第41話 アガぺーという名の幻想


 『わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである』 ―― コリント人への第二の手紙 4章 18節 ――


 

 あの日……マリーの洗礼の時に起きた異変。

 まるで隠されていたものが露わになったような出来事。それが何だったのかを問うことも出来ず……悶々とした日々を過ごすのだった。


 そうしている間にも……疫病の治療や事業の準備と――。

 色んな事が目まぐるしく過ぎ去る中。

 

 まあ、誰にだって隠し事はあるし……特段、彼女の仕事ぶりに支障がないのだから……問題は無いかぁと――。


 時間とともに、俺は自己完結に帰結してしまうのだった。



 そして、俺は今……。

 

 <レサエムル>村の外れ。陽光指す山間に、ぽっかり空いたような巨大な湖が一望できる丘の上。

 爽やかな風が草木を揺らし駆け抜ける。その草原に座り込み、碧く煌めく湖面を何も考えずに、ぼ~と眺めていた。


 そのすぐ隣には……。

 風に靡く金色の髪と麦わらの帽子を押さえながら、こちらへと微笑む美女。

 

 「綺麗な景色ですね」

 

 フィデス・ガリアである。

 彼女の服装は、この避暑地ような場所に合わせたような真っ白なワンピース。いつか見た服と同じ服装……だが、以前と明らかに違うのはその露出の高さだった。

 ミニスカートから見える白い地肌、若さ輝くようなノースリーブと、おっさんの俺には少し、刺激が強い。

 

 服装もそうだが……このデートに似た状況……。

 それらの要素が相まって、俺の内心は、ドキドキさせられていたのだった。


 「ここに来られて、良かったです……」

 

 そう、いつにも増して上機嫌な様子である。

 ここ最近も、疫病の治療の激務ばかりであったから、きっと束の間のリフレッシュになっているのだろう。

 

 なぜ……俺達がここに来たのかと言うと――。

 それは彼女のたっての願い『今度の休みに、二人で出かけたい』という事で、このピクニックとなったのだった。

 

 まあ、たまには羽目を外しても罰は当たらないだろう、と俺は思う。

 

 そして……。


 「どうだ! 見えるか?」

 あちらこちらの茂みで、動く人影と囁き声。

 遠く巻きからこちらを覗き視る、冷やかし共。その正体は、護衛兵 ユーグル達である。

 

 「おい、もっと……近くの方がいいんじゃねぇのか……」

 「ダメです、隊長! これ以上はバレてしまいますし……無粋かと……」

 「そんなもんか?」


 (――おい! 聞こえてんぞ!)

 

 と、叫びたくなる衝動に駆られ――その寸前で呑み込む。

 

 (まったく、あいつらは真面目に仕事護衛しているのか?)

 

 そんな遊び感覚の奴らに……思わず溜息が漏れるのだった。


 「やはり……迷惑だった……でしょうか?」

 「いえいえ、とんでもない……困っているのは、外野あいつらなので、気にしないで下さい」

 「そうでしたか……」


 そう言って、嬉しそうに微笑む彼女。

 

 俺は大きな咳払いをし、奴らに自粛を促した。

 

 そう、これはデートではない。

 あくまでも彼女の願いを聞くための外出である。


 「それで……お願いの件なんですが……」

 

 そう言って、彼女は、俺の太ももにそっと手を置き、身体を寄せる。

 

 (やたらと……近くないか……!?)

 

 その自然なボディタッチと――。


 「これを見てくれませんか?」


 ちらりと見え、隠れする谷間に。

 俺は目線を逸らし、一枚の紙を受け取るのだった。


 彼女の直筆で書かれた手紙。

 

 「えっと……なになに……」

 

 その内容は……。



 ――――――――――――――――――

 

 

 私は荒れ果てた風景を一人、歩いていました。

 どこまでも続く暗闇の中を彷徨う恐怖、孤独、絶望。

 それは死すらも希望に思える地獄です。

 ですが、私はそれが当然の報いだと思っていました。

 なぜなら、私は罪人だからです。


 しかし、そんな私の目の前に、主は突然として現れてくださりました。


 そして、私は知ったのです。

 この方の思いは、この澄み渡る蒼天よりも広く。

 洪波洋々と広がる海よりも深い。

 どんな方でも分け隔てなく、赦し愛してくださるのだと。

 

 そして、私もその愛に救われた一人です。


 それは、天界の下では皆平等であるように。

 どこまでも尽きることのない愛。無償の愛をくださるのです。


 私はそんな主を愛します。そして、主を信じる者達を愛します。

 なぜなら見返りを求めない、この愛こそ究極の愛だからです。


 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 んー、……なんだ? これ?

 なんというか……ラブレター? ……というよりもポエム?

 

 「これは……私の気持ちを文にしたためてみました。……いかがですか?」

 

 (どう、と言われても……参ったな……)

 

 少し恥ずかしそうな表情の彼女は、率直な感想を欲しそうな上目遣いをみせている。

 

 (正直……何を書いているのか……さっぱり意味がわからないぞ……)

 

 だが……これはあれだな! 年頃の悩みを表現したもの。つまり……彼女の趣味。

 俺はフィデスの日頃の多忙さを知っている。そんな中、彼女が時間の合間を縫って、書いたものだ。

 それに、他人の俺が何か言うのも野暮だろう。

 ここは曖昧な肯定でやり過ごそう……。


 「うん、いいんじゃないかな……」

 「本当ですか! では、!」


 その言葉を聞いて、彼女はパッと花咲くような笑顔を見せるのだった。

 

 (ん……進める? 一体、何のことだろうか?)


 「それと、もう一つご相談がありまして……」

 「はい? ……なんでしょう?」

 「村に孤児院を作りたいと思ってまして……」


 と続ける彼女。その話の内容はこうだった。

 都市を襲った疫病”黒死病”。その後遺症のせいで、現在、村や都市には親を失った多くの孤児をいるのだと彼女は言う。

 そこで、その子供達を引き取り養護、教育するための施設を作りたいとのことだった。


 それは領主が奨める慈善事業に即しており、当然、俺としても異論はいなく、大いに応援できる提案だった。


 「いいと思いますよ。何か、手伝えることはありますか?」

 「いえ、大丈夫ですよ。そのお心遣い、ありがとうございます。ですが……このお話は、ユリアナ様に賛同を頂き、既にティルさんにも相談させて頂いておりまして……その……ですので、大丈夫です。出来ればこの件は、このまま私に一任して頂けないでしょうか?」

 

 その言葉に、俺は素直に感心させられていた。

 というのも彼女が自発的にこういう提案をするのは珍しく、また俺やマリーの手を一切借りずに、動いていたからである。


 彼女も日々成長しているんだな……と、しみじみ思う。

 当然俺は、その提案を心よく快諾するのだった。


 (それにしても……)

 

 ふと、視線を彼女が書いた手紙に映す。

 各所に書かれた言葉、そこに俺は眉を顰める。


 (……”愛”ねぇ……)

 

 楽しそうにその内容を話す彼女。

 その表情とは対照的に、俺の中のトラウマがフラッシュバックしていたのだった。

 

 

 俺は”愛”という言葉が正直、言って苦手だ。

 恋だの、なんだの……と言うものは、結局は脳の錯覚だし……。

 家族に対する”愛”というのも、俺にはさっぱり意味が分からない事だったからである。


 原因は俺の幼少期。俺を見る父親 天元は、いつだって虫けらを見るような軽蔑の眼で――母親にいたっては、ほとんど育児放棄状態。

 唯一の思い出なんて、母が家を出ていく時の事しか覚えていないのである。

 それは思い出したくもない記憶。つい、甘えるように手を繋ごうとしていまった小さな手を辛辣な声と共に、冷たく振り払い――向けられる拒絶の目。その場を立ち去る後ろ姿と――それきりだった。


 今、思い出すと……あれは俺の事を見ていなかったんだと思う。

 

 自分よりも若い女と不貞を繰り返す、天元

 その姿、面影を、幼い俺に感じ取っていた……上での行動だったと――。

 

 しかし……あの頃の俺には、そんなことは理解できず……只々、ショックで……。

 

 そこには、家族への”愛”などはなく、残ったのは憎しみだけだった。

 

 だから、俺にとってその言葉は、とても薄い……只の綺麗事。

 上面の言葉にしか思えないのである。


 「――――――っ!!?」

 

 突如――花の香りが鼻翼をくすぐる。

 そして頬に当たる柔らかな感触。

 

 「フィデスさん!!?」


 気付くと……俺の身体は横になり、その頭は彼女の太ももの上だった。

 

 「すいません……何か、お辛い表情をしていましたので……」

 

 掛けられたその慈愛の言葉。頭を優しく撫でられ、瞬間、目頭が熱くなってしまい――俺は咄嗟にその表情を隠した。


 「……余計でしたか?」


 急に目を閉じたくなるほど心地よさに包まれていく。

 

 「いや……出来れば……このままで……お願いします」

 「はい、わかりました……」


 もはや、彼女の顔をまともに見られなくなった俺は……。

 只々……その情愛に溺れていくのだった。



 

 〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓::: :::〓:::


 

 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。


 次話、2章の前半戦のクライマックス。

 最後は派手にやりたいと思います。

 そして、これはまだ序章です。

 

 良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。

 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。





 、

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る