験した脅威……。

 

 「荒れ果てた風景を一人、歩いていました……」

 

 未知の疫病、”黒死病”の存在があるからだ。

 

 「どこまでも続く、暗闇の中を彷徨う恐怖、孤独、絶望……」

 

 その目に視えない病は、何処からともなくやってきて……感染していく。

 一度、発病すると、初期症状として体の一部分にちいさな腫瘍が出来る。それがたちまち全身にひろがって吹き出し、やがて……黒色の斑点が全身に現れる始め……最後には黒く染まって無惨な死を迎えるのだ。

 民衆はその恐怖に襲われ……『いつ自分が罹るか分からない』、『明日は我が身かもしれない』という狂気の日々を過ごすこととなる。


 「それは死すらも希望に思える地獄です」


 そう、"聖神女" フィデス・ガリアが現れるまでは……。

 

 「……ですが、私は……それが当然の報いだと思い、あまつさえ受け入れていたのです」


 しかし、彼女は自分の事を"聖神女"という立派な人間ではないと否定する。

 その姿に俺は……初めて会った事を思い出していた。

 今にも自死しそうな憂鬱な表情を浮かべる姿フィデスを――。


 「なぜなら……私は罪人だからです」

 

 そう、静かな声で重々しく告げる。

 その告白に――一同は、重々しく黙り込んでいた。

 

 それはパンデミック禍での生活。感染のリスクからまともな日常は行えず……その憎悪ヘイトは暴力や犯罪へと変化していた。

 人種的・民族的差別……。

 そう、弱い立場にある人々の生活は困窮し、その尊厳を奪われるのだ。

 

 (この中には、きっと……生活の困窮から盗みを働いた者もいるのだろう……)


 そんな想像が俺の頭をよぎる。

 

 そして、彼女はそれを知ってか知らずか、わからないが……。

 その陰湿な雰囲気を打ち砕くように語尾を強めるのだった。


 「しかし! そんな私の目の前に……主は突然として現れてくださりました!!」

 

 力強く響き渡る声に、呼応するかのように――雲間から射し込む陽の光。

 それを浴びて、彼女の金色の髪が黄金色へと輝き始める。

 

 それはこの状況を覆す――晴天の霹靂だった。

 

 「そして、私は知ったのです!」


 ちらりと、こちらに向けられる視線。目が合った刹那――俺の心臓が跳ね上がる。

 

 次の瞬間には、群衆へと大きく手を広げる。

 

 「この方の思いは、この澄み渡る蒼天よりも広く……」

 

 純白の祭服の裾をゆっくりと翻る。

 

 「洪波洋々と広がる海よりも深い……」


 まるで一滴の水も取りこぼさず掬い上げるような手振りを見せる。

 

 「どんな方でも分け隔てなく、赦し、愛してくださるのだと――」

 

 そう、迷いなく断言する姿に。

 神々しさ、さえ感じ始めていた。

 

 「……私もその愛に救われた一人です……」

 

 それは聴衆も同じようで、中には祈る人まで現れ始めていた。


 「それは、天界の下では皆平等であるように――」


 一人一人の顔を確かめる様に見渡すような彼女の慈愛の満ちた表情、立ち振る舞いに――俺は……。

 

 「どこまでも尽きることのない愛……無償の愛をくださるのです!!」

 

 (ん……? ? ?)


 「私はそんな主を愛します!」


 (……ちょっと待って……)


 「そして……主を信じる者達を愛します!」


 (これって……まさか……)


 多くの感嘆の息が漏れ始める。その光景に――俺は、違和感を覚え始めているのだった。

 

 「なぜなら! 見返りを求めない、この愛こそ……究極の愛だからです!!!」


 場内に風が吹く――。

 

 「神は決して、私達をお見捨てにはならなかったのです!」


 木々を揺らし、周囲の熱を攫い……。

 

 (……おい……待て……)


 一気に流れこむ――熱風。


 「そう、我々を救うべく、天界より一人の御子を遣わしてくださいました……」


 一同の視線が、一斉にこちらへと向けられる。


 「――――――な!!!?」


 俺はそこで……ようやく

 

 (この反応は……この眼は……)

 救いを求める待望の眼である。


 (こんなの聞いてないぞ……)


 「今日、この日を以て……」


 今すぐにでも……ここから逃げだしたい気分だった。


 「”救世主”こと カミヒト・アマクサ の名の元に――」

 

 (頼むから……それだけは……)


 「"聖神女" であるこの私 フィデス・ガリア が――」


 (……マジで……やめてくれ……)


 しかし、俺の祈りとは反して、時は動き始める。

 

 「の設立をここに宣言させていただきます!」

 

 (――――っ!!!?)


 「我がカミヒト教の門戸は、どなたにも常に開かれております……」


 その高らかな声は、それをさらに煽り……。


 「主を信じる者は皆、祝福をもって救われることでしょう!!」

 

 俺の逃げ場を奪っていく。

 

 「さあ、皆様方! 私と一緒に祈り……崇め、讃えましょう!」


 その言葉を皮切りに――地鳴りのような歓声が沸き上がる。

 

 熱烈峻厳の拍手喝采。

 

 多くの賛同の声に、一瞬にして総毛立つ――。

 

 「……お前ら……待て、って……」

 

 自制を促す、ささやかな俺の声は、かき消されていくのだった。

 

 そして……。

 演説が終わり、壇上で綺麗な一礼を見せるフィデス。

 

 その姿に鳴り止まない賞嘆が贈られ……。


 (これは……もう……)


 ――止まる所を知らない。

 

 (ダメじゃないか……)

 

 そう絶句し、もはや棒立ち状態になっていた俺に――。

 

 ゆっくりと、振り向く彼女は……。


 満面の笑みを見せ……。

 そして……悪戯な声色で、こう呟くのだった。

 

 「共に頑張りましょうね!     


 

 

 〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓::: :::〓:::


 

 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。


 以上、2章のクライマックスでした。

 想像以上の難産でした(笑)

 まだまだ拙作ですが、今やれる最大で書かせていただきました。

 いかがだったでしょうか?

 

 良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。

 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。



 

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