第40話 フィデス・ガリアは堕ちていく


 『君こそが……この世界に舞い降りた”女神”だ!』


 あの日から私の世界は一変する。


 どこまでも雲に覆われていた暗澹たる世界。

 その曇天の中に一筋の光が差し込むような……まるで太陽みたいな人だった。


 (彼の言うことは本当だった……)

 私自身、多くの奇跡を目の当たりにして、その日常は一変する。


 「”聖神女”様、本当にありがとうございました……」


 そう、涙目ぐむ患者達。

 その光景に自然と胸が熱くなる。

 

 昔の自分からは想像もつかない言葉を掛けられたからだ。

 

 私もそうだった。

 この救いが欲しかったんだ。

 

 多くの感謝と希望の眼差し。

 いつしか皆が、私の事を”聖神女”様と呼ぶようになっていた。


 こんな私でも人を救うことが出来る。

 私はそれだけで嬉しかった。

 

 あの人のように、多くの人を照らす太陽にはなれないけど。

 そっと、そばに寄り添う月にはなることが出来るはず……。

 

 精一杯、頑張ろう……。

 

 それから私は、この村で幸せな時間を過ごしていた。

 お世辞にも仕事が出来るとはいえなかったけど。


 「カミヒトさん! お茶が入りましたよ!」

 

 少しでも彼の傍に入れる……それだけでよかった。

 ふと、気が付くと――。

 彼のためなら何でもしてあげたいと思ってしまう……そんな自分がいたのだった。


 だけど……。


 過ぎ去る日々の中。その疫病の治療は、多忙に多忙を極め……。


 「カミヒトさん……ちょっとお話が……」

 「ああ、すいません! これから、領主様のところへ行かなければならなくて……その後でも大丈夫ですか?」

 「あっ……そうですか……いえ……大したことでもない……ので」

 

 一方、私は……。


 「”聖神女”様! 急患です! こちらをお願いします!」

 「わかりました! すぐに聖堂に運んでください!」

 「こちらもお願いします!」

 「わかりました……」

 

 その間、ずっと対応に追われ……。

 いつの間にか、すれ違い……遠ざかっていく距離。


 ……どうして……?


 目まぐるしく過ぎ去る日々の中に、ぽっかりと空いた心の穴。

 

 わかっている……。

 今はそんな状況じゃない……。

 わかっているのに……。


 でも……。


 「寂しい……」


 ポツリと、呟いてしまう独り言。

 

 ほんの少しでいい……。

 傍にいたいと思ってしまった……。


 ――そんな時。


 「誰ですか……その女は?」

 

 それは、つい思わず口に出してしまった心の声だった。


 「ち、ちょっと……フィデスさん!? その言い方は失礼ですよ……こちら今回協力頂く、マリー・スクエットさんですよ……」

 

 わかっている……でも……。

 それは言わずにはいられない感情。

 

 綺麗で整った濡羽色の長髪黒髪ロングヘア

 私と違って……くせ毛や枝毛の一つもない……手入れされた髪質。

 

 端正な顔立ちに大人びた魅力を浮かべ……。

 

 「よろしくお願いしますね。”聖神女”様……」

 

 否応なしに目を惹く、白く輝くような美肌。

 まるで美術品のような完璧な美しさ。


 ……それに比べ……。


 傷物の自分。

 

 そのどれもが……私にはないものばかりで。


 彼は、ああいう人が好みなのだろうか。


 (ああ……また、だ……)

 

 どうしても……比べてしまう。

 鏡に映る、醜い自分の顔。

 

 顔を覆う大きな火傷痕。

 全身に染み付く、無数の拷問傷。


 これは呪いだ。


 あの日、私が門限を破らなければ両親は死ななかった。

 あの日、私が逃げ出さなければ、あの人は助かったかもしれない。


 この呪いが、私を縛りつけ、どこまでも追いかけてくる。

 

 そう、私が幸せになることは未来永劫ない……。


 諦めよう……この感情も。

 

 だけど……それさえも剥がれ落ちていくのだった。

 


 「嘘……!!?」

 

 急いで確認する――鏡越しの自分。


 「……私はまだ……夢の中……に、いる……の?」

 

 その驚きのあまり……自分の顔に触れ、確かめる。


 それは……もう、二度と治ることはないと思っていた傷痕が消滅していたのだった。


 (……ああ……ダメ……これはダメ……)


 否定を繰り返す自問自答。


 そう、この呪いさえも、彼が……解き放ってくれたのだ。


 もう……私には言い訳は出来ない。


 これは、一度、抑さえたはずの感情なのに。


 それでも、ちらつき……やがて渦巻く。

 もはや、それは抑えきれないほどにまで膨れ上がっていた。

 


 そして……ある日、いつものように彼の元を訪れた時の事。

 

 「失礼します、カミヒトさん。お疲れさ……!!?」

 

 その扉の向こうには、書類整理を行う彼と……そのすぐ隣には彼女の姿。


 仲睦まじく語らう二人。

 

 その様子に、チクリと刺さる胸が痛み。


 いつも、そこにいたのは……


 「フィデスさん? ……どうかされました?」

 

 棒立ちになった私は……。さらにそれを思い知る事になる。

 

 目の前、机に置かれた……


 「カミヒト……さん……それは……?」

 「ああ、これ? マリーさんが淹れてくれたハーブティーだよ! フィデスさんも飲む? 美味しいよ」


 胸を締め付けられる気がした。

 

 正直……彼女は本当に凄いと思う。

 何でもそつなくこなし、村の人からも信頼が厚い。その上……あんなにも堂々とした振る舞いが出来る。

 まさに私の理想……。

 

 それに比べて……会議中、何も言えない自分。


 悔しい……。


 下唇を噛み、声に出せない感情が漏れ出す。

 

 これがどのようかものなのか、わからない……けど……。

 その光景を思い出す度に、耐えがたい感情に駆られるのだった。


 

 そして、決定的な出来事が起こる。

 

 なぜか……わからないけど……。

 私は、その洗礼に妙な胸騒ぎを覚えていた。

 

 その予感はすぐに的中する。


 蠱惑な微笑を浮かべ……彼に近づく彼女。


 「えっ……!!!?」


 その――囁く、瞬間――。


 私の全身の血が逆流し、沸騰するのがわかった。


 刹那、こちらへと向けられた微笑み。

 私の中で何かが割れ……壊れる。

 

 それは煽るような口角だったからだ。

 

 ……今、ようやく……わかった……。

 この人は”魔女”だ。

 私から光を奪い取る……悪い悪い……魔性の女なんだ。


 淫靡に男の首筋をなぞる細い指先。

 常に彼の隣には、あの”魔女”がいる。

 

 そんなのは……ダメ。


 絶対に許せない。


 そうよ、私が彼の隣にいて支えてあげなくちゃ……。


 今度は私が目を覚まさせる番。

 

 そう、あの人の隣に相応しいのは……。


 ……。





 

 

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 あとがき

 

 お読み頂き誠にありがとうございます。


 ここから2章の前半戦のクライマックスが始まります。

 宗教設立に一番大事な、あれを以て、この物語は加速していきます。

 

 良ければ、コメント・感想と評価を頂けると嬉しいです。

 いつも いいね される方ありがとうございます。大変励みになっております。




 

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